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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第二部 イアン・ローズとは(前編)二章 剣術大会
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25話 いやーな再会②(ユゼフ視点)

 アフラムの去ったあと、間を置かず挨拶に現れたのは剣術大会の進行役である。

 

 アマル・エスプランドー。真鍮色の肌をした自称吟遊詩人。ユゼフはこの男を知っていた。知り合いということは誰にも知られたくないが、彼には聞きたいことがあった。


「カワラヒワのなんて言ったっけ? 豪華な城と派手な舞踏会で有名の……」


 シーマは興味ないのか、欠伸(あくび)を呑み込み、尋ねた。


「クレセント城のアーベントロット伯爵です」

「ああ、そうそう。そのアーベントロットの城にいたそうだな? 剣術大会の運営係と繋がりがあり、今回進行役に抜擢されたとか……」


 ユゼフは冷や汗を気づかれないよう、さり気なく髪をかき上げた。

 吟遊詩人アマルは悠然と構えていた。国王を前にしても、怖じ気づく気配はない。


 丈短め、流行のジュストコール※をまとい、すべての指に色とりどりの宝石を輝かせている。真紅のジュストコールには、金と黒の糸が複雑に絡まり合い、紋様を描いていた。

 型通りの挨拶が終わると、シーマはこの派手な男に少し興味を持ったようだった。


夜の国(カワラヒワ)では有名人だったそうだな? 余は世俗に(うと)いのでよくわからぬが、ヴィナスから聞いた。夜の国からたくさんの支持者がおまえを見に来ているとか。なぜ、国を出た?」


「病のためです」

「見たところ、健康そうに見えるが……」


「国にいる時、ろくに歩けない時期もありました。人は日の光を浴びぬと、骨が(もろ)くなるのです。特に私のような黒い肌の者は」

「なるほど……難儀であったな。主国であれば、日の恵みは充分過ぎるから、好きなだけ、おればよい」

「優しいお言葉、恐悦至極でございます」


 アマルはユゼフには一瞥(いちべつ)もくれなかった。

 五年前のクレセント城にて、ディアナにそっくりな女とユゼフを引き合わせたアーベントロット卿。そこで、舞踏会の応接係をしていたのがアマルである。眠り薬を飲まされ、翌朝に目覚めたユゼフをこの男は城から叩き出した。

 

 あの時、未来のコインを投げて寄越したのはどういう意味なのか? ディアナ失踪の手懸かりになるかもしれない。ユゼフは淡い期待を持って、凹凸の激しいアマルの顔を見つめていた。

 アマルが天幕を出たあとには、いても立ってもいられなくなった。騎士たちの様子を見に行くと言って、ユゼフは従者(ラセルタ)も連れず席を立った。


「もうすぐ試合が始まる。間に合うようにしろよ?」


 シーマの追いかける声にビクつきつつも、ユゼフは気取(けど)られぬようゆっくり動いた。桟敷席から離れていくにつれ、歩は早くなる。


 闘技場を四分の一ほど回ったところに、アマルはいた。きらびやかな若い娘たちに囲まれている。楽しそうに談笑しているモテ男は、ユゼフが近くまで来ても気づかなかった。


「あの……もし! アマル殿……」


 二回ほど問いかけて、やっとこちらを見た。娘たちは何者かと、疑わしげな視線をユゼフへ向ける。無理もない。身一つで従者も連れていないし、みすぼらしくはないが、地味な出で立ちだ。


「これはこれは……宰相閣下。なにかご用でしょうか?」


 “宰相”の言葉に娘たちはざわついた。疑わしげな視線が変わって、色を含んでギラギラし始める。アマルの茶色がかった瞳が、からかうようにユゼフを見ていた。


「二人で話をしたい。五年前の話だ」

「五年前? なんのことでしょう?」


 思ったとおり、すっとぼけた。ユゼフだって、これぐらい想定内だ。しかし、何がなんでも聞き出さなくてはいけない。


「五年前とは状況が変わった。俺は何者でもなかったが、今は宰相の役目を任されている。君が応じなければ、どんな手も使わしてもらう」

「それは脅しているつもりでしょうか?」


 アマルの声が低くなる。張りのある美しい声が怒気を帯びると、凄みがある。アマルは顔を下へ傾け、上目で鋭い視線を送った。


 ユゼフも負けじとにらみ返す。華やかな潮騒はサアッと引いていく。ただならぬ気配を感じ取った娘たちは離れていった。


「王の桟敷席の裏に、仕切られた小さな空間がある。貴人の身だしなみを整えるための場所だが、今は誰もいないはずだ」

「おや? 誰が話すと言いました?」

「従わないのなら、無理にでも従わせる」

「……権力を振りかざすわけですね? でも、あなたは勘違いしている。ご自分の立場が有利だと」

「どういう意味だ?」


 アマルは悪戯っぽく笑う。


「クレセント城にいらっしゃったお客様の個人情報は、いっさい漏らしません。夢の城での出来事はすべて封じ込めます。そうしないと、クレセント城がクレセント城たる意義を失い、魔法が解けてしまうからです。それが、私の主君アーベントロット伯爵の信念です」


「俺を招待するよう、口利きした女性のことだ。知る権利はあるだろう?」

「そのお方のことは、あなたが一番ご存知のはずかと」

「だっ、だが、しかし……」

「貴人同士の道ならぬ恋。クレセント城ではそれが叶います」


 ユゼフは言葉を詰まらせた。嘲笑を帯びたアマルの視線が、心の中へ入ってくる。そのまま、めちゃくちゃに掻き回された。


「そちらが理不尽に権力を行使すれば、厳重に守られていた秘密が白日の下に(さら)されます。あなたとそのお相手のことも……」

「お、俺は彼女とはなにも……」


 ユゼフは動揺を隠せず、顔をほてらせた。下を向くしかない。


「皆、夢の城に忍んで来るのです。そこであったことは一夜の(はかな)い夢。吹けば飛ぶような弱々しさにもかかわらず、強い輝きを放つ……夢を守るのが、クレセント城に勤める者の使命なのです」


 アマルのセリフがストンストンと、ユゼフの耳腔(じくう)に落ちていく。よく響く声は心地良かった。聞き出そうとしても、埒が明かないのは、もうわかっていた。だが、彼女の……ディアナの行く末を案じるばかりに……



「ど、どうして? どうしてあの時コインを渡したんだ?」


 背を向けたアマルに、ユゼフはなおも食らいついた。アマルは数歩進んでから、ピタリと歩みを止めた。


「ただの哀れみですよ」


 振り返るその顔には、皮肉めいた笑みが浮かんでいた。




※ジュストコール……前開きタイプの上衣。


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