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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第一部 新しい王の誕生(後編)三章 眠り王子は目覚める
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52話 不安的中

 ユゼフたちは海岸沿いに北へ馬を走らせていた。暁城を出てから今日で十日目。まもなく鉄の町だ。

 ベトベトする潮風に当たり、ユゼフは願う。何事もなく、たどり着けますようにと。暗い海や覆い被さってきそうな岩山が不安をかき立てる。十日前、この倍の道のりをわずか一日で走ったことが思い出された。


 ──なんでだろう? この間、通った時は気持ちよかったのに


 クレセント城から同じ道を駆けた時は最高に楽しかった。今は気持ちが沈むばかりだ。

 ペースを合わせているのも原因の一つかもしれない。駆け抜ける分にはいいが、単調な景色が長く続くと退屈だ。

 夜の町から鉄の町まで、鉱山地帯を縦断する街道は避けた。待ち伏せされる危険性が高いからである。少し遠回りでも仕方がない。


挿絵(By みてみん)

 

 街道沿いには小さな村や町、宿屋が集中する。一方の海岸沿いはゴツゴツした岩だらけだ。補給できず、食料が底を尽きかけていた。

 暁城を出る時、もらった干し(いい)と味噌玉に思いのほか助けられている。これはサチと懇意にしていた台所頭の甚左衛門からもらったものだ。


「鉄の町はまだか……」


 ユゼフの前を走るアスターが止まった。ムスッとした顔だ。気持ちはわかる。ユゼフでもつまらないのだから、陽気なアスターはなおさらだろう。ユゼフの隣にいたラセルタが明るく声をかけた。


「でも、ここまで連中に出くわすことなく来られて、よかったっすね!」

 

 ユゼフたちは狭い道を二列に走行している。先頭のアスターの隣にはダーラ、後ろにユゼフ、ラセルタと続き、サチ、クリープ、最後尾はエリザとレーベ。

 不機嫌顔のアスターは、皆が追いつくまで待った。休憩だろうか? いや……


 ──なにか妙だ


 あと数時間で鉄の町に着くだろう。街道で待ち伏せていたとしても、こちらの道にまったく伏兵を用意しないのはおかしい。カオルは道ぐらい把握しているはずだ。

 ユゼフは気配を感じたらすぐに移動するつもりで、ずっと気を張っていた。街道より、ひとけのない海沿いのほうが伏兵の気配を読みやすい。だが、一度もそのような気配を感じなかった。

 アスターも異様な空気を感じ取ったのだろう。勘はよく働く。


「アスターさん、鉄の町へ入るまえに、様子を調べてからのほうがいいと思う」 

「なぜだ? おまえたちは気配が読めるから怪しい気配があれば、迂回すればいいではないか?」

「町は断崖続きの海岸線と違って、人の気配が多すぎる。よほど近くまで行かないと、怪しい者と町民の区別がつかない」


 皆が追いついてから、アスターはふたたび口を開いた。


「私がカオルの立場であれば、街道と海沿いの両方に人員を配置する。それをしないでいるということは……」


 一、金が足りなくなったか、暁城で犠牲が出過ぎたため、傭兵の数を確保出来なかった。

 二、先回りして待ち伏せしている。


「さあ、おまえらはどっちだと思う?」


 皆は顔を見合わせた。言わずとも考えは同じだ。そうは思いたくないが、二番目……後者の可能性が強い。


「私とダーラで様子を見てくるから、おまえたちはここで待機していなさい」


 アスターはダーラを連れて、町の方角へ馬を走らせた。




  ††  ††  ††


 アスターとダーラの姿が見えなくなったころ、時にして十数分。

 ユゼフは異変に気づいた。隣で待機するラセルタも妙な顔をしている。振り返ると、不安そうな面々が目に入った。相変わらず、クリープだけは無表情だ。


「ユゼフ様……どうしましょう?」

「……三十人くらいか。もう襲われてる。くそっ……この人数じゃ、対応できない」


 先へ行ったアスターが襲われている。それまで気配など、ちっとも感じなかったのに突如出現したのだ。


 ──どういうことだ?


 ずっと、気を張っていたのに察知できなかった。ユゼフだけならともかく、同じ能力を持つラセルタ、ダーラもだ。馬を走らせながらでも、七スタディオン(一・五キロ)四方の気配なら感じ取れるはずなのに……




「気配を消した、とか?」

 

 不意に落ちてきたラセルタのつぶやき。その決定的事実にユゼフは背筋を凍らせた。気配を消したり読んだりするのは亜人特有の能力だ。それをもし、敵が知っていたら……? ユゼフは頭を振った。


「でも、生まれつき能力が備わっているか、特殊な訓練をしないとラセルタやクリープみたいには……」

「気配なら、魔法薬で消すことができます」


 察してか、レーベが口を挟んだ。魔法使いの少年ならではの意見だ。


「暁城の時に学んだんでしょう。気配を読まれていたと……」


 皆まで言わずとも、状況は伝わったようだ。サチも顔を強ばらせている。不安で声を震わせるのはエリザ。


「どうしたんだ?」

「アスターさんたちが襲われてる。三十人くらいだ」

 

 エリザは固まった。当然だ。この子には荷が重すぎる。思い返せば、今までよくついてきてくれた。女の身でありながら男並みに戦い、ユゼフを支えてくれたのである。何度も危険な目に遭わせてしまったことを、ユゼフは申し訳なく思っていた。

 

「大丈夫だ。君とレーベはもともと無関係だし、奴らの狙いは俺とサチとアスターさんだ。今のうちに逃げ……」

「ふざけるな! アタシも戦う!」


 ユゼフの言葉は遮られた。エリザの青灰色の瞳は、涙で一杯になっている。固く結ばれた薄い唇、手綱を握り締める拳が震える。


「なんで、一人で全部背負い込もうとするんだよ? どうして、もっと仲間を信頼しようとしない? アタシは自分の意志で、ここまでついてきた。自分の意志で魔国まで行って、イアンとも会った。アンデッドとも戦った。グリンデルから逃げたのだってそうだ。だから、一緒に戦う! 死んでも構わない!」


 ユゼフはうろたえた。戦わせたくないが、どのように言葉を返したらいいか、わからない。彼女を裏切って、傷つけてきたからきっと嫌われているのだろうと思っていた。


「で、でも俺は君のことを……」


 それ以上の言葉は続けられなかった。新たに気配を感じたからである。


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