28話 アキラを信じる(アキラ視点)
日の射さぬ夜の国で──
目覚めたサチと共にユゼフたちは暁城へと向かう。暁城主アナンはアキラの父である。
(アキラ)
夜の町を出て、柊の森を北上する。目的地はアキラの実家、暁城。
アキラはたまにムズムズする顔の傷を触った。これは信頼していた右腕が遺した形見のようなものだ。別に嫌な感じではない。女顔のアキラはこの傷に何度も助けられていた。
城の近くまで来て、アスターが皆に集まるよう指示した。休憩かと思いきや、短い作戦会議だ。なにせ、十人の大所帯。半数以上が女子供である。皆が安全な所に落ち着けるまで気は抜けない。
カオルが、傭兵をどれだけ用意しているかは不明だった。五首城の一戦から、充分な数を補充する可能性は高い。城の周りを傭兵が取り囲んでいるとしたら、戦わずして中へ入り込むのは難しいだろう。すんなり暁城に受け入れてもらうには、話を通しておく必要があった。
アキラが先に行き、暁城の父に事情を説明する。
アスターは最初、この案に難色を示した。城内へ入るまえに兄のカオルと接触したら、アキラが説得される可能性もあると。
「オレは絶対にみんなを裏切らない。信じてくれ」
アキラは一人一人の顔を見て、強く主張した。だが、絶対に信じてくれると確信していたユゼフが目をそらした。ユゼフの視線はアキラからサチへ移動する。
サチ・ジーンニア。目覚めたばかりの少年みたいな風貌の男。ユゼフの同級生だそうだが、見た目はダーラやラセルタに近い。臆することなく、アスターに意見していた。その姿を見て、正直アキラは引いていたのだ。態度がデカいというか、なんというか…見た目も相まって、クソ生意気に見える。
サチは腕を組んで、静観していた。
「俺は彼のことを知らないし、信用できるかできないかはわからない。でも、なにかしら保証は必要だろう……」
「保証?」
「そうだ、保証だ。彼の大事な物を俺たちが預かっておく。たとえばその剣とか……」
サチはアキラの腰に差してある“兄弟”を指差した。
「裏切ったあとに我々を殺せば、どのみち奪い返せるではないか?」
アスターの反論に、サチはすかさず言い返した。
「いや、これは一種の契約だ。物を介することで多少なりとも抑止力にはなる。信頼というのは片道一方通行ではなく、互いにし合うものだからな? 大切な物を預けてもらうことで、俺たちも彼に信頼してもらう」
「なるほど……」
アキラは躊躇した。“兄弟”は死んでも守りたいと思うほど、大切なものだ。離れ離れになってしまった家族をつなぐ唯一の光。顔や記憶を失っても、母や兄や弟に自分だと証明できるものだった。
柄の上部にイヌワシの彫刻がされたその剣は、不自然に削り取られた跡がある。それが何であるか、アキラにはもうわかっていた。
この剣は母から兄へ、兄からアキラへと譲られた。これを他人に預けるのは勇気がいる。
サチはアキラの微妙な表情を見逃さなかった。
「俺たちを信頼できないのなら、この話は引き受けないでほしい。なんなら、兄貴のほうへつこうが構わない」
サチの言葉にアキラはムッとした。つい先日まで寝ていて、何もできなかった奴がどうして我が者顔で場を仕切っているのか。解せない。
「いいだろう。預ける。けど、おまえにじゃない。オレは共に戦った仲間にこれを預けるんだ。それと、兄の仲間に遭遇した時、剣がないと困る。誰か貸してくれないか?」
剣を所持している者の中で、一番使えないのはクリープだ。クリープはあっさり剣を渡してくれた。これで短い作戦会議は終了。アキラが城で話をつけている間、ユゼフたちには待機してもらう。
ユゼフは別れ際にアキラの目をジッと見て、念を押した。
「アキラ、信じてるからな?」
ユゼフの藍色の目は不安で揺らいでいた。なんだか信用されていないみたいで、アキラは悲しかった。
カオルが待ち伏せしているのは、わかっている。マリクだけ連れたアキラは、柊の森を鬱々と進んだ。
柊はもともと強い日差しが苦手な樹木である。錬金術師が改良を加え、日の射さぬこの国でも生育できるようにした。
魔除けのため、人工的に作られた森だ。柊は初夏に白い花を咲かせ、秋に赤い実をつける。赤い月の光すら差さない森の中で、大粒の雪のような花は強烈な生を主張していた。
アキラは兄とこの森でよく遊んだ。暗い森で頼りになるのは光の札だ。広範囲に広がる淡い灯りは、道しるべとなった。まだ幼かったころ──
食事の時間になると、侍女ではなくて母が直接二人を探しに来た。母は少女のごとく無邪気になることがあり、呼びに来たことも忘れて一緒に木々の中を走り回ることもあった。そんなときは結局、侍女たちが迎えに来る。
母は子供の世話を侍女に任せず、少しでも長くアキラたちと過ごそうとしていた。今から思えば、離れ離れになるのが、わかっていたからだろう。
母のことは思い出したくない……
アキラは母の肖像画が入ったロケットを握り締めた。そのまま首から引きちぎり、地面へ投げ捨てたい衝動に駆られる。カオルが別れ際、母の顔を忘れないようにと渡してくれた物だ。母に捨てられたばかりで、心細くてたまらないアキラにカオルは剣まで譲ってくれた。物なんかいらないから、アキラは去らないでいてほしかったのに。母のことも兄のことも、アキラには理解できない。
風が吹き、ギザギザ尖った葉がさざ波のように音を立てる。その音に混ざって、人為的な葉擦れ音が聞こえた。
ガサガサッと茂みから姿を現したのは、トサカ頭ティモールと、見るからに貴公子然とした栗毛のウィレムだった。
「これはこれは、弟君……」
嫌味ったらしくティモールは言い、前に立ち塞がった。彼らはアキラの後ろに愛らしいエデン犬以外、誰もいないことを確認する。
「一人ということは、奴らを見限ったということかな?」
「その逆だ」
アキラはクリープの古びた剣を抜いた。こんな剣でも、ないよりはマシだ。
「おいおい、待てよ。兄弟でやり合う気じゃねぇだろうな? いくら兄貴がアレでも、そういうのは良くないと思うぜ?」
「兄はどこだ? 話をしたい」
「いいよ。案内しよう」
ティモールの隣にいたウィレムが快く承諾した。アキラは剣を鞘に収める。
「待て!」
止めたのはティモールだ。
「俺様たちの注意をそっちに引きつけて、その間に城内へ逃げ込ませる気か?」
「いや、いずれにしろ、あいつらはおまえらを避けて移動することができる」
訝しむティモールをアキラは鼻で笑う。ユゼフたちはカオルたちの気配を避け、離れた所で待機していた。




