55話 シーマの過去②(ディアナ視点)
(ディアナ)
話が終わったあと──
リリエを下がらせたとたん、ディアナは脱力感に襲われた。
シーマは偽物……わかってはいても現実を突きつけられれば、いっそう惨めになる。その偽物にうまいこと利用され、すべてを奪われたのだから……城も玉座も操も……愛までも……
ローズ城の玉座はただの椅子。ほんの少し装飾を施してビロードを張っただけの……貴族が座る椅子だ。
グタリ、肘掛けに垂れた手が優しい温かさに包まれる。侍女のミリヤである。
疲弊しきったディアナを気遣っているのだ。彼女の温もりは冷え切って強張った心を和らげた。
──私はヘーキよ、ミリヤ。シーマのことなんか、最初から愛してなどいなかったのだから。あいつに媚びていたのは、王妃としての生活に馴染みたかったから。ただ、自分の居場所を作りたかっただけ。滑稽ね……
「それにしてもぉ……くっくっくっ……ガキ大将だってぇ……」
眼帯エッカルトの声に反応して、ミリヤは握った手をすぐ引っ込めた。女王が侍女に手を握られる姿など、彼ら(ジェフリー、エッカルト)に見られてはいけない。ディアナは彼らの前で、常に威厳を保っていないといけないのだ。
「女王陛下の御前だぞ。勝手に話すんじゃない」
ジェフリーが小声でエッカルトをたしなめている。生真面目トーンのジェフリーと反し、ヘリオーティスのエッカルトはガラが悪い。
「構わぬ。ジェフリー、エッカルト、大儀であった」
ディアナは二人をねぎらった。これは本心からの言葉だ。あの娘は使える。
本当のシーマを知る唯一の証人……娘の証言を上手く使えば、あの悪漢を引きずり下ろすことができるかもしれない。
「陛下、もったいないお言葉、恐縮でございます……心中拝察するに胸が痛むばかりでございます」
ジェフリーが重々しい口調で慰めの言葉をかける。
──あああ……つまらない男。取り繕われると余計不快になるわ
固く結んだ黒々した直毛と、そこそこ見栄えのいい顔立ち。生真面目でつまらない癖に、上昇思考、出世欲……くだらない野心が見え隠れする。
「バカねぇ……」
「は?……」
「な、や…………」
「????」
「納屋でプロポーズしたって言ってたのよ、あの娘は」
エッカルトが吹き出した。手で口を押さえるが、堪えきれずに全身を震わせる。
「こら! 無礼だぞ!」
エッカルトを叱るジェフリーへ、ディアナは冷ややかな視線を向けた。
「いいのよ。好きに笑いなさい。おかしいのだから。王様は、初恋の人に、納屋で、プ、ロ、ポー、ズ、した」
とうとうエッカルトは腹を抱えて笑い出した。ミリヤまでクスクス声をもらす。冷笑するディアナを前に、ジェフリーは引きつった笑みを浮かべた。
「処刑前に、偽の王には歌でも歌ってもらいましょうか。良い見せ物になるわ」
「王冠の代わりにぃ、家畜の糞をぉ載せるのもいいかもしれませんん」
エッカルトが調子に乗る。
「ふふふ。なかなか気の利いたことを言うじゃないの、おまえ」
「処刑台の周りはぁ、お気に入りのぉ、家来どもの首で飾りましょぉ。いぃ眺めでしょぉなぁ……」
ディアナは笑うのをやめた。お気に入りの家来──そのなかには彼もいる。エッカルトは気づかず続けた。
「旧国民のダリアン・アスター、成金貴族のリンドバーグ、オートマトンみてぇなユゼフ・ヴァルタン……」
「おふざけはもういい」
低い声でディアナは遮った。
楽しいおしゃべりはもうおしまい。エッカルトはピタリ、止まった。ツツツ……金色の頬髭の上を冷や汗が流れる。ディアナが態度を急変させたので、戸惑っているのだ。エッカルトは目を泳がした。
「あの娘をシーマと会わせるための段取りをクリムトと相談するわ。もう、おまえたちは下がりなさい」
「……ご無礼を」
「さっさとお下がり。私はおまえたちとおしゃべりを楽しむほど、暇ではないのよ」
二人は一礼だけして、急かされるように女王の間をあとにした。
ミリヤと二人きりになると、ディアナの感情は爆発しそうになった。
──お気に入りの家来の首で処刑台を飾る、ですって? あんな鬼畜にぺぺを渡すもんですか! ぺぺは私の物よ。絶対に渡さない
ミリヤの温かく柔らかい手が伸びてくる。動揺を感づいてなだめようとしてくる。ディアナはその手を払いのけた。
胸元の御守りをキツく握りしめる。シャリンバイの葉が、花が……掌の肉を圧迫し、きっと醜い跡を付けるだろう。
──ぺぺ、あなたは殺さないわ。誰の目にも触れない地下室に閉じ込めて、私の愛を受け入れさせる。永遠に……




