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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第二部 イアン・ローズとは(前編)二章 剣術大会
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18話 ジャメルの説教と派手な甲冑と(サチ視点)

 叱責されても、まだ諦めなかった。

 グラニエと別れたあと、サチは試合出場者の控える天幕へ行った。天幕は闘技場の端に据えられている。

 

「ジャメル! 剣を交換してくれ!」

 

 天幕で待機するジャメルに、サチは懇願した。

 αブロックにて次戦、ジェフリーと相対するのはジャメルだ。友人という理由で、サチは天幕に入り込んだ。手には刃引きされた長剣がある。ジャメルの従騎士が持っていた予備の剣を預かってきた。

 テーブルに置かれた試合用の剣とは見たところ、寸分も違わない。だが、サチは知っている。発動可能時間は限られるが、なにも記さず呪詛をかけることもできるのだ。替えておいたほうがよい。


「オメェは勘ぐり過ぎなんだよ」

「人が死ぬかもしれない時は、考え過ぎるぐらいがちょうどいいんだ。さ、念のため交換してくれ」


 ジャメルは整えた顎髭を触りつつ、肩をすくめた。


「別にいいよ。そこまで言うなら……」


 口八丁のサチと言い争っても、終わりが見えないと思ったのだろう。横に寝かせた剣を面倒くさそうに寄越した。

 サチは渡された剣を振ってみたり、逆さにしたり、はたまた匂いを嗅いでみたり……つぶさに調べた。

 手持ち無沙汰になったジャメルは、その様子を不満げに見ている。

 

 五年前からすでに所帯持ちだったジャメルは年長者のイメージが強い。世話を焼くのが好きな仕切り屋だ。

 二十八年前のアニュラス東南戦争の時に両親を亡くし、盗賊になったというから、実年齢は副団長のクリムトやグラニエと同じくらいか。

 艶々した黒い巻き毛や澄んだ瞳は若々しく、見た目年齢はサチたちとほとんど変わらない。ユゼフの従者のラセルタもそうだが、亜人は年を取るのが遅い。


「オメェが言うように、アスター様がカオルたちの命を狙っていたとして……なんで止める? 五年前、オメェらを殺そうと襲ってきたんだろ? そんな奴らを(かば)う必要あるか?」


 ジャメルの言うことは、もっともだと思う。殺られるのであれば、始末するのは当然の(ことわり)である。


 ──でも、カオルは悪い奴じゃない


 胸の奥でつぶやいた一言が、しだいに勢いを増していく。今の時点で、カオルたちは誰の命も狙っていないのだ。未来に犯す過ちのため、なにも知らない人間を殺すことは正しいのだろうか?


「アスターさんのやり方をすべて否定したいわけじゃないんだ。でも、今回はどうしても引っかかる。五年前、カオルたちを裏で操っていたのが誰なのか? その理由すら、はっきりしていない。なにもわかっていない状態のまま、始末するのはよくないと思うんだ」


「……サチ、オメェの言うこともわかるよ? だがな、アスター様のほうでは黒幕の見当がついていてんのかもしれねぇ。もしくは、殺すことであぶり出すつもりなのかも……」


 ジャメルは腕組みし、首をひねりながら答えた。成り行き上、盗賊をしていたが馬鹿ではない。

 

「どうだろな? 俺が方々嗅ぎ回ってもつかめてないんだから、アスターさんも知らないと思うんだが」

「それにさ、アスター様が計画してることは国王陛下やユゼフも知ってるはずだよな? 知ってて黙認してるんだよ。それを外野がとやかく言っても、しょうがない気がする。ユゼフとは話したのか?」


 サチは首を横に振った。

 ユゼフとはだいぶまえ、アスター家の夕食に招待された時以来、会っていない。お互い忙しいし、気軽に会える身分ではなくなってしまった。


「はあー……ユゼフもエラくなって変わっちまったからな? でも、オレたち末端が騒いでどうにかなる問題じゃねぇだろ? グラニエさんにも怒られてんのに、もうやめろよ」


 呆れ顔のジャメルに諭された。こうやって、兄貴風を吹かせるところが年長者らしい。

 サチは横を向き、交換した試合用の剣を大きく振りかぶった。そのまま、何度か振ってみる。いくら調べても、なんの異常も見つからない。


 躍起になっていたのが、少し馬鹿らしく思えてきた。グラニエにジャメル、ちゃんとした大人に注意されると、自分の未熟さを痛感する。


「こら、構え方! アスター様にまた叱られるぞ? すでに、あきらめられてるか」


 ジャメルは気の抜けた笑い方をした。騎士団に入っても、サチは演習をサボってばかりいて、いまだに剣技はおぼつかない。偵察部では、情報収集や調査に従事することが多かった。地味な事務方だ。


「五年前、オレらが魔国へ王女様……今は王妃様だが……助けに行かなかったらサチ、オメェも死んでたんだぞ? あんとき、ユゼフやアスター様がオメェを救ったんだ。それと国王陛下のお許しがあって、生きていられる。恩返しするのならわかるが、楯突こうとするのはどうしてなんだ……」


 ジャメルがだんだん説教臭くなってきた。なにも見つからないし、サチはイラついた。試合がそろそろ始まってしまう。


 とその時、よく磨かれた派手な装飾の甲冑が目に入った。天幕の隅に落かれている。

 表面には金が張られ、肩、胸、腕の部分に隙間なく、細かい文様が彫られていた。所々に色とりどりの宝石が埋め込まれているし、どう見ても実戦向きではない。


「あれ、ジャメルの?」

「ちげぇよ。んなわけねぇだろ? あれはカワウの……なんとかいった男爵様のもんだ」


 ここはαブロックの控えテントだから、他の出場者の私物も置かれている。おそらく、ジャメルの次に出場する人の物だろう。

 

「すごい派手だね。あんなんで戦えんのかな?」

「なんでも、今日この日のために作らせたとかで自慢してたな……あ、おい、こら! サチ!!」


 サチは甲冑の前で剣を振り上げた。ただのおふざけだ。空を切り、刃は落ちていった。


「あ……」


 失敗した。久し振りに剣を振ったせいで、サチはバランスを崩した。


 カチン……

 当たってしまった……

 乾いた音が耳に入った時、ちょっとぐらいの傷、気づかれないだろう……そんな悠長なことをサチは考えた。


 ところが、半秒後……

 爆音と共にサチは吹き飛ばされたのである。


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