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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第二部 イアン・ローズとは(前編)一章 それぞれの五年後──そして運命は動き出す
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7話 リンドバーグへの謝罪(ユゼフ視点)

 サチが去ったあと、すぐさま寝室へ向かうつもりが、ユゼフは動けないでいた。魔のソファーがユゼフを離してはくれなかったのだ。


 職人の汗と涙が染み込んだ技術の結晶は、猛烈な睡魔をもたらした。ユゼフができたことといえば、ソファーの背もたれに掛かったブランケットにくるまることぐらいだ。


 ──ヤバい……もう指の先すら動かせない。モーヴが起きて待っているというのに


 一途(いちず)でかわいい妻。モーヴの性格からして、寝ずにユゼフを待ってくれている。

 疲れがたまっていたのだろう。暖炉の熱は外側から、愛情たっぷりのホットワインは内側からユゼフをトロトロに溶かしていく。それに上質なシルクのブランケットだ。これは、結婚のお祝いにリンドバーグからプレゼントされたものである。それ以外にも壺やら絨毯やら、いろいろもらっている。


 少年時代、ユゼフがイアンとこの大金持ちの篤志家を襲ったことは、もう許されている。

 五年前の帰国後、ユゼフが真っ先にしたのはリンドバーグへの謝罪だった。ユゼフは適当にごまかしたかったのだが、サチがそれを許してくれなかった。馬車一台分の高価な手土産を携え、共犯のカオルも一緒にリンドバーグの城へ向かったのである。


 ──あの時は緊張しまくり、どもりまくりだったな


 夢見心地でユゼフは記憶をたどる。出迎えたリンドバーグは当時の不良少年が宰相になっていたとはつゆ知らず、腰を抜かした。サチはちょっとしたイタズラ心からだろう。ユゼフの身の上を知らせずに、謝罪の場をセッティングしたのである。


 度肝を抜かれたのと、ユゼフの鈍臭(どんくさ)さがプラスに働いたのか。リンドバーグは好意的に謝罪を受け入れてくれた。

 シーマが彼を重用したのも功を奏していた。リンドバーグのせいでギリギリまで追い詰められたのに、シーマは謀反の共謀罪を咎めなかった。


 これはシーマの良いところだ。敵であっても有能、なおかつ懐柔が可能であれば、過去のことは水に流す。リンドバーグを裏切り者として縛り首にするのは簡単だった。あるいは領地、爵位をすべて取り上げることも、一声で可能だったのだ。他の為政者であれば、間違いなく彼を処分しただろう。それをしなかったのはシーマの並外れた器量にある。


 おかげで、リンドバーグは幸を運んだ。グリンデルに支払う多額の賠償金、内戦後の復興資金をひねり出してくれた。鮮やかに、手品師が鳩を飛ばすかのように──


 リンドバーグの金集めの才には舌を巻くものがあった。ユゼフが知り得た一端だけでもそうなのだから、彼はなるべくして大金持ちになったのだろう。


 そもそも、リンドバーグが資産家になったのは、所有していた島からグリンデル水晶が採掘されたのがきっかけだった。内海によくある普通の貧しい島、誰の目にも止まらないちっぽけな島だ。

 なんでも、イタズラっ子たちが落とし穴を掘っている時に見つけたそうな。最初に見つかったのは、ほんの欠片だった。誰かの落とし物か漂流物かと思われ、たいして話題にも上らなかった。統治を家来に任せきりで何もしない領主だったら、けっして気づかなかっただろう。


 リンドバーグは自領土のことを何もかも把握していた。作物の収穫量から住民の移動、増減、武器防具の製造販売、商人たちの稼ぎ、領内での事件、流行、噂話に至るまで、そのすべてを。

 偶然ではない。地道な情報収集が実を結んだのだと思われる。

 

 これまで、グリンデル水晶はグリンデル王国以外で採掘されていなかった。市場全体の数パーセントに満たない採掘量でも、時間(とき)の壁に遮られている間は自国の市場を支配する。高額で取引できる。そうして、壁の出現期間中、リンドバーグは国内で小金を稼いだ。

 つぎに、リンドバーグは主国を取り囲む諸国の市場に目を向けた。壁が消えてからの彼は、そのまるまるとした外見からは想像つかないほど、すばやかった。


 まず、国同士の関係悪化を理由にグリンデルからの輸入を制限させる。これはシーマに頼んだ。グリンデルは主国という最も巨大なマーケットを奪われてしまう。

 リンドバーグは壁の出現中に儲けた資金をつぎ込み、本場のグリンデル水晶を買い漁った。マーケットが奪われたことにより、直後は低額で買い付けることができたのだ。


 その後、値上がりした本場より安値で売りさばく。そうやって少しずつ諸国の市場をグリンデルから奪っていった。もちろん、需要に対し供給量は賄えない。この時点で大量の取引を書類上で済まし、適当な理由をつけて納品を伸ばした。

 蛾の幼虫に寄生する菌類のように、少しずつ市場を浸蝕していったのである。


 しばらくすると、主国のグリンデル水晶は適正価格だと言われ、高額な本家は買い渋りされるようになった。輸入制限でマーケットを奪われたこともそれに拍車をかける。結果、本家も価格を下げざるを得なくなった。


 本家が価格を下げた時が勝負だった。リンドバーグはありったけの資金をつぎ込んでグリンデル水晶を買い占めた。市場の二割も買い占めれば充分だったろうか。ふたたび価格が上がった時に安く仕入れた水晶を売りさばいたのである。


 つまり、市場を奪い価格を操作して利益を得た。

 シーマはほとぼりが冷めるのを待たず、リンドバーグを財務大臣に抜擢した──


 ……と、回想はここまで。ユゼフの意識は魔のソファーに呑み込まれた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] リンドバーグの手腕が、お見事でした!
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