15話 従兄弟
視点、ユゼフに戻ります。
(ユゼフ)
まさか、あんな所で盗賊に遭遇するとは──
魔瓶からワームを出し、盗賊が気を取られている間にユゼフは逃げた。
熊男の相手をしていたエリザとも、ちょうど良いタイミングで合流する。捕らわれて余計なことをしゃべられても困るので、エリザも連れて行くことにした。
最悪なのは剣を置いてきてしまったことだ。あの剣にはヴァルタン家の紋が彫られている。顔も見られた。
──まずいな
ユゼフの素性も顔も盗賊に知られてしまった。
あれから、町の入り口で預けていた馬に乗り、慌ててナフトを出た。ソラン山脈の麓まで馬を走らせ、夜になって近くの村で一泊。翌日、山道は次第に険しくなり、馬を途中で乗り捨てることになった。それから、何時間もずっと歩き続けている。
今頃、盗賊たちは血眼になって町の周辺を探していることだろう。バソリーの廃城にはあと数十スタディオン※で着く。
ユゼフは歯を食いしばり、脇腹を押さえた。魔物と戦った時に折れた肋骨がまた痛み出したのだ。ケガを負った状態でディアナを背負い、険しい山道を歩き続けるのはきつかった。
「大丈夫なの? どこか、ケガしてるんじゃないのか?」
心配そうに尋ねるのはエリザだ。
「大丈夫。平気だ……」
額に脂汗を浮かべて言っても、説得力はない。
「手当てしたほうがいい。まだ先はあるんだから」
「いや、ほんとに大丈夫だから……」
エリザは聞かず、止まって荷物を下ろした。
「ダイ、あんたも自分の足でちょっとは歩いたらどうなの?」
エリザがキツい口調で言うと、ディアナは膨れて背中から降りた。
本当は町でラバを買うつもりだった。馬よりラバのほうが山道に適している。ソラン山脈には、小さな村が点在するだけで町はない。盗賊と遭遇してしまったため、ラバを買うことができなかったのだ。
「さあ服を脱いで。ケガを見てあげるから」
ユゼフはエリザに従って、しぶしぶ服を脱いだ。女性の前で骨ばった体を晒すのは少々恥ずかしい。エリザは男の裸にたじろぐこともなく、注意深くケガを点検した。
「赤くなって腫れている。内出血はひどくないから、臓器は傷ついてないと思うけど」
「……!」
「あ、ごめんごめん! 痛かったね? 包帯で固定しよう。それにしてもアンタ、痩せてるな? もっと食ったほうがいいよ。肉とか」
「余計なお世話だ」
言い返すユゼフに対し、エリザは不揃いな歯を見せて笑った。
「まあ、痛みで声を上げないのは評価してやる」
がさつな手つきで、包帯を巻き始める。エリザはこういう細かい所作が残念なのである。その間、背を向けられていたので、ディアナの顔は見えなかったが、不機嫌なのは間違いなかった。
ナフトの町を出てから、不気味な気配は消えている。
──うまく撒いたのだろうか……
まだ、どんよりした不安はユゼフの心に居座っていた。それに、もう一つ気になることがある。
──あのアナンという盗賊の頭領……似ている……
馬車の中から見た時は確信が持てなかった。だが、剣を交えた時、近くで顔を見てハッとした。
──でも、まさか、な……?
「どうした? なにか気になることでもあるのか?」
エリザが顔をのぞき込んでくる。頬に湿った息があたって、ユゼフはドキッとした。女と男とでは、立ち上る精気や匂いがまったく違うのだ。青灰色の瞳につい見入ってしまう。
「たぶん関係ないとは思うんだけど……」
「なんだよ? 言ってみなよ?」
「ナフトの町で遭遇した盗賊が知り合いによく似ていたんだよ」
「あの熊みたいな人??」
「いや、そっちじゃなくて、俺を襲ってきたほう。エリザは見てないか……女みたいな綺麗な顔をしていて、なんというか……大陸人にしてはゴツゴツしてないんだよ。骨格とか顔つきが。なんかこう、繊細で……」
エリザは目を輝かせた。包帯を巻く手が止まる。
「そんなイケメンが来たのか!……アタシのほうは、すんげぇゴツゴツした熊のような大男だったよ? あああ……逆だったらよかったのに……」
「いや、盗賊だぞ? 別に女だからと容赦しないだろうしな?……そうそう、エキゾチックなんだよ。内海の奥地の少数民族系の雰囲気がちょっとある」
「んで、その異国情緒溢れるイケメン様のそっくりさんと、どういう知り合いなの? 国に帰ったら、紹介してくれるっていう話なら、大歓迎だけど」
「知り合いだけど、そんなに仲良くないし……」
「チッ、つまんないの……そういや、これ? 肩の傷、どうしたんだ?」
エリザが左肩の古傷を指差した。若干肩が凹むほどの深い傷だ。今でもたまにシクシク痛む。
「この傷は従兄弟のイアンにやられたんだ。十二歳の時だったかな?……従兄弟って言っても家系図上の。俺は父の私生児でイアンは義母方の親戚のほうだから、血はつながっていない」
「うーん、貴族の家系図って複雑だよね? それにしても、ひどい話だな! 子供でも許されないよ」
無事、包帯を巻き終わったので、ユゼフは服を着ながら話した。この傷の話は、今思い出した彼とも無関係ではない。盗賊のアナンにそっくりなカオル・ヴァレリアン──彼はイアンの家来だった。
壁を渡り、老人になって亡くなったアダムの腹違いの兄。ローズ家の長子。それがイアン・ローズ。
イアンとその弟のアダム、家来のカオルとユゼフは子供のころ、よく遊んでいたのである。
「別にわざとではないんだ。刃引きしてない真剣で遊んでいたというか、勝負して誤って斬られてしまった」
「これ……誤って斬られたような傷か? 絶対、殺しにいってるだろ?」
「……ま、それもあながち間違いではないな」
「どういうことだよ? 話せよ?」
上衣の留め具を留め、ユゼフは立ち上がった。こちらを振り向こうともしないディアナに声をかける。素直に一歩踏み出してくれたので、ユゼフたちは先へ進んだ。
「イアンはとんでもない暴れん坊だった。俺の兄たちはイアンの赤毛と長身を揶揄って、“イカれジンジャー”とか“馬鹿巨人”とか言っていたっけ。ものすごく嫌ってた。いつもどこへいっても、トラブルばっかり起こす大問題児で、親戚中から厄介者扱いされてた」
「親戚に一人はいるよね、そういうの……」
「伯母も相当手を焼いていて……俺は同い年だったばっかりに、遊び相手に抜擢されたんだよ。最悪だろ?」
イアンの話は酒のつまみに適している。名家の子息とは思えないヤンチャぶりだった。
「貴族のボンボンも大変なんだな? アタシも令嬢ってほどじゃないけど、気持ちはわかるよ。親にとって大事なのは“家”なんだよな? アタシら子供は家を守るための道具……んで、そのイカれジンジャーのお守りを任されて、傷を負ったってわけか」
「ああ、初対面でいきなり『真剣勝負しよう!』って言われて、俺も立場上いろいろあるから断れなくてさ。でもそのあと、多少断れるようにはなったよ? 腰にロープを巻いて崖から飛び降りる遊びや、スズメバチの巣を落とす遊びとかはちゃんと断った」
「いやそれ、断って当たり前だろうが……」
断れきれず、命の危険を感じたことも何度かある。生きているので、笑いごとで済まされるが……
「でもまあ、この傷もイアンばかりが悪いわけじゃないというか……オレも反撃したから。イアンのほうは反射的に動いてしまったんだ」
「どこまでお人好しなんだよ、アンタは? そんな奴、かばうことないって」
ユゼフは少し先を歩くディアナの顔色をうかがおうとしたが、顔を背けられてしまった。
イアンのことは、ディアナも当然知っている。腹違いの妹弟の従兄弟だ。そうでなくてもイアンの悪評はすごかったから、内陸部の王侯貴族なら誰でも知っているだろう。王の御前で唾を吐いたり、王城内の教会で放尿、射石砲にイタズラして花火を打ち上げる……などエピソードは尽きない。
──不思議とイアンのことは嫌いじゃないんだよな? さんざんな目にあわされたけど……
王立学院へ行くまで、ユゼフはイアンの遊びに付き合わねばならなかった。
イアンがやりたがる遊びはいつも最悪で、深夜に好色な貴婦人の乗る馬車を待ち伏せしたり、覆面をして丸腰の貴族を襲い、金目のものを奪ったりと犯罪まがいの遊びもあった。
わざと粗暴に振る舞っているふしもあった。ときおり、別人のように優しくなったり気弱にもなる。
彼のように情緒不安定な人は貴族が近親婚を繰り返すことにより、たびたび産まれる。生まれつきだから治しようがないそうだ。
しかし、どれだけ支配的で凶暴だろうが、イアンには魅力があった。
機嫌のいい時は笑いが絶えなかったし、ヴァイオリンを奏でることもあった。それに、次から次へと刺激的でおもしろいことを思いつく。なにより、自分の所有物が誰かに傷つけられるのを嫌った。イアンの家来でいれば、他の誰かに虐められることはなかったのだ。
※スタディオン……一スタディオンは二百メートルぐらい。
設定集ありますので、良かったらご覧ください。
地図、人物紹介、相関図、時系列など。
「ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる~設定集」
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