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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第一部 新しい王の誕生(前編)一章 壁の出現
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20―2話 グリンデルに援軍を頼む②

 うまく乗り切ったと安堵している場合ではない。ユゼフは早速本題に入った。


「どうしても、お願いしたいことがあるのです。これは妹君ヴィナス殿下、ミリアム妃殿下、国王陛下の命にも関わることです」

 

 前置きは短くし、インパクトを与える。


「ヴィナス様の文にもあるとおり、現在主国内は逼迫(ひっぱく)した状況です。内海の領主の多くが謀叛人に味方しました。兵力の差は五分(ごぶ)と書かれてありましたが、実際はもっとでしょう。内海では、国王陛下に対する不満が高まっていたのです……」


 ディアナが、おとなしくなったおかげで言葉がスラスラと流れ出る。ユゼフは早口になった。


「王連合軍は占拠された王城を囲んでいるとありました。しかし、突破されるのは時間の問題です。なぜなら王城の西、ヴァルタン領は敵の手に落ちているからです。西と背後の内海、さらに北のローズ軍も加われば、ヴィナス様のおられるシーラズ城は挟み撃ちされます。包囲は簡単に破られるでしょう。それを回避するには……」


「ちょっと待って! 難しいことはわからない。いったい、なんの話をしているの?」

 

 放心していたディアナが帰ってきた。情報量が多くて頭に入っていかないのだろう。鼻に皺を寄せている。


「グリンデルのナスターシャ女王に文を書いていただきたいのです。援軍を国王陛下のもとへ送るようにと」

「なぜ? シーバートがそう言ったの? 援軍って……時間の壁で通れないでしょう?」

「シーバート様は何もご存知ありません。マリクは時間の壁を通ってきました。とある場所なら通れるのかもしれません」

「でも、どうしてあなたが?」

 

 ユゼフは下を向いた。これ以上は無理だ。どうすれば、彼女は言うことを聞いてくれる? どうすれば……ユゼフは無意識に左腕の傷を触っていた。


 ──誰かにものを頼む時は相手の目を見て、視線を動かさないようにする

 

 シーマが以前、そう言っていたことを思い出した。主の言葉には強い力がある。

 ユゼフは顔を上げ、まっすぐにディアナの目を見た。


「シーバート様は関係ありません。国王陛下がお亡くなりになりました」

「なんですって!?」

「シーバート様はディアナ様を気遣って、このことはまだ伝えないほうがいいと」

 

 ディアナは絶句した。


「お亡くなりになったことが国内に広まるのは、時間の問題です。そうなれば、諸侯の多くがイアンにつくでしょう。兵力の差は歴然です」

「もし……もし、イアンが王になったら私はどうなるの?」

「おそらくは……」

「やめて!! 言わないで!」

 

 ディアナは動揺し始めた。対してユゼフは冷静になる。


「グリンデルに文をお書きください」

「あなたの言うことを信じていいの?」 

「今までディアナ様のことをお守りしてきました。これからも命がけでお守りします。どうか、信じてください」

 

 無言で見つめ合う。

 言葉を失うとは、まさにこのこと。言い表そうとすれば、ありとあらゆる言葉は陳腐化する。


 ──まるで女神のようだ


 甘い時間が過ぎ、ディアナの瞳から不安や疑いが消えた。


「わかった。あなたを信じる」

 

 ディアナは首肯した。

 肩から力が抜けていく。息を吐いた瞬間、ユゼフは両手を床についてしまった。


 ──まだ、まだだ。安心するにはまだ早い


「感謝します。文面は私が考えましょう。女王陛下はご存知かもしれませんが、マリクが通ってきたと思われる場所のことも書いておかないと。大体の位置はわかります」

 

 主国、グリンデル王国、魔の国、三国の境界が交わる、ディアナを連れて行けとシーマに命じられたあの場所。

 問題は文をどのようにして届けるかだ。初めての場所に動物は使えないので、ユゼフ自身が行くしかあるまい。




※※※※※※※


 書き終えた文に封蝋を押したころには、夜の八時をまわっていた。


「ありがとうございます」

 

 文を受け取ったあと、ユゼフはごく自然に笑みをこぼした。とてもくたびれていたが、清々(すがすが)しい気分だった。なんとか役割を果たすことができる。

 シーバートにはレーベを探しに行くとでも嘘を吐いて、ただちに発とうと思った。

 ところが、去ろうとしたとたん、後ろから強く腕をつかまれた。


「待って。行かないで!」

 

 振り返れば、ディアナが泣きそうになっている。


「一人にしないで欲しいの。もう少し、もう少しだけこのままで……」

 

 いきなり、ディアナは背後からユゼフを抱きしめてきた。こんなことをされたら、息が止まる。

 動くに動けず、前を向いたまま硬直する。ディアナはユゼフのだらりと垂れた手に指を絡めた。


「こうしていると、あなたの心臓の音を、体温を、匂いを、呼吸を感じることができる……」


 ユゼフの体内では沸騰した血が暴れ狂っている。本能は正直なのに心は定まらない。

 ディアナは思いをぶちまけた。淡々と、ときに(たかぶ)らせ……


「いつだって、ひとりぼっちだった。周りにいるのはバカみたいに媚びへつらう者ばかり。私は女だから、父も母も興味を持たなかったわ。ヴィナスとは仲が良かったけれど、兄たちは私を空気のように扱った。どうせ外に出される運命だからと、あきらめていたの」


 ぬくもりとセットの場合はなおさら、飾らない言葉は心に響く。

 

「もちろん、反発したこともあった。自分より弱い者をいじめたり、使用人にも、よく当たり散らしていたわ……あなたにも酷いことを……」

 

 服を挟んでいても、彼女の息遣いと唇の動きを感じ取ることができた。

 妹以外の女性と触れ合う機会がなかったわけではない。どうせ宦官になる身だからと消極的だったのだ。経験がないユゼフは、どう対応すべきかわからなかった。


「あなたの瞳、深い藍色をしてるでしょう? なんで今まで気づかなかったんだろう。とても、きれい……」

「……いけません、ディアナ様」


 (かす)れ声を絞り出し、ディアナに向き直った。


「私のような者は高貴なお方に相応(ふさわ)しくありません」


「どうしてなの? あなたは自分より、私のことを大事にしてくれた。カワウからモズへ向かう土漠で、自分の食べ物や水を全部差し出してくれたでしょう? 森ではケガをしてまで怪物と戦ってくれた。ナフトでは盗賊と戦い、ここに来るまで傷が痛んでも私のことをおぶってくれた……ペペ、あなたは私のことをずっと守ってくれていたわ」


「あなたをお守りするのは……」


「国王への忠義、とでも言うつもり? あなたにそんなものあるのかしら? 私たち、似た者同士じゃない? 親に物のように扱われ、利用されて……でも、もう、その親はいない」

 

 ユゼフはディアナの深緑の瞳を見つめ返した。一片の曇りもない。彼女の指は柔らかく、そして冷たかった。胸が締めつけられる。


 ──たぶん、これは罪悪感から来る痛みだ

 

 不意にドアをノックする音が聞こえ、ユゼフは弾かれたようにディアナから離れた。

 罪悪感? 臆病風? どちらにせよ、甘い夢から逃げ出したかった。悲しいかな、逃げ出さなくても、目覚めは向こうからやってくる。忘れていた現実が追いかけてくる。

 ユゼフは相手を待たせず、ドアを開けた。


 ドアの前にいたのは、思いがけない人物だった。シーバートでも、エリザでも、レーベでもない。

 薄い鉄製の胸当てと肩甲を身に付け、脚衣の上には汚れた編み上げブーツ。腰に剣。艶のある栗毛を無造作に束ね、見事に武装している。


 ミリヤ──盗賊に囚われているはずの哀れな娘がそこにいた。

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