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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第二部 イアン・ローズとは(前編)二章 剣術大会
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34話 逮捕します(ユゼフ視点)

 知らない人は子供の声に聞こえただろう。若葉のように瑞々(みずみず)しい声が張り詰めた空気を切り裂いた。


「サチ・ジーンニア!!!」


 シーマが立ち上がる。頬は紅く、唇は震えている。ユゼフは目を逸らした。

 シーマの身体から噴出される怒気を痛いほど感じる。勝利がもたらす甘ったるい愉悦に、ユゼフは酔いしれた。

 

 王の怒りには萎縮しない。(シーマ)は最愛の友であり運命共同体。シーマがいなければユゼフは成り立たず、ユゼフがいなければシーマは成り立たない。


 大会を中断する経済的損失? 決勝戦まで迎えたのだ。充分元を取った。敵の黒幕を牽制するため、誰かを殺していれば、もっと早いうちに中断していただろう。

 この大会は開催すること自体に意味があった。各国から商人や観光客もたくさん呼び寄せたし、国のアピールにもつながった。

 それにイメージは最悪だが、話題性はある。大規模なイベントが未曽有のアクシデントに見舞われたのだから。アスターも英雄として目立って、国の権勢も示せたというわけだ。


 ──悪いな、シーちゃん。ティムにはまだ働いてもらう。それはシーちゃんのためでもある

 

 袖を引かれ振り向くと、得意満面のラセルタが戻ってきていた。今にも腹を抱えて笑い出しそうな顔をしている。すべてうまくいった。すぐにでも誉めてやりたいところだが……

 ユゼフは肘で腹を突いてやった。隣でシーマが震えるほど怒っているのに、感情を出すわけにはいかない。


 「陛下、お座りください」……と、いつもだったらなだめるものの、怒りの原因を仕掛けたのが自分だから黙っていた。

 そして、試合場でも修羅場が繰り広げられていた。


「貴様! 試合中だぞ! 叩っ斬ってやる!!」


 湯気が出るぐらい顔を真っ赤にしたアスターが喚き散らしている。同じく、どす黒い殺気をまとったティムも乱入者に刃を向ける。

 高身長の二人の前で、小柄なサチは少年に見えた。普通の人間であれば、戦闘モード全開のバーサーカー二人に腰を抜かすだろう。


 ──英雄というか、あの二人は(オーガ)だな


 そんなことを考え、ユゼフは表情を崩しそうになった。しかし、視線をサチへ移すと胸がざわついた。


 臆することなく、まっすぐな瞳を向けるサチ・ジーンニア。

 どんな力にも屈しない清廉さ。親友はいつだって劣等感を与えてくる。


 観客一同、予想だにしなかった展開にポカンと口を開けている。彼らが我に返り、ブーイングが起こるまえに事態は収束した。



「試合は中止すべきです」


 氷刃のように冷たい声を発したのは、サチのうしろにいたジャン・ポール・グラニエだ。

 騎士団偵察部隊長。サチとティムの上官。理性的な正義漢。サチならこの男を動かせると、ユゼフは思っていた。

 王ですら、おいそれと手を出せない役職と権力、情報網……過去の騎士団の暗部や、外に漏れたら困る情報も持っている。

 物は使いようだ。いやみな秀才も上手く使えば、卑劣な謀略を防ぐことができる。ゲームに勝つにはこれぐらい強力な駒が必要だった。


 グラニエはしかめつらしい顔で言葉を続ける。自分の立場が危うくなろうが、道義心溢れる男には関係ない。誇りを捨て、臭い物に蓋をするほうが嫌なのだ。


「試合用の剣のいくつかに細工がされていたのです。あやうく死者が出るところでした。アスター様のラヴァーもお調べする必要があります」

「ふざけるな! なにを根拠に……」

「仕掛けられた魔術により、闘技者の天幕が爆発しました。幸いけが人は出ませんでしたが……証人も何人かいます」

「貴様らが用意した証人などに、なんの意味が……」


 後ろめたいからだろう。アスターの威勢はやや削がれた。つぎにグラニエが発する言葉は、もっと彼らを困惑させる。


「ティモール・ムストロ、君を容疑者として逮捕する」

「は!?」


 弁解の余地も与えず、控えていた憲兵隊がティムを取り囲んだ。


「ちょっ……俺様はなにも……」

「陛下の御前で抵抗すれば、反逆者とみなし斬り捨てるが?」

「え……あ、え、はい……」


 ──よしよし、おとなしく捕縛されろ


 ティムが従ったことで、ユゼフは胸をなで下ろした。うっかり安堵の溜め息を吐きそうになり、慌てて呑み込む。

 その時、フワッと香りの良い風が頬を撫でた。たなびく銀髪が輝く。

 シーマが席を立った。


「非常に不愉快だ。城に帰る」

「へ、陛下?」

 

 ヴィナス王女が狼狽し、立ち上がった。小姓たちは大慌てであとを追う。

 それを目で追いながら、ユゼフは笑いを堪えていた。

 シーマはなんとなくユゼフが仕組んだと感づいているだろう。だから余計に腹を立てているのだ。


 ──当面の間は不機嫌が続きそうだな。まあ、構わない。二、三日()ねれば、元通りだろう。


 意見が衝突するのは、よくあることだ。ユゼフにも頑固なところがある。口喧嘩でシーマが表向きは勝っても、ユゼフが絶対に正しい時──それがシーマにもわかっていて、覆すほどの理論を提示できないときは不機嫌になる。

 

 でも、たいてい翌日にはケロッとしているのだ。何事もなかったかのように、(じゃ)れ付いてくる。ユゼフあっての自分だと、わかっているからである。


「ラセルタ、ジャメルは落ち込んでいたか?」

「ええ。勝てると思っていたので意気消沈してましたね。あ、あとダーラにも会いましたよ。それにしても、なにが起こったのでしょう? 試合、中止ですか?」

「ああ、これから後始末をしなければ。ヤレヤレだ。顛末はおいおい、ゆっくり話してやろう」


 こういうとき、空々しい会話ほど楽しいものはない。ティモールと違って、ラセルタは頼りになる。

 

 御するのに苦労する暴れ馬と、以心伝心、求めることを先回りしてくれる愛馬。二頭はいつも優位性を競ってばかりいるが、ユゼフにとって両方とも必要な存在だ。

 

 ティムの阿呆には、しばらく牢で頭を冷やしてもらおう。そのほうが安全だし、良い薬にもなる──空席となった王の椅子を眺め、ユゼフは微笑んだ。

 我に返った観客が騒ぎ始め、ブーイングと怒号の嵐が吹き荒れている。これからが大変だ。

 

 ──さてと、なにから始めるか。ひとまず観客が暴徒化する前に(しず)めなければな。それと他国の賓客(ひんきゃく)にも謝罪せねば


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