79話 後始末②
アスターが険しい顔でサチを威嚇した。顔だけでも迫力満点である。
「おい、おまえ! ちゃんと敬語くらい使え!」
「はいはい。陛下、なんのお話でしょうかー?」
態度を改めず、ふざけた口調で尋ねるサチにアスターは閉口した。
アスターは王になるまえのシーマを知らないし、サチとシーマの関係性もいまいち把握していない。どう対応すべきかわからないようだった。困った表情でシーマとサチを交互に見たので、シーマが執りなすこととなった。アスターに対しては、少し背伸びした口調になる。
「この者は以前より、こういう物言いをするのだ。私は気にしない」
「陛下がそう仰るなら……」
アスターは矛を収めながらも、サチの背中を小突いた。マナーにこだわるのは貴族だからだ。
「そんなことより、おまえたち、やってくれたな?」
シーマは便箋を数枚ヒラヒラさせた。
シーマいわく、二通の文はカワウとカワラヒワからアオバズクを通じて郵送された。帰国前のハンスに届けられたとのこと。犬鷲を使えば、人間のウン十倍の速度で文を運べる。
三通目はグリンデルから。どちらもグリンデル水晶を使ったか、何らかの方法で壁を渡ったのかと思われる。
アスターから一枚ずつ順番に受け取り、目を通した。
「まず、カワウの国王からの文。第一王子フェルナンドと、顧問官コルモラン殺害の嫌疑がユゼフにかけられている。それと、アフラム誘拐と身代金強奪で、ユゼフとアスターはモズの盗賊と共に指名手配されている」
「まったく身に覚えがありませんな」
アスターはとぼけた。
「アスターさん!」
ユゼフが目を細めて非難すると、アスターはバレバレの演技で手を叩いた。
「おお! 思い出した! アフラムとは、あの間抜けな奴隷商人のことか! たしか、ユゼフが金目当てで襲った……」
アスターは「ユゼフ」のところを強調して言った。ユゼフは反論したかったが、言わずともアスターが主導したのは明らかである。肩をすくめるだけにとどめた。
「魔国にさらわれたディアナ様を助けるために金が必要でした。他に選択肢はありませんでした」
ユゼフの弁解は棒読みだ。どもらないだけマシと言える。シーマよりサチの視線が痛かった。蔑まれても仕方のないことだ。
シーマはやれやれと息を吐いて、「次だ」とアスターに便箋を渡した。
「二通目はカワラヒワから。ラール侯爵(アナン)が息子を殺害されたと。おまえたちが現場にいたことはバルツァー卿の家臣から聞いている。どういった経緯で息子が死に至ったのか、納得いく説明をしてほしい、と」
避けては通れない問題だが、ユゼフはアキラのことを思い出したくなかった。
「この件は込み入った話になります。まえにお話ししたカオルのことも関わってきますし、他の件を片付けてから最後に話します」
ユゼフは王に対する言葉遣いで返答し、アスターもうなずいた。
シーマは最後の便箋をアスターに渡した。
「では最後。グリンデルから。ナスターシャ女王は相当おかんむりのご様子だ……」
シーマの言葉を継いで、アスターが文を読み上げる。
「姪ディアナを無理やり連れ去り、国境警備騎兵隊を襲ったユゼフ・ヴァルタンとその一味を誘拐及び殺人の罪で提訴する。壁が消えた暁には、速やかにその身柄をこちらへ引き渡すよう……おお、これもユゼフですな!」
「いや、アスターさんもでしょ?」
まるで他人事のように言うから、ユゼフは訂正せずにはいられない。アスターは悪びれずに答えた。
「いや、これ、ほとんどおまえだぞ? 森がワームの襲撃と火災で三割以上、破壊されてしまったようだ……被害総額は……なんと!……一億……」
「それに加え、援軍にかかった費用まで請求されている。シーラズとスイマーもオートマトンによる被害を受けているにもかかわらず……」
「払う必要はないのでは? 森の火災はオートマトンによるものだし……」
「私もそう思う。それにナスターシャ女王の弱味も握ってるんでね……援軍の件があるので、少しぐらいは払わなければいけないが……交渉次第か」
シーマは意味ありげにサチを眺めた。サチは意見を求められたと思ったのだろう。口を開いた。
「俺は今後、良い関係を築いていくためにも、正当な額を支払うべきだと思う。グリンデルの大臣と外交官も殺されてるわけだし」
「その犯人であるイアンは討ち取った」
シーマはイアンの罪を強調する。本当のことがバレていようが、お構いなしだ。対して、荒れ狂う怒りを内包しつつ、サチも冷静に返す。
「それじゃダメだ。生きたまま身柄を引き渡すのが筋だろ? 容疑者を起訴して裁判で判決を下すのはグリンデルの役目だ」
今度はアスターが横やりを入れた。
「ヴィナス王女を差し出すのはどうでしょう? ディアナ妃殿下を取られたと思っているのなら、代わりを寄越せばいいのです。要は我が国とのつながりがほしいのだから」
これは悪くない案である。だが、シーマは煮え切らない様子だった。
「ヴィナス王女はローズの血を引いている。グリンデルとローズとは昔から仲が悪いし、今回謀反を起こしたイアンの従兄妹だから、女王はいい顔をしないだろう」
「まあ、嫁に行けば間違いなく、いじめられるでしょうな? 陰険な継母を体現したような女王に……あ、王子は亡くなってましたっけ? 隠し子がいるとかいないとか?」
「それにヴィナスは精神が不安定で、人前に出られる状態ではない」
そういえば、さきほどの集まりにも顔を出していなかった。
ヴィナス王女は一度に父と腹違いの兄たちを失い、自らも城を追われた。まだ幼い姫にとって、つらい経験だったはずだ。しかも、その状況を作り出したのが、従兄弟のイアン。
ユゼフはヴィナス王女とはほとんど話したことがなかったが、彼女がイアンとアダムを気に入っていたのは知っている。幼いころの王女はローズ城へよく遊びに来ていて、イアン兄弟を追いかけ回していた。
「政略結婚云々を言うまえに、壁が消えたあと、シーマが国王としてグリンデルへ行くべきだと思う」
ポトッと落ちてきたサチの意見に注目が集まる。シーマは首を傾げた。
「主国から国王が他国へ挨拶に行くなど、前代未聞だ。それがグリンデルであっても……」
シーマの言うとおり、派生した五つの国に対して主国は絶対的な権威を保持してきた。戦争を繰り返してきた三百年間、それだけは不動だったのだ。
「だからいいんだよ。グリンデルの女王は気位が高くエゴイスティックな人物だと聞く。だから、主国の国王が認めてもらうために、わざわざ赴いたとあれば、自尊心を満足させるに違いない」
「なるほど……おまえ、おもしろいことを言うではないか!」
アスターが上機嫌にサチの背中を叩いた。痛かったのか渋面を作るサチを横目で見て、シーマの動きが止まる。シーマは人差し指で顎を叩くのをやめた。
「わかった。諸侯らの反発は免れないとは思うが、考えておこう。それと、ヴィナスの件は女王が乗り気になれば、良き案かもしれない。一応、本人にも伝えておこう。国外へ出たほうが、彼女も吹っ切れるだろうし……」
「金の件は交渉次第ですな……金と言えば、リンドバーグですが……」
アスターがニヤリと笑う。王議会にいたころから、リンドバーグを知っているようだ。シーマとの因縁を気にして、顔色をうかがっている。
シーマは笑みを絶やさなかった。
「リンドバーグには別件で金策させるつもりだ。だから謀反に加担した罪も不問とした」
「リンドバーグは金集めに関しては天才的です。王議会から外れたのは残念でした」
シーマが過去の裏切りをそこまで気にしていないようなので、アスターはリンドバーグの復活を希望するような言い方をした。リンドバーグは何も取り上げられずに済んだものの、議員職は解かれていたのである。
シーマの返しは予期せぬものだった。
「ほとぼりが冷めたら、リンドバーグを財務大臣に任命しようと思う」
ユゼフ含め三人とも、呆気にとられる。間を置いてから、アスターが大笑いした。
「おもしろい! リンドバーグの奴、腰を抜かすぞ! いや、さっきの大臣みたいに泡吹いて倒れるかも……」
「グリンデルの件もリンドバーグに当たらせるのがいいだろう……ユゼフ、さっきから何も話してないな?」
意見を言わないことをシーマに咎められ、ユゼフは仕方なく発言しようとした。が……
「全部、おまえがやったことの後始末だぞ? もっと、知恵を絞らんか!」
アスターに遮られる。追い打ちをかけ、サチが軽蔑の目を向けてきた。
「ユゼフ、リンドバーグ様の所へ謝罪に行くぞ! イアンだって、ちゃんと謝ったんだ」
有無を言わさぬ態度だ。ユゼフはおもしろがっているシーマに訴えた。
「仕方ないでしょう。この二人には、かないません」
「まあ、いいだろう。最終的には私とユゼフで全部決める」
シーマは愉快そうに言ってから、真顔になり銀色の睫毛を上下させた。
「じゃあ、この件は後ほど詰めるとして……カワウの王家が言っているユゼフとアスターの嫌疑について、話し合おう」
カワウの件は厄介だ。場合によってはグリンデルより難航するかもしれない。戦争が再開してしまうことも充分有り得る。
フェルナンド王子とディアナ王女の婚約はカワウ国内で期待されていた。戦争被害はカワウのほうが甚大だったため、王家のつながりによる支援を見込んでいたのである。
「ニーケ殿下を……」
「モズの盗賊を……」
「主国で裁判を……」
ユゼフ、アスター、サチ、三人が同時に言い始め、互いに顔を見合わせる。
「さあ、誰から先に聞こうか?」
シーマからまた笑みがこぼれた。




