47話 仮面舞踏会
カオルとアキラの母が八年前、侍女に託した招待状。それを持ってユゼフはクレセント城へ。華やかな仮面舞踏会へと。
クレセント城は竜口半島にあった。突き出た細長い半島の先が口のように割れているため、そう呼ばれている。
険しい山だらけの夜の国のなかで、この半島だけだだっ広い平原だった。
城の周囲は明るく騒々しい。お祭り状態だから昼でも夜でも天灯が飛ばされる。芝居小屋の見せ物、楽団の演奏会、大道芸、どこもかしこも着飾った男女が楽しそうに腕を組んで歩いていた。
だが、人混みから少しでも離れれば、なにもない平らな大地がずっと海まで続いているだけだ。……いや、何もないというのは間違い。
天灯に照らされた白いジギタリスが一面に咲き誇っている。空の上から見る花畑は、言葉に言い表せないほどの美しさだった。
グリフォンに乗ったユゼフは城の近くで降りられる所を探した。
どこも明るい。着地すれば大騒ぎになってしまうだろう。城からだいぶ離れた花畑に降りるか迷っていた。
……と、低い城壁に囲まれた城の裏側に小さな暗がりを見つけた。
小規模な森のようだが、きらびやかな光に照らされた城周りでその一角だけが暗い。どこか違和感があり、躊躇いつつも結局そこへ降りることにした。
グリフォンの羽ばたきは風を発生させるので注意が必要だ。旋回させて木の上を低く飛ばせる。折を見て、ユゼフは木の枝に飛び移った。
体重で枝がぐにゃりとひしゃげる。バランスを崩し、ユゼフはかろうじて太い幹にしがみついた。妙なことに、木の上方は切り取られている。
「戻れ!」
グリフォンを魔瓶に戻さなければ。今、持っているのは二頭のみ。暁城に別れを告げてから使うことになる。それに乗って、鉄の城へ向かうのだ。鉄の城は目的地アオバズクの国境近くにある。
カオル率いる刺客と遭遇しないよう、グリフォンを使うのが最善と思われた。鉄の城の主バルツァー伯爵へ、アナンに文を書いてもらう──
よくよく見れば、木々は偽物だった。本物は幹だけ。葉は布で、枝は穴を開けた幹に差し込まれている。つまり、丸太を地面に突き立て、それに枝と造り物の葉で装飾している。
グリフォンが魔瓶に吸い込まれていくのを確認して、ユゼフは木から飛び降りた。
藁が敷き詰められた地面はベッドのように柔らかい。
ドサリ──
重い落下音と共に落ちた。とたんに響き渡るのは女の悲鳴だ。
造り物の木陰に裸の男女が抱き合っている。
ひと組だけではない。あっちの木の下にも、こっちの木の下にも……木の下がベッドの代わりを果たし、どこも満室のようだった。
──そうか……だからここだけ暗かったんだな……
ユゼフは髪を整え、
「失礼……」
謝るなり、偽物の森を一気に駆け抜けた。
森の外は城から発せられるまばゆい光に包まれている。道行く仮面の男女が異世界人のように見える。
ユゼフは兄の従者として、舞踏会について行った時のことを思いだした。
──光り輝く城から音楽や楽しそうな笑い声が聞こえていたっけ……
あの時は終わるまで、控室で待たされていた。まさか、自分が招待される日が来ようとは……
豪奢な城は戦闘向きでなく、貴族の社交場として造られた宮殿だった。
濠はなく城壁は低い。大きな噴水、白い石灰岩が敷き詰められた遊歩道の周りには色とりどりの花が咲き乱れる。二人掛けのベンチがあちらこちらに置かれ、そこでも仮面を付けた男女が戯れ合っていた。衛兵すら飾りに見える。
大量に空へ打ち上げられた天灯の明かりが眩かった。それだけでも充分明るいのだが、道端に適度な間隔で置かれたランタンが赤々と燃えている。庭園の中央にある噴水前では楽団が優しく弦を奏でていた。恋人たちの邪魔にならない音量だ。
ユゼフは花に彩られた道を歩き、宮殿の正面へと回った。
色鮮やかな花はどれも造花。暗いこの国では毒のある花しか育たない。
偽の森、偽の花壇……仮面を付けた男女が偽りの愛を語らう……この城の城主、アーベントロット卿とはどんな人物なのだろうか……
ユゼフは身なりでおかしなところがないか、今一度チェックした。
服はアキラから借りた。エデンの生地で縫製された藍色のジュストコール※は上品で繊細だ。が、他の招待客に比べるとやや地味な感じがする。
前から歩いて来る仮面の男女が、怪訝な目つきでこちらを見ていた。
──仮面だ
そうだ、仮面を忘れていた。ユゼフは他の招待客と同じように目の周りを仮面で覆い隠した。
城の入口へ続く白い階段を上っていく。
エントランスには真鍮色の肌をした応接係が待ち構えていた。真鍮色の肌はモズやカワウの一部、内海で見られるが、日の射さないカワラヒワでは非常にめずらしい。
応接係の男も仮面をつけていた。まとっているのは、襟ぐりや前立てに金糸と宝石が縫い付けられた真っ青なジュストコール。目の周りが仮面で隠されていても、長い睫毛、高い鼻と肉感的な唇から美しい顔立ちなのだと想像できる。真鍮色の肌に仮面が馴染み、いっそうミステリアスだ。
背筋をピンと伸ばした衛兵がこの応接係の両脇にいて、不審者が入らないよう見張っていた。
「私、応接係を仰せつかっております詩人のアマル・エスプランドーと申します。招待状を拝見させていただけますか?」
にこやかに応接係のアマルは挨拶した。
派手できらびやかな応接係に気後れしながらも、ユゼフは招待状を出した。長い睫毛をしばたたかせ、アマルは招待状を確認する。
ユゼフは衛兵をチラリと見た。無表情を装っていても、本当は不安でたまらない。このふざけた招待状が本物だという保証はどこにもないのだ。
すぐにアマルは顔を上げた。
「ようこそ! 夢の城クレセントへ……ユゼフ・ヴァルタン卿」
アマルが言うと、金の装飾で縁取られたガラスの扉が開かれた。
※ジュストコール……前開きの上衣




