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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第一部 新しい王の誕生(前編) 二章 闇の気配
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25話 計画

 ひとまず、ユゼフはゴチャゴチャ考えるのをやめた。今はここを離れるべきだ。魔の気配はまた現れるかもしれないし、アンデッドだっている。

 一歩踏み出して思い直し、シーバートが肩から下げていたスリングを外した。中にはヴィナス王女からの文や魔法の札、印章、水筒、小銭が入っている。今のユゼフにはどれも貴重なものだ。亡骸から物を奪うのは後ろめたかったが、背に腹は代えられぬ。シーバートには目礼した。


 「鉄の処女」を通り、地下通路に入ったところ、しゃがみ込んで鼻を啜るレーベがいた。シーバートが逃げろと言ったのに、入口の所でずっと泣いていたようだ。

 ユゼフに気づいたレーベは顔を上げ、泣き顔をこすった。弱気だった顔が、たちまち怒りに染まっていく。


「シーバート様は?」

「亡くなった」


 レーベは絶句した。

 戻ろうとするレーベをユゼフは押し留めた。


「すぐにでも逃げたほうがいい。シーバート様もそうおっしゃった。盗賊たちがまもなく、やって来るだろう」

 

 冷たく言い放ち、その後は沈黙を貫く。大股でズンズン奥へと進んだ。有無を言わさず歩き始めるのは、優しさでもある。痛手を負った盗賊は追いかけてこないだろうが。

 気配から、レーベが怒っているのはわかった。


 ──まあ、勝手に怒ればいい。俺のせいで、シーバート様が死んだのではないし

 

 ユゼフたちは長い間、無言で暗い通路を歩き続けた。

 湿った地面はところどころヌルヌルしている。水がポタポタ滴ってくるのには、ヒヤッとさせられた。ときおり、どこからか入り込む風の音は泣き声のようだ。

 道は下りがほとんどで、緩やかだったり急だったり、ときどき平らになったりした。ゴツゴツした石の階段を登ることもあった。

 

 最初はただ混乱していた。

 進みながら起こった出来事を一つ一つ吟味して、わかるものとわからないものに仕分ける。ユゼフはこれからやるべきことを整理した。

 まず、盗賊の頭領アナンが話していたコルモランという彼らの雇い主。そのような名前の男がカワウ王家の相談役にいる。ディアナとフェルナンド王子の婚約儀式の時、見た覚えがあった。

 

 カワウとはつい最近まで戦争をしていたのである。

 二ヵ月前、水仙の月に休戦し、協定を結ぶことになった。証として王女と王子の婚約話が持ち上がったわけだ。しかし、主国の勝利に近い形で休戦を迎えたため、カワウは主導権を奪われた。

 そもそも、この縁談にクロノス国王は乗り気ではなかった。ディアナの従兄弟であるグリンデルの王太子との縁談も浮上しており、カワウのほうは婚約だけして反故(ほご)にする可能性もあったのだ。

 

 カワウ王家が時間の壁の存在を知れば、ディアナを拉致してもおかしくはなかった。助けが来ない状況なら、すぐにでも婚姻させられる。壁が消える一年後までに王子を産ませられるかもしれない。ディアナがカワウの王太子妃になった時、対等とまではいかないにせよ、関係は好転する。

 こういった背景から、カワウ側がディアナを奪うために動いていたとしても辻褄が合った。

 

 二番目、シーマから依頼のあったグリンデルの援軍。運良くディアナの書いた文はユゼフが持っている。これは絶対にやり遂げねばならない任務だ。


 三番目はミリヤの行方である。

 ディアナと一緒にいたはずのミリヤも姿を消していた。

 自ら捕らえられることを選んだ娘だ。危険を犯してまで盗賊を尾行し、ディアナのために戻ってきた。

 これらの行動から、一人で逃げたとは考えづらい。一緒にさらわれたと考えるのが妥当だろう。

 普段はおっとりしていて、かわいらしい娘だが、逃げる時は別人のようだった。ミリヤがディアナの傍にいれば、いくらか心強い。


 四番目は盗賊の頭領アナンのことだ。

 カオルの名を出した時に兄の名前だと、動揺した様子だった。カオルは内海奥地にあるエデン地方の名前で、大陸では滅多に聞かない。容姿が似ていることと、アナンの雰囲気や立ち居振舞いから兄弟である可能性は高かった。

 八年前、カオルはヴァレリアン家の養子に迎えられた。ユゼフがヴァルタン家に入ったのと、ほぼ同時期だ。もともとの出自に関しては不明だった。ひょっとすると、名家の落胤ということもあり得る。

 カオルは謀反人であるイアンの家来だから、ヴィナス王女の下で王連合軍の指揮を執っているシーマとは敵対関係にある。


 ──使えるかもしれない

 

 シーマならアナンを利用しようと考えるだろう。

 わからないのは、ディアナをさらった邪悪なものの正体だ。何者で何が目的なのか?

 壁が出現してから土漠を移動中も、ユゼフはずっとあの気配を感じていた。ナフトの町を最後にいったん途絶えていたのが、ふたたび現れ、今回の事態に至ったのである。

 ディアナをさらったのは複数の影を合わせた集合体だった。それとは別に、盗賊を襲ったのは大量の甲虫。彼らは目や皮膚を食い破って体内に入った後、身体を操る。

 

 ユゼフは肌で感じたのだ。この二種の敵は“魔法使いの森”で出会った魔獣より、もっと邪悪で強い力を持っている。

 封じることができた魔獣に対し、彼らには何もできなかった。瞬間的に消えたところをみると、別の場所に転移したのだろう。魔術に関してユゼフはアウトラインしか知らないが、転移が高度であることぐらいはわかる。

 強い力を持つ魔物が住む場所といえば……


 魔の国しかない。

 魔の国(魔国)──その昔、強大な力を持つ魔族が作った国だ。

 主国の北に位置する未開の地である。濃い瘴気に覆われており、陽が差し込まず、草木はほとんどない。代わりに生息するのはおぞましい姿の食肉植物や魔獣だ。太陽の光に弱い彼らが魔国から出ることはめずらしかった。今回のように、特定の人物を狙うには理由があるはずだ。

 この件に関しては、考えてもわからなかった。ディアナを必要とする何者かが、魔族の力を借りたのかもしれない。

 

 最後は、亡くなったシーバートの残した言葉と、ユゼフの義母から預かったという古い書物のこと。

 このことはあまり考えたくない。内戦とディアナの誘拐には関係ないことだし、すべてが終わるまでは蓋をすることにした。


 今やらなくてはならない一番のことは、グリンデルへディアナの書いた文を届けることである。

 そして、ディアナの救出に何が必要か。

 ディアナはおそらく魔国に居る。一人で乗り込んでも、助けられまい。


 道は自然にできた洞窟とつながっており、枝分かれした。レーベが分かれ道に貼った札が目印となる。札というのは光の呪文を書いた魔法札だ。

 闇にぼんやり浮かび上がる札は、ランタンより柔らかな光を放っていた。水滴の落ちる音と、風が通り抜ける音以外は足音しかしない。ユゼフとレーベは結局、出口まで一言も話さなかった。

 

 錆びついて錠の壊れた鉄扉が設えてある。押すと「ギリギリギリー」と嫌な音を立てた。

 外はもう明るかった。地下通路の出口があったのは山の斜面。巨大な岩石と一体化している。知らなければ、見つけるのは難しいだろう。

 ユゼフは冷静さを取り戻していた。


「これからどうする?」


 声をかけると、レーベは驚いた顔をしたが、すぐにまたムッツリとした表情に戻った。


「あんたはどうするんですか?」

「俺は……」


 ユゼフは言いかけて、口をつぐんだ。

 今はレーベの協力を猛烈に欲している。けれども、レーベはユゼフのことをよくは思っておらず、亡くなったシーバートを置いてきたことに憤っている。

 第一、彼は王女を守る任務とは無関係だ。これからの道程は、いっそう困難を極めるだろうし、本人にとって、値打ちのあることなのかは、わからない。

 

 レーベはモズの出身だと、ユゼフはシーバートから聞いていた。

 小さな村で魔法使いの両親と静かに暮らしていたという。両親は農業を営みながら、魔術に使う薬を調合することで生計を立てていた。

 悲劇が起こったのは四年前。レーベが八才の時にモズ共和国は戦争に巻き込まれた。

 カワウで戦っていた主国軍が追い詰められ、なだれ込んだためにモズ全域が戦場となった。

 レーベの村もカワウの軍勢に襲われた。主国軍を匿っていると疑われたのだ。抵抗したレーベの両親は殺され、村ごと焼き払われてしまった。

 一人ぼっちになったレーベは行くあてもなく、戦場をさまよっていたそうだ。

 そんな時、衛生兵団にいたシーバートと出会ったのである。




「まえから思っていたんだけど……」

 

 レーベはユゼフの言葉を待たずに口を開いた。


「あんたの都合のいいふうに物事が動いてませんか?」

「?」

「王女様がさらわれたことは想定外にせよ、絶対死にそうもないあんたの父親と兄二人が死んで、宦官になるはずだったあんたが国へ帰れば侯爵様になれる」

「俺は、父と兄の死に関与していない」

 

 無関係ではなかったが、彼らが死ぬということまでは考えていなかった。


「天幕が襲われた時も、あらかじめ予測していたように見えた」


 レーベはユゼフをにらみつけた。


「あんたは何者だ? 何を裏でコソコソしてる? 主国の誰と通じている?」

 

 ユゼフは一瞬たじろいだ。だが、この子供は賢い。シーマならきっと気に入るだろう。

 ユゼフは足を止めて、レーベに向き直った。お互い嫌いでも構わない。これからは取引の話をする。

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