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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第一部 新しい王の誕生(後編)二章 マリク争奪戦
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17話 ユゼフ無双のアスターしくじる

だいたいの位置関係


挿絵(By みてみん)

 ユゼフは彼らの中心を突っ切った。

 自分でも気づかないうちに身体能力が向上していた。魔国の瘴気が影響したのだろうか。それとも、もう一人の自分と出会ったせいか。

 四つん這いに近いぐらい身を低くする。刃を地面に対し水平に持った。無理な前傾姿勢もユゼフにとっては、速度を上げるための手段だ。絶対に倒れることはない。獣となって、カオルたちの横を走り抜けた。

 途中、こちらへ剣を突き出そうとするキャンフィが見えた。笑ってしまいそうなほどゆっくりだ。彼女には触れられもしない。「簡単なほう」、つまり傭兵たちの所にたどり着くまで秒はかからなかった。


 ユゼフは目を閉じる。視覚から入る余計な情報を遮断する。鼓動が、脈打つ血液が、息づかいが、感じられる。

 ユゼフは冷たい刃を軽々よけ、まず一人目の心臓を貫いた。四方から襲ってくるのがわかる。仕留めた男の体から素早く刃を抜く。温かく鉄臭い血雨を浴びても、まだ目は閉じたままだ。


 二人目……かがむ。迫る刃を寸前でよけ、正面の男の心臓を下から刺した。

 三人目……利き腕でアルコを抜きながら、左手で即死した男の剣柄を男の手の上から握り締める。その剣で左から襲い掛かる男を貫いた。

 四人目……死体から抜いたアルコで右から来る男の心臓を仕留める。

 五人目……あと一人……残った一人の気配が遠ざかるのを感じる。

 

 逃げたようだ。そこで血濡れたユゼフは目を開けた。唇を舐めると、甘く魅惑的な味が広がる。もっと血がほしい……


 異様な興奮状態。頭の中が快楽物質で真っ白になる。

 目の端にガタガタ震えるキャンフィの姿が映らなければ、ユゼフは自分を見失っていた。そのまま、四人目の胸から溢れる血を啜ってもおかしくなかった。


「ユゼフ、よくやった!」


 ティモールの剣を受けるアスターが、上機嫌で叫んだ。

 気が緩んだのか、よそ見をしていたせいなのか……

 暗いうえに岩だらけの足下だ。大きな石が転がっているのに、アスターは気づかなかった。


「アスターさん、危ない!」


 ユゼフが叫んだ時には、もう遅かった。

 アスターはつまずいてバランスを崩した。ティモールの剣がアスターに肉薄する。軌道からずれたアスターのラヴァーはすぐに戻せない。もし、ギリギリで受けられたとしても、二本目を受けるのは不可能だ。


 あきらめたアスターは観念したのか、目をつむった。

 その秒にも満たぬ瞬間、奥の暗がりから、サッと影が抜け出してきた。最初、ユゼフはダイアウルフかと思った。大きな三角の耳とフサフサの尻尾はイヌ科のものだ。

 アスターの剣は空を切ったのに、鋭い金属音が鳴り響く。


 アスターの前で剣を受けたのはダーラだった。


 ──あれ? 塔で見張っていたのでは? いつ来たのだ?


 ユゼフは見張り番のダーラが、角笛を吹いたのだと思っていた。応援に駆けつけるなら、跳ね橋を渡ってくるだろう。なぜ、城と反対方向から来たのだ?

 何はともあれ、すんでのところでアスターは命拾いした。アスターの喉元からほんの数ディジット(二~五センチ程度)の所で、ダーラは剣を受けている。

 即座にティモールの二打目が打ち込まれる。今度はアスターが弾き返し、後ろへ飛んだ。サッと剣を構え直し、アスターはダーラを叱った。


「馬鹿め! 逃げておればよかったものを……」

「アスターこそ、助けに来るべきじゃなかった」

「なにを言う? 普通は礼を言うものだろうが!」


 これで、腑に落ちた。ユゼフのモヤモヤは解消されたが、苛立ちは募る。

 要はこういうことだ。アスターは外にいたダーラを助けに行った。


 見張り番を変わろうと思ったアスターが塔に上ると、ダーラがいなかった。下を確認したところ、敵に捕らわれているダーラが見えたため、角笛を吹いて皆に知らせた……と、ここまではいい。そのあと、アスターは助けようと、大慌てでグリフォンに乗って城外へ出たのだろう。


 グリフォンを使ったのは、緊急性を要したからかもしれない。今にもダーラが殺されんとしていたとか。威嚇して敵を蹴散らす目的もあっただろう。


 ──情にほだされたってことか。イアンを殺したくないと言った時、おまえはヌルいとか、愚か者めとか、さんざん罵倒してきたくせに


 言行相反ではないか。ユゼフにとって、アスターの甘さは許し難かった。

 アスターとダーラは敵に視線を固定したまま、おしゃべりを続けた。


「アスター、まえにアルシアが死んだ時に言っただろ? あんたが一番弱いって……」

「は?」

「だから、これからは、おいらがあんたを守る!」

「……意味がわからん」


 ティモールの目から戦意が失われた。信じられないといった様子で目をパチパチさせている。


「マジか……」


 ティモールはアスター、血まみれのユゼフ、ダーラに囲まれていた。その背後には傭兵の屍が積み重なり、同じく戦意を喪失したキャンフィもいる。


「わかった。降参だぁ……」


 ティモールは二本の剣を下げた。アスターは満足そうに笑う。


「うぉーい! 戦ってる奴、止まれーーっっ!」


 城側で戦っていたカオルたちは動きを止めた。


「どぉする? 今は六対三だ」


 高らかに叫ぶアスターと、傭兵の屍のそばで泣きそうになっているキャンフィを見て、カオルは驚愕した。カオルはアキラと刃を交えていたため、背後で起こっていたことが見えていなかったのだ。

 短時間で傭兵が全員倒れ、ティモールとキャンフィは戦闘不能になっている。


「戦えるなら戦ってやってもいいが……今のうちにおまえらを始末しといたほうが、こちらとしても楽だからな?」


 アスターの楽しそうな声が聞こえる。カオルは要求した。

 

「ティモールとキャンフィを解放しろ!」

「剣をしまえば、考えてやってもいい」

「剣を収めるのはそっちが先だ!」


 カオルを見ていると、ユゼフは猫を思い浮かべてしまう。毛を逆立てて後ずさる子猫だ。余裕綽々のアスターに対し、必死に自己主張している。虚勢を張っているのが見え見えで、なんだかかわいそうだった。

 やり取りを聞いていたアキラが先に剣を収めた。


「兄上、アスターは謀略を巡らすのは得意だけど、セコい真似はしない」


 アキラの言葉を聞いてカオルは少し落ち着いたのか、素直に剣を収めた。ジェフリーたちもそれに(なら)い、ラセルタとエリザも納剣した。

 アスターはラヴァーを出したまま、「行け」とティモールに目で合図する。

 ティモールとキャンフィがカオルの所に戻り、仲間が一箇所に集まったところで戦いは終了した。

 カオルはアキラに向き直る。


「よく考えておくんだ。おれはまた来る……」


 それだけ言い残し、仲間たちと闇に消えた。


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