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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第一部 新しい王の誕生(後編)二章 マリク争奪戦
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19話 水を取りに行く

 話し合いのあと、隠し通路の場所を教えてもらうことになった。

 地下にある通路とはまた別の道だ。城内を探索中、レーベが見つけたという。やはり、ユゼフの推測したとおり。レーベが外に出て→ダーラが助けに行く→そのダーラをアスターが助けに行く。ミイラ取りがミイラになる。この流れで間違いなさそうだった。

 皆もだいたい察していたようだが、収穫もあったのでレーベを責める者はいなかった。

 明日は、この隠し通路から城外へ出ることで一致した。


 ユゼフは一旦部屋に帰り、マリクを連れてくることにした。滞在している間、マリクは外で水分補給していたはずである。水のある場所を教えてもらいたい。

 マリクを連れて戻る途中、厨房に寄る。水を運ぶのにちょうどよい天秤棒と桶をユゼフは見つけた。埃はかぶっているが、洗えば使えるだろう。


 月明かりが射し込む回廊に出て、おぼろげな光の揺らめく玄関へ向かった。

 アスターとレーベは、先ほど話し合っていた玄関近くの回廊で談笑していた。二人の間には食虫植物のレグルスがいて、蔓を伸ばしたり引っ込めたりしている。ユゼフはなんとなく近寄りづらくなり、立ち止まった。 


「レグルス、伸ばせ!」


 レーベの言葉に反応してレグルスは蔓を伸ばした。シュルシュルシュルっと。二キュビット(一メートル)は伸びている。


「レグルス、つかめ!」


 今度は、近くにいたアスターの両腕に蔓を絡みつかせる。


「アスターさん、どうですか?」


 アスターが蔓の絡んだ腕を引くと、レグルスは引き摺られた。


「なかなかの強度だ。繊維が束になっているから、引っ張っても千切れにくい。ロープに比べたら柔いが、すぐに使えるところがいい」


 マリクが吠えたので、二人はユゼフのほうを向いた。レーベはとたんにムスッとした顔になり、アスターに絡みついている蔓をハサミで切った。

 

「では、行きましょう。ご案内いたします」


 両頬を蜂に刺されたようなふくれっ面のレーベが先立って、玄関を出る。

 満月は頭上高く昇っていた。月明かりの中、居館(パレス)の裏手を進んでいく。レグルスは暗闇でも平気なのか、よちよちとレーベについていった。パレスの裏には果てしない深淵が広がっていた。

 崖と隣接する塀は腰ほどの高さしかない。パレスの外壁との間は、人一人通れるくらいの幅だ。

 少しでもバランスを崩せば、崖下へ真っ逆さま……な状態。

 マリクは能天気にこの環境を受け入れていた。舌を出しリズミカルに呼吸する姿は、はしゃいでいるように見える。


「気をつけてください」

「大丈夫だ。とうに酔いは覚めてる」


 レーベが注意を促すと、ユゼフの後ろを歩くアスターが酒臭い息を吐いた。

 塀の一部が扉になっており、押せば石擦れの音を立てて外側に開く。崖を(えぐ)って作られた階段が続いていた。

 階段へ足を踏み入れるまえに、レーベがパイロ※で松明を灯した。暗い足元は危険だ。ギリギリ、大人二人が並べる程度の幅で手摺りもない。

 マリクは躊躇せずにレーベの横をすり抜け、先を駆け出した。愛らしい犬は、何度もここを行き来しているのかもしれない。


「マリク、待て!」


 立ち止まり、黒く潤った目をキラキラさせて振り返る。クルリと丸まった尻尾は絶え間なくよく動く。犬とは無邪気な生き物だ。

 犬ではないユゼフにとって、天秤棒を担いで階段を下りるのは、苦痛だった。帰りは水で一杯にした桶を担がねばならぬから、もっと大変だ。


「ケガをしたラセルタはともかく、ダーラかクリープにさせればいいではないか?」


 ユゼフの肩の上でユラユラする天秤棒を見て、アスターは言った。


「クリープはエリザと見張りを交代したばかりだ。疲れているだろうから休ませたほうがいい。それに明日、この通路を使うなら自分の目で確かめておきたい」


 階段を下りるアスターの足取りはしっかりしている。腰の刺し傷はユゼフの血を飲んだことにより、すっかり癒えていた。


「持ってやろうか?」


 おそらくは、血を飲んだことによる負い目から、アスターは申し出た。


「いい。アスターさん、こんなの持ったことないでしょ?」

「おまえは持ったことがあると言うのか?」


 アスターは尋ねてから、なぜかハッとして口をつぐんだ。


「この人、魚屋さんだったんですよ」


 レーベが余計なことを言う。貴族の屋敷に引き取られるまえ、どのような生活をしていたか、迂闊にもユゼフはレーベにこぼしていた。


「……十二歳まで町で魚を売ってた」


 ユゼフはボソボソと打ち明けた。アスターには、あまり知られたくない。

 レーベにはよくて、アスターにはダメ。なぜなら、レーベは庶民でアスターは元でも貴族だからだ。普段、気にせず接しているが、庶民と貴族の間には大きな隔たりがある。

 アスターは質問をやめなかった。


「それがなぜ、ヴァルタン家に?」

「兄たちが戦争で死んだときの保険だ……戦争が終わったら、俺は用なし。王女様が婚約儀式を終えて国に帰れば、宦官にされる予定だった……この話はもうしたか」


 崖の下に果てしなく広がる闇は、ユゼフの気持ちを後ろ向きにさせた。

 母と妹たちのことを思い出す。ユゼフは胸元に手をやった。形見のお守りはもうそこにはない。


「逃げることは考えなかったのか?」

「考えるには考えた。でも、俺が逃げたら、母や妹たちに危害が及ぶかもしれない……」


 ふたたび、アスターは無言になる。ユゼフは話したことを後悔した。


 下り階段は端まで行って折り返すのを繰り返し、ジグザクに崖肌を削っている。ほどなく、相当痛んだ吊り橋が見えた。


「今にも壊れそうだな」

「落ちたらそれまでってことで……」


 レーベはくすりと笑った。笑いごとではない。レーベには前科があった。

 ユゼフは盗賊たちから聞いている。まえにこの城で盗賊たちと対峙した時、レーベは彼らを吊り橋へ誘い込んだ。そして、ロープを切って橋を落としたのだ。


 マリクは飛ぶように吊り橋を渡っていく。恐怖心を持たずにいられるのは羨ましい。念のため、一人ずつ渡ったほうがいいとユゼフは提案した。

 レーベがレグルスと渡り、そのあとにユゼフが続く。一歩踏み出すごとに、縄の軋む音が聞こえるのは不快だ。そのうえ、向こう側にいるレーベがふざけて揺らしてきた。

 両手は天秤棒で塞がっているから、手すりをつかむことはできない。ユゼフはバランスを崩して足を滑らせそうになった。

 橋桁の板は、一本足が抜けるくらいの隙間を開けて並んでいる。しかも、ところどころ腐り落ち、大きな穴が空いているところもある。一歩、足を踏み外したら──


「こら! やめなさい!」


 アスターが叱りつけたので、レーベはようやく揺らすのをやめた。

 ぐらつかない岩場までたどり着くと、ユゼフは腹立ちを押さえきれず桶を投げ出した。レーベのそばまで行き、頭をぽかりと叩く。

 こういう暴力は初めてである。クソガキの悪ふざけのせいで、地味に死にそうな思いをしたのだ。これぐらいは当然であろう。

 レーベは怒りと怯えの入り混じった瞳をユゼフに向け、プイとそっぽを向いてしまった。それから、レグルスを抱きかかえ、しゃがみ込んで動かなくなる。


 ──子供じゃないんだから……あ、子供か


 全然悪くないはずなのに、ユゼフは決まり悪くなった。妹とケンカした時を思い出す。理不尽なことでスネられ、こういう状態に陥ることがよくあった。

 助けを求め、橋の向こうのアスターを見る。アスターは小走りで橋を渡ってくる。


「もう帰る……」


 アスターの顔を見たレーベは、ベソをかきながら駄々をこねた。


「今のはおまえが悪いぞ? あんなに揺らしては、危ないではないか」


 アスターが言い聞かせようとしても、レーベはおかっぱ頭を振る。


「あとは自分で行ってください。僕はもう帰ります」


 アスターは呆れ顔で、溜め息をついた。子供に振り回される父親の絵面だ。ほとほとレーベには甘い。


「仕方がない。私も一緒に道を確認したかったのだが……暗いし、レーベに付き添わねば」

「俺なら大丈夫。逆に一人のほうがいい」


 ユゼフはホッと息を吐き、答えた。これで肩の荷が下りる。




※パイロ……炎の呪文

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