表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第一部 新しい王の誕生(前編)一章 壁の出現
2/848

2話 宦官になった従兄弟の末路

 ユゼフはブルブルッと身震いした。身体だけでなく、冷気が目にもしみる。泣き黒子(ぼくろ)のあるほうの目をゴシゴシこすった。

 ディアナ王女の命により、彼女の天幕を見張っている。星空は高く、まだまだ夜は明けそうもなかった。

 カワウ国からモズ国へつながるこの土漠。昼間は鉄板の上の焼肉、夜は雪に埋まった冷凍肉になった気分が味わえる。どちらにせよ地獄には変わりなかった。

 天幕の前で見張りをしていた兵士に代わることを伝えると、大喜びで去って行った。

 鼻水を啜りつつユゼフは思う。旅に出てから連日見る夢は、いったいなんなのかと。縛られ、燃やされ、闇の底へ落ちていく。それを繰り返すだけの最悪な夢。


 ──それに、この不気味な空気はなんなのだ??


 誰かに見られているような、いやーな感じが続いていた。邪悪な空気が悪寒を運んでくる。人あらざる者……超自然的な何かが、ジッとこちらをうかがっている。そんな気がしてならないのだ。

 しかし、振り返ったところで、目に入るのは天幕の帆布だけである。

 暖かな天幕ではディアナ王女と侍女のミリヤが眠っているはず。気性の荒い王女も寝顔くらいは、かわいらしいだろう。美少女たちがベッドに横たわり、穏やかな寝息を立てているさまは微笑ましい。

 想像して頬が緩みそうになった時、テントの裏手からヌッと影が現れた。

 ユゼフはあやうく、飛び上がってしまうところだった。ごまかすために短い襟足を触る。

 影の正体はよく知っている人物だった。

 

 ──ああ……こいつは、かわいくない


 少女のようにも見える黒髪おかっぱの少年はレーベ。学匠シーバートの弟子である。この子は小綺麗な見た目と裏腹に、悪魔的で意地悪を楽しむ傾向があった。そのうえ自分勝手。勝手気ままに行動し、居場所が特定できないことはよくある。さすがのシーバートも手を焼くほどだった。

 ユゼフが自分の天幕を出る時、シーバートがこの悪童を探していた。最悪なことにユゼフはレーベと同じ天幕だ。


「レーベ……シーバート様が探しておられた」

「城を出て、もう二日経ちましたねぇ。城下町を出た直後に野盗に襲われるとは不運というか、なんというか……」


 レーベは(あざけ)るような笑みを浮かべる。肩に提げていたスリングから、おもむろに水筒を取り出したかと思うと、見せつけるように飲み始めた。

 ゴクリ……ゴクリ……

 まだ、盛り上がっていない軟骨を上下させ、大げさに嚥下音(えんげおん)を立てる。


 まったく、なにがしたいのだ??──


 とは思いつつ、ユゼフにはだいたい見当がついていた。二日間飲まず食わずのユゼフに飲んでいる姿を見せつけたいのだ。ただそれだけ。

 ユゼフは手持ちの水をすべてディアナ王女に差し出していた。王女は我慢を知らず、飲みたい時に飲み、食べたい時に好きなだけ食べる。


「あーー、おいしかった……あれ? なんだか物欲しそうですね? あ、もしかして、ほしい?……いやいや、これ、ぼくの物ですもん。残念ながら、あげられませーん!」


 レーベはとっても楽しそうだ。毒の含んだ笑顔を見せ、水筒をしまった。

 こういうのは無視に限る。ユゼフは無愛想を貫いた。だが、黙っていると、ますます調子に乗る。


「そういえば、アダム・ローズの話って聞いてます? 老人になって死んでしまったっていう……あなたからしたら他人事じゃないですよね? だって、ディアナ様ではなくてヴィナス様の侍従(じじゅう)になっていたら……」

「まだ正式には侍従ではない」


 ユゼフは遮った。

 自分のことだけならともかく、亡くなったアダムまで笑い物にするのは腹が立つ。アダム・ローズというのは、ユゼフの家系図上の従兄弟だ。とは言っても、義母方なので血は繋がっていない。ユゼフと同じく私生児のアダムは、第二王女ヴィナスの侍従だった。

 ユゼフたち名家の私生児は僧籍に入れられるか、宦官になるか。シンプルにこの二択しか選べない。不運な境遇が自分と重なり、ユゼフはアダムに同情していた。


 幸い、ユゼフはまだ去勢されていない。今回の外遊に伴い、臣従礼と去勢を済ましてしまおうという話もでたが、時間がないため見送られたのである。まあ、刑の執行がただ延びただけの話だ。

 暇なのか、からかいたいのか、レーベはなかなか去ろうとはしなかった。


「アダムは時間の壁を通り、シーバート様に文を持ってきたわけですが……さて、ここで問題! アダムはなぜ老人になったのでしょう?」

「……時間の壁を通ったからだろ?」

「ぶっぶー!! 間違いです! 正確には、体に重石をつけて時間の壁を通った、です。そのまま、渡ったら、時の粒子に運ばれて別の時間に飛ばされてしまいますからね? けれど、飛ばされないと粒子が体内に入りこんでしまいます。その結果、体内時計だけが超高速で進み、アダムは老いてしまったというわけです」

「わかってるよ、そんなことは」


 子供らしい戯れは鬱陶(うっとう)しい。大人びた子でも、話し相手がほしいのかもしれない。庶民出身同士の気安さはユゼフにとっても、ありがたかった。不思議と、どもらない。


「しかし、時間の壁に抜けられる所なんて、本当にあるんでしょうかね? モズ出身のぼくでも、聞いたことがないですよ?」

「アダムが命がけで届けた文にそう書いてあったんだから、間違いないだろう? わざわざ、そうまでして知らせたんだから」

「まあ、ぼくも、そうであってほしいとは思いますよ? 壁が消えるのは一年後ですもん。一年もテント生活なんて、まっぴらゴメンです……あ、ごめんなさい。あなたは帰りたくないですよね? 帰ったら、去勢されちゃいますもんねー?」


 油断すれば、当てこすってくる。毒吐きはレーベにとって、枕詞(まくらことば)のようなものだ。


「うるさいな……まだ、決まってないからな? ディアナ様がお気に召されるか、わからなかったため、今回の外遊に同行することになったんだ。だから、ディアナ様がノーと言えば、宦官にはならない」

「だから、嫌われるための努力をしてるの?」

「まあ、そうだ……いっ、いや、ちがう!」

「プッ……くくく……はははは! さっきのやり取りも傑作だったし」

 

 レーベは苦しそうに息を殺して笑った。ついさっき、ディアナを怒らせて蹴られたあげく、水をかけられた一部始終を見られていたようだ。


「くくくく……で、気に入られなかったらどうなるの?」

「ヴァルタンの姓を捨てて、実母の魚屋を手伝う」

「え、その顔で魚屋って……」


 レーベは腹を抱えて笑い出した。

 日焼けしていない青白い顔がそんなにおもしろいのか。ここ数年のユゼフは男らしい教育をあきらめられ、(もっぱ)ら屋内で過ごしている。ヴァルタン家に引き取られたのが八年前。歩き方から立ち居振舞いまで厳しく躾られ、見た目は貴族らしくなっていると自分では思っていた。


「しぃーっ! 静かに!」

 

 また王女を起こすと厄介だ。それまで小声でやり取りしていたレーベの声が、普通の声に近くなっている。

 寒いなか、こんな奴でも話し相手がいてよかったとユゼフは思った。少しは気が紛れる。

別視点もあります↓

二話シーバート視点

https://ncode.syosetu.com/n8133hr/2/

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不明な点がありましたら、設定集をご確認ください↓

ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる設定集

cont_access.php?citi_cont_id=495471511&size=200 ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
挿絵でも拝見しましたが、ユゼフは屈強というよりは、繊細で線の細いタイプなんですね。 後の描写される、いじめられっ子だったというイメージにぴったりです。 ……それとお伝えするのが遅くなりましたが、元…
[良い点] コゼフの人となりや現在の状況がよくわかります。レーべのような性格は確かに人に好まれない。けれどそれゆえにあけすけで無遠慮な振る舞いに対して。コゼフの対応(せざるを得ない)否が応でも人物が浮…
[良い点] ドーナツ穴の「ドーナツ」って大陸の形だったんですね! ユゼフと交代した兵士が、喜んで持ち場を離れるシーンが好きです。 文章もそんなに難しくなく、読みやすいですね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ