40話 剣の指導(サチ視点)
(これまでのあらすじ)
ディアナ王女を壁の向こうへ送り届けたあと、シーマの指示でユゼフたちはアオバズクへ向かうことになった。虫食い穴を使い、グリンデル→ソラン山脈(モズ)→夜の国カワラヒワへ。
未来から来たカオルたち刺客の襲撃から逃れ、アキラの父アナンの暁城に逗留することとなった。
(サチ)
暁城に着いてから、二週間。
ユゼフ、アスター、イザベラ、エリザは客人として、サチたちはその従僕として受け入れられた。食事は兵士の食堂で、または厨房のまかないをいただく。生野菜や葉物がないのは寂しいが、味はなかなか良かった。家僕用の温泉、蒸し風呂は入り放題。深夜や早朝は人がいないので、サチはそういう時間を見計らって入った。ダーラ、ラセルタを引き連れて、わいわい風呂に入るアスターの仲間には入らない。
長居は不本意だが致し方なかった。クレセント城のお祭りのせいで町や街道は大混雑。アオバズクまでの道程内で、安全な宿を確保するのが難しかったのである。
アナンはアキラがふたたび旅に出ることを許可したものの、祭りが終わって通常の状態に戻るまで留まるよう求めていた。
カオルたちのこともある。カオルのことを、アキラはアナンに話していないらしかった。
──こういうところで破綻した親子関係は見えてくるものだ
アナンが息子のアキラとその仲間を受け入れたのは建て前だ。最初の日にアナンをチラッと見ただけで、冷たい人間じゃないかとサチは思った。直感だけでなく根拠もある。アキラが家族と食事をしたのは初日のみで、翌日以降はサチたちと兵士の食堂で食べている。父親や家来がそれを気にする気配はなく、当たり前のように見過ごしている。アキラのこの城での立場をよく表していた。
もしくは愛人の子供とは、世間一般的にそういうものなのかもしれない。正妻と正嫡子の面子もあるし、無碍にはできずともヒエラルキーの下位にいるべきなのだろう。
カオルやアキラが家出する気持ちが、サチにはなんとなくわかった。
──ユゼフも境遇的には同じだよな? 表面上、受け入れられていても、居心地悪そうだった。カオルにも何か事情がありそうだし、どうにか和解することはできないものか
城の周囲にいたカオルの傭兵は、暁城の兵士が追い払ってくれた。が、その程度で不安は払拭できない。父親のアナンも交えて、話し合えたらいいのだが──
こんなことを考え、サチは頭を悩ませていた。
毎日、タダ飯を食らい、ぼんやりと過ごすわけにもいかない。兵士たちに混じり、サチたちは剣の稽古をするようになった。
もちろんこういう場合、中心になるのはアスターだ。
サチはいやいやながら、指導されるはめになった。同じく、指導されるのはクリープ、ダーラとラセルタ。ユゼフに関してはアスターは放置している。うらやましいことにユゼフは広い城内を自由に歩き回り、書院と呼ばれる図書室や学匠たちの施設を行き来していた。調練に付き合ったのは数回だ。
アスターの関心はもっぱら、サチとクリープに絞られた。サチたちに自由は与えられず、稽古は日に日に厳しさを増していった。
その日も御殿の建つ山を下りた所の教練場に集まり、アスターは指導を始めていた。城の兵士も自主稽古の時はアスターの指導を見学したり、入り混じってサチたちとも打ち合う。
サチが遅刻したのは些細な事情だった。朝食の時に食べた筍の下拵えの方法が知りたかったのだ。親しくなった台所頭の甚左衛門に教えてもらうため、厨房にいた。ほんの数分だ。ほんの数分の遅刻なのに、クリープが呼びにきた。
すぐに連れてこいと、アスターに怒鳴られたそう。
──詳しく聞かなくとも、わかるな。あのオヤジのことだから、顔を赤くして湯気でも出してるんだろう。
不本意ながら、サチは教えてもらう立場だ。甚左衛門に礼だけ言って、早々に厨房を出た。
すでに着替えてある。とはいえ、キルティングレザーのダブレットに借り物のガントレットと膝当て、足甲を身に着けた程度だが。動きやすさ重視だ。
御殿があるのは小山の頂上。ジグザグに設えられた石の階段を、サチとクリープは跳ぶように下りた。上るより下りるほうが難しい。無駄な体力を使いたくなかったので、サチはできるだけ体の力を抜いた。身を低くし、膝、腱、足底の筋肉をバネにする。そうして、左右交互に着地しつつ移動した。誰から教わったわけでもない。運動音痴だったはずが、自然と効率的に動いている。おそらく、教会で暴漢に殺されそうになって生還した時から……あの時、サチの中で何かが目覚めたのかもしれない。
汗もかかず、サチとクリープは小山の麓に着いた。麓に広がる教練場にて、アスターはオーガの形相で待ち構えているのかと思いきや……




