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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第一部 新しい王の誕生(後編)二章 マリク争奪戦
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16話 対面

 ユゼフたちは跳ね橋を渡り、適度な間合いを取って彼らと対峙した。


 ──くそっ……人数差もなにも考えず、助けに来てしまった。あんなクソオヤジ、死んだって自業自得なのに……ん? あれ??


 前にいる顔ぶれを見て、ユゼフは喫驚した。知っている顔ばかりだ。ウィレム以外も何人か……

 まず、黒いマントをまとっているのはカオル。カオル・ヴァレリアン。イアンの家来だ。ユゼフとは友達というか、子供のころイアンに振り回されていた仲間。

 カオルとユゼフが顔を合わせるのは、半年振りぐらいだろうか。たしか、新年の挨拶にローズ城へ家族で行った、それ以来だ。


 会っても軽く目礼しただけで、一言も会話はしていない。その時、覚えていることといえば、カオルが丸坊主になっていたことぐらいだった。今は長い髪を上のほうで結っている。半年にしては伸びるのが早い。

 なにより驚いたのは、常にシーマの傍にいたジェフリー・バンディがいることだった。まっすぐな黒髪をきっちり結ぶ地味優等生は、ヒエラルキーを気にするタイプである。シーマがユゼフを友人のように扱うのが、よくなかったのだろう。なにかとユゼフに突っかかってくる嫌な奴だった。


「ジェフリー……なんで?」


 思わずつぶやくと、ジェフリーは決まり悪そうにユゼフから目をそらした。

 ウィレムの横にいるキャンフィのことも知っている。男のように短いプラチナブロンドが特徴の美人だ。十二、三歳のころ、イアンが夢中になっていたからよく覚えている。ユゼフはイアンの手紙を渡したり、町へ迎えに行かされたりしていた……キャンフィが兵士になった後は見かけることはあっても、挨拶すらしなくなったが……

 カオルたちの後ろにいるのは傭兵と思われた……こちらは盗賊と似た雰囲気である。その向こうには腰から血を流しているアスター……どうやら刺されたようだ。因果応報。


「カオル、久しぶり……」


 とっさに何を言っていいかわからず、出た言葉がそれだった。ユゼフはぎこちなく愛想笑いする。仲が良くも悪くもない旧知と戦地で出会ったとき、無視が正解だろう。挨拶は失敗だった。だが、違和感大有りでも、ユゼフがそれを気にする必要はなかった。

 カオルはまったくユゼフを見ていなかったのである。カオルが目を見開き、凝視しているのは、ユゼフの横にいるアキラだった。


「アキラ、なぜ奴らといる?」


 アキラも思いがけぬ再会に困惑し、言葉が出てこない。


「顔の傷はどうした? いったい、今までどこでなにを?」


 隣にいたトサカ頭──ラセルタの話に出てきたティモール・ムストロが(いぶか)しげにカオルを見た。


「知り合いなのかぁ?」

「……弟だ」


 カオルは剣を鞘に収めた。口をあんぐり開けるティモールを無視する。


「弟と二人で話をさせろ。弟は生まれも育ちも高貴だし、正義感の強い性格だ。おまえらのような奸賊と一緒にいるのはおかしい」


 “奸賊”と……

 カオルは憎悪のこもった目をユゼフに向けた。こんな目を向けられたことは、今までにない。憎まれる心当たりは皆無だ。

 長きにわたって、カオルはユゼフに無関心だった。ユゼフは名家の子息とはいえ私生児。陰気でおとなしい。興味の範疇になかったかと思われる。


「なにか誤解をしてるんじゃないか? 俺はただ、王女様をお(まも)りしただけだ」

「ただ、お護りしただけだと? 君はグリンデルからの援軍をシーマのもとへ手配した。そして、イアンをアスター様に殺させ、それを自分の手柄にしたんだ」

「ちょっと待て? イアンは殺してない。イアンはまだ生きてる」


 ユゼフの言葉が衝撃的だったのか、カオルの周りの空気は変わった。手放しで喜ぶ……といった感じとも違う。複雑な表情だ。


「嘘だ! でなければ、シーマが君をそこまで重用するはずがない!」

「ウソじゃねぇよ。イアンは逃げたんだ」


 アキラがユゼフの代わりに答えた。カオルはアキラの顔をまじまじと見つめた。瞳は暗く、底無し穴をのぞいているかのようだ。


「そうだ。イアンはあの醜い鳥と一緒に逃げたのだ。生きているという確証も得ているぞ」


 アスターがカオルの背後から追い打ちをかける。

 死んだと嘘をつくなら、わかりやすい。が、生きていると嘘をついても、ユゼフたちにはなんのメリットもないどころか、不利益なだけだ。

 事実を言っているのは明白で、それはカオルの仲間にも伝わった。明らかにウィレムとキャンフィは動揺している。


「兄上、オレはイアンと戦った」


 口を開いたアキラの瞳は、悲しみに満ちていた。


「イアンは強くて気高かった。結果的に仲間を何人も殺されたが、恨んではいない。イアンに対して敬意を持てたからだ。兄上はそのイアンを裏切ったのだろう? 囚われている時に聞いた……そのうえ、シーマまで裏切って……」

「……イアンはそんなんじゃない!」

「アスターを返してくれ。オレたちの大切な仲間だ」


 カオルは首を横に振った。


「では、戦う」


 アキラは剣を抜いた。白い刃を見たカオルは苦しそうに顔を歪めた。


「アキラ、おまえは騙されてる! こいつらは悪い奴らだ。卑劣で悪辣(あくらつ)な化け物の手下どもだ!」

「兄上、オレはユゼフやアスターと一か月、共に過ごした。魔国で力を合わせて戦ったんだ。ユゼフがアスターの命を救い、オレがユゼフの命を救い、アスターにこのオレの命は救われた」


 アキラは剣を構え、カオルにジリジリ歩み寄った。この状況が受け入れられず、カオルは柄に手をかけたものの抜刀できずにいる。


「少なくとも、ユゼフは自分の主君をけっして裏切ったりはしない」


 そう言い放つと、アキラは飛ぶようにカオルへ向かって行った。

 ぶつかり合う刃の高音が夜の冷気を吹き飛ばす。月光を浴びた刃は誰かの涙みたいに光った。


 アキラの剣を受けたのはトサカ頭だった。短い鍔迫(つばぜ)り合いから弾け飛び、アキラは剣を構え直した。


「アキラ、頭がおかしくなったのか? 兄に向かって刃を向けるとは……」


 カオルはようやく剣を抜いた。


「おーい、ユゼフ! おまえは簡単なのをやれ!」


 カオルの背後から、アスターの間延びした声が聞こえた。アスターは傭兵たちに刃を向けられている。簡単なの、というのは傭兵たちのことだ。

 ユゼフは露骨に眉根を寄せてやった。


 ──なに言ってるんだ、あの人……酔っ払って外に出て、こんな危機的状況にしておいて……


 つぎに、こちらへ鋭い視線を送るカオルとティモールを見る。

 カオルはいつもイアンの影に隠れていたから、剣の腕前は未知数だ。大ケガをした一件以来、ユゼフがイアンたちと手合わせすることはなかった。イアンとカオルが打ち合っているのを見たことはあるが、イアンが圧倒的に強かった記憶しかない。


 そのカオルの隣で二本の剣を操るティモールはアキラより強い。あとにはジェフリーとウィレム、キャンフィが控えており、五人の傭兵を挟んだ向こうにアスターはいる。

 片手剣と両手剣で種類は違うものの、 ジェフリーとウィレムは強いと評判だった。ユゼフでは到底歯が立たないだろう。アスターは、ユゼフの顔を見て助け船を出した。


「ティモール・ムストロと言ったか? この私が相手になろう。来るがいい!」


 アスターの呼びかけにティモールは、勲章でも授与されたかのごとく嬉しそうな顔をした。アホっぽいというかなんというか……ラセルタが言っていた狂暴な嗜虐趣味者より、町の不良と言ったほうがしっくりくる。ケンカを売られて喜ぶ人間を、ユゼフは初めて見た。


「ダメだ! ティム、おまえは動くな!」


 カオルが怒鳴る。


「うるせぇ! 俺様にいちいち指図すんじゃねぇよ。俺様はアスター様の相手をする」


 ティモールは唾を吐き、傭兵たちをどけて、アスターのほうへ行ってしまった。自由だ。一見、リーダーはカオルかと思ったが、ユゼフはよくわからなくなった。

 ティモールが背を向けた直後、ラセルタとエリザがこちらを見てうなずいた。どうやらここは任せて行け、ということらしい。

 ユゼフは腹を決めた。


 実際、剣を抜くとき、ほとんど音はしないものだ。が、微かな音も脳には大げさに伝わる。とくに、気合いを入れたいときなんかは──


 シュッ──


 ユゼフは光輝くアルコを解放した。

 月光を得た刃はきらめく。おどろおどろしい刃文は魚の腹。ぬらり、月の姿を映し出す。かと思えば、揺らめく怪しい炎に見えた。

 アルコの美しさに誰もが息を呑んだ。そんななか、カオルだけが恐怖に目を見張る。殺した男が蘇った──そんな顔だ。


「これは借り物だ。時が来たらイアンに返す」


 ユゼフが構えると、それを合図にアキラがカオルに斬りかかり、ラセルタとエリザはそれぞれジェフリーとウィレムへ向かって行った。


(ユゼフの仲間)


 アスター

 アキラ

 ラセルタ

 エリザ


 レーベ、ダーラ←行方不明

 イザベラ、クリープ←待機



(敵チーム)


 カオル

 ジェフリー

 ウィレム

 キャンフィ

 ティモール

 傭兵五人

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