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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第二部 イアン・ローズとは(前編)三章 闇の集団ヘリオーティス
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37話 サチとヘリオーティス①(サチ視点)

 その日、サチは上官のグラニエと二人、旧ローズ領にある魔国との国境を訪れていた。


 魔物が頻繁に国境を侵すのは、時間の壁が現れる前触れと言われている。今年に入ってから、何度も報告があり、偵察部は聞き込みや検分を重ねてきた。

 今回、グラニエが赴いたのは、防護壁を建設するための測量に立ち会うためだった。


 アスター率いるグループが近くで魔物討伐をしているが、助けに行かずスルーする。ここが偵察部の良いところだ。文官だと馬鹿にされても、しがらみが減るのはありがたいことである。測量は午前中に終わり、昼頃サチたちは帰途についた。


 ローズの森を馬と走る。土と菌類と木の息吹を、胸いっぱいサチは吸い込んだ。森特有の香りは懐かしさを倍増させる。学院を卒業後、二年もこの地の世話になった。魔物が出る陰鬱な森もサチにとっては、思い出の場所だ。よくイアンの狩りに付き合ったし、密猟者を追いかけたこともあった。


 国境近くを調査していたのは五年前の春だったか。同じように魔物が出没するようになって、近くの村から被害届が出されたのだ。あの時、サチはイアンが謀叛を起こしたとは露知らず、呑気に聞き込みをしていた。猟犬のラルフに呼ばれて、城に帰るまではいつものトラブルだと思っていたのである。思えば、あれから運命が変わってしまった。壁が現れたのは同じ日だ。


 ──十三年前に壁が現れたのも、祖父母が亡くなった日だった。良からぬことと、壁の出現時期が重なるような……


 幅のある道へ出たので、グラニエが馬の足を緩め、横に並んだ。


「S級の魔物が出現したのは、一度きりだ。なにか目的があって、魔国から出たのだと思ってね……」

「“イツマデ”ですか? 俺の友人も魔国で戦った時に見たと言っていました」

「大型カラスの口内に少年姿の本体がある。感情はなく、ひたすら対象物を追い続けるそうだ」


 元盗賊のジャメルが仲間を殺されたと話していた。桁違いの魔力で、なすすべがなかったという。そんな化け物が国境を越えて、人間の領域に入り込むとは恐ろしいことだ。


「その時、襲われていた男と少年のコンビが怪しげだった話ですか?」

「ああ、事情を聞こうとしたのに忽然(こつぜん)と姿を消してしまった。帯剣してなかったが、戦闘経験者の身のこなしだったし、貴族のような雰囲気だった……」

「グラニエさんは、気になってしょうがないんですね?」

「うむ。まあ、逃してしまっては後の祭りなんだがね。どこかの落胤が魔人の犬にされたとか、そんなところだとは思うが……」


 カラスの話をしていたら、一羽のカラスが飛んできた。グラニエの使い鳥のピエールだ。どこかで油を売っていたのが、虫食い穴の近くまで来たので戻ったのだ。使い鳥は実に優秀である。


「中途半端な時間だね? 食事をするには早いし、戻ったころには食堂が閉まっているし……王都の酒場で軽く食べるかい?」

「はい。お腹が空きました」

「……まったく、君という子は欲がないねぇ」

「え? なんでですか?」

「こういう場合、ファロフなんかはセコいから『グラニエさんも酒場を利用したりするんすね! 意外だなぁ。いいんすか? オレなんかに合わせてもらって?』とか言うわけだよ?」


 ファロフはサチと同じ偵察部の同僚だ。厨房での騒動の際、料理を手伝ってくれた。モズ出身の元盗賊だが、素直で明るい性格が気に入られたのだろう。アスターのコネで騎士団に入った。


「チラチラ顔色を窺いながらそう言ってきたら、私も応えざるをえないじゃないか?」

「どういうことです?」

「鈍いなぁ、君は。おぼこい!」

「からかうのは、やめてください」


「ごめん、ごめん。ファロフが言いたいのはさ、庶民的なランチじゃなくて、リッチな午餐に付き合いたいってことだよ。つまり、私が後見人になっている婦人のもとで、一緒に食事したいっていうことだね」


 未婚のグラニエが後見人となる貴族の寡婦は複数いる。彼女らの邸宅を自宅代わりにしているのだ。話しながらも、グラニエはサササッと文をしたため、ピエールの首輪に結びつけた。


「今から連絡しておけば、帰った時、ちょうど準備されているだろう」

「俺はまだ、ご相伴に預かると返事はしてませんよ?」

「また、そういう可愛げのないことを言う。上官が奢ると言っているのだから、そこはおとなしく従うべきだろう?」


 普段のグラニエは、こんな感じでサチを子供扱いする。孤高の存在と周囲から畏怖されているのが、サチの前では気取らない顔を見せるのだ。


「では、ありがたく伺うことにします。ですが、報告が先ですよね?」

「もぅー……君って子は……。アスター様にも同じように口答えしてるのかと思うと、ゾッとするよ」

「ご心配なく。剣術大会以降はおとなしくしてますから」


 グラニエはしぶしぶ、騎士団へ先に戻ることを了承してくれた。




††  ††  ††


 王軍寮の近くまで来ると、いい匂いがサチの鼻腔をくすぐった。寮の一階は食堂だ。馬上からでもわかる。これは、サチが考案したシチューの香りだ。


 食堂は今日も混雑しているのだろう。サチが料理を振る舞った一件の後、チーフは心を入れ替えた。

 サチが調理の指導を行い、料理の質と味は飛躍的に向上したのである。今や、評判を聞いたアスターや上層部の人間まで食べに来るほどだ。

 真っ白なシェフ帽とエプロンに身を包んだチーフの姿が思い浮かぶ。


「おまえのおかげで目が覚めた。なんのために、誰のために料理するのか……ワシはな、おエラいさんに小綺麗な料理を出すんじゃなくて、たくさんの人に食べてもらいたいから料理人になったんじゃった」

 

 先日、食堂に顔を見せた時、サチはこんなことを言われたのだ。自ら配膳まで手伝うようになったチーフの瞳は、生き生きしていた。以前はいつ洗ったかわからない薄汚れたエプロンをつけ、厨房の片隅で酒をあおっていたのに。


 ──別に俺はたいしたことしてないんだけどな。


 もともと、調理場は綺麗で道具もきっちりメンテナンスされていた。料理人の質が悪いわけではなく、チーフの采配の問題だったのだ。

 チーフ(タコオヤジ)は以前、公爵家で働いていたエリート料理人だった。謀叛のあと、公爵家が断絶したことで、軍営の食堂に配属され、自暴自棄になっていたそう。


 ──そんなことより……ああ、おなか減った。


 いい子ぶって、“報告が先”なんて言ったことをサチは後悔し始めていた。貴族の邸宅で食べる午餐(ディナー)は格別だ。町の酒場で飲むのはエールだが、高級なワインを昼から飲める。肉も脂身と赤身のバランスが良い部位を使ってるだろうし、デザート付きのフルコース。考えるだけで、口の中が唾でいっぱいになる。マジメ君でも、食欲ぐらいはあるのだ。

 サチは邪欲を振り払おうと、馬の足を早めた。


 すると、食堂の出入り口から突然、兵士が飛び出してきた。それに続いて、現れたのは麻袋を頭からスッポリ被った不審者。ぶつかりそうになったサチは急停止した。馬はヒヒィーンといななき、前脚を浮かせる。

 不審者……ではない。この麻袋スタイルは見たことがある。


「ヘリオーティスだ」


 追いついたグラニエがつぶやいた。

 労働者連盟ヘリオーティス──表向きは貧しい労働者階級の地位向上を目指し、内実は徹底した純血主義を貫く。具体的には亜人を排除するための活動を続けている。

 逃げた兵士は、そのヘリオーティスに液体をかけられている。


「なにごとだ?」


 尋ねるサチに対し、ヘリオーティスは、


「王命だ」


 とだけ答え、すぐに扉の向こうへ引っ込んでしまった。慌てて馬を降り、サチが食堂の中をうかがうと、かなり騒々しい。怒声や叫び声が行き交っていた。


「グラニエさん!」


「穏やかではないね。ヘリオーティスが軍営に入り込んで、なにかしているのか? そこにいる君、なにがあったか教えてくれないか?」


 液体をかけられた兵士は怯えた顔で答えた。


「きゅっ、急にヘリオーティスが大勢押し掛けてきて、亜人をあぶり出すって……薬をかけてきたんですっ!!」

「ほう……それがさっき、かけられた液体かね?」


「はい。彼らのリーダーはヘリオーティス主国本部長のエッカルト・ベルヴァーレと名乗っていました。短い金髪の眼帯をした男です。ファロフの髪が緑に変わってしまって……連中はサチ・ジーンニアを探していると……」


 話の途中で、サチは食堂へ駆け込んだ。


「サチっ!! 待ちなさいっっ!!」


 グラニエの声が追いかけた時にはもう……

次、更新は月曜日です。

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