135話 盗賊のみんなとお別れ
ユゼフは盗賊の宿営地に戻った。ユゼフが面会している間、大忙しだったのだろう。約束どおり、天幕一つ残して全部片付けられている。
談笑しているジャメルたちが見えた。アスター、ダーラ、ラセルタも近くにいる。不気味な植物、レグルスにネズミを与えているレーベの姿も……その横で話しているのは、壊れた眼鏡と濃い髭が特徴のカワウ人、片腕を失ったシリンだ。
緑の髪のファロフ。バンダナを巻いたザール、強面のオーラン……初日に同じ気球だった面々もいる。お調子者のファロフは皆を笑わせているし、熱の下がったバーバクもすっかり元気になっている。ユゼフをいち早く見つけた操縦士のホスローが、こちらに走ってきた。
折れた足は、本当になんともないのだろうか……皆から少し離れた所にはアキラとクリープの姿も見えた……
みんな、いる。
「ユゼフだ!」
ダーラが叫び、全員がいっせいにこちらを見た。
「待ってたぜ。オレたちはもう帰るからな!」
ジャメルのセリフを皮切りに、彼らはしゃべり出した。
「元気でな!」
「つぎに会えるのは壁が消える十ヶ月後か?」
「ユゼフ、明るくなれよ!」
「オメェが出世すんのを期待して待ってっからな!」
ファロフは肩を叩き、ザールがふざけてうしろから抱きついてくる。ユゼフは安堵と同時に寂しさを感じて下を向いた。
「金を少ししか用立てられず、面目ない……」
「かまわねぇよ」
ジャメルは尖った耳をピクリと動かすと、濃い眉を下げて笑った。唇の片端をつり上げる盗賊っぽい笑い方だ。
「どうしたのだ? おまえ、顔色が良くないぞ」
アスターがズカズカと輪の中へ入ってきた。
「あの……少し、体調が……」
「ユゼフでも調子悪くなること、あんのか!?」
ダーラが素っ頓狂な声を上げ、哄笑を誘った。
「おまえら、吸血鬼が血を吸いまくったせいじゃないのか?」
アスターが間髪入れず言ったので、笑い声はしばらく続いた。
笑い声が落ち着いたところで、ダーラはうわずった声で報告した。
「おいらはアスターとユゼフについて行きたいから、残ることにした。あと、アキラさんとクリープとラセルタも……」
「……それはまずいな」
ユゼフはダーラの狐の耳と尻尾を眺めた。
「ナスターシャ女王は亜人を嫌悪している。今日中にいなくならなければ、何をされるかわからない」
笑い声は静まった。穏やかなムードから一変、空気が凍りつく。食虫植物のレグルスがネズミを噛み砕く音だけ響いた。先ほどまで皆が笑ったりしゃべったりしていたから、不快な音は気にならなかったのだ。
ゴリゴリ…グッ……ゴッ……ガチッ……
耳をふさぎたくなる。
嫌な沈黙に斬り込んできたのは、アスターの野太い声だった。
「レーベ、亜人の変異を抑える薬は用意できるか? ラセルタにも必要だ」
「モズで材料を仕入れなければ、作れません」
レーベは冷静に答えた。ますます場が白ける。ラセルタは不満げに頬を膨らませ、ダーラは悲しそうにうつむいた。
ジャメルが何か言おうと口をモゴモゴしてる間に、シリンが口を開いた。
「ユゼフ、聖水は作れるか?」
「……もちろん。でも……?」
一応、神学校に通っていたからそれぐらいはできる。だが、シリンが何を言いたいのかピンとこない。
「実家の医院で亜人の治療を見たことがある。その時、薬を切らしていたために、父は聖水を使って体の変異を抑えさせていた。その二人が魔属性であれば、聖水でも効くはずだ」
「さすが! シリン!」
ジャメルがシリンの肩を叩いた。ラセルタはホッと息を吐き、ダーラは満面の笑みを浮かべる。
ふたたび和やかな雰囲気に戻ったが、つぎに待っているのは別れだった。
「それを試すのはあとにしろ。オレたちはもう行くからな? もし聖水が効かなければ、オメェらも帰ってこい!」
ジャメルはユゼフの胸に拳を当てた。
「じゃーな! 十ヶ月後を楽しみにしてる!」
すでに別れを済ませているのだろう。アスターとチラリ、目を合わせてから、ジャメルはうなずいた。
それに続いて他の者たちも、手を振ったり、抱きついたり、拳を合わせたり……それぞれの方法でユゼフとの別れを済ませ、城下町へ歩き出した。
城下町を抜ければ、気球を離陸させた森に入る。そこには、モズのソラン山脈へつながる虫食い穴がある。
仲間たちの背中を見ながら、ユゼフは馬の用意ぐらいしてくれたっていいのにと思った。
さらわれた王女を取り戻す……危険な魔国で血を流し……それだけのことをしたのだ。それなのに……
何人か振り返り、手を振っている。彼らと一緒に過ごしたのは、たったのひと月程度だ。魔国で過ごした数日間により、そのひと月は濃い色彩を帯びるようになった。
「みんな!!」
急にダーラが叫び、皆が振り返る。
「おいら、アスターのこと、見張ってる!」
なんのことだと、アスターは眉をひそめた。ラセルタはニヤニヤして、トカゲの尻尾を振っている。
「アスターが報奨金を一人占めしないように!!」
噴き出すジャメルが一番奥に見えた。盗賊たちは声を立てて笑った。アスターだけが、憤慨した様子でダーラの首根っこをつかむ。
「おい! おまえも帰らすぞ!」
「いやだ! アスターは放っておくと暴走するから、おいらが重石になるんだ!」
「は? 何を言っている? 意味がわからん」
渋い顔のアスターに構わず、ダーラは大きく手を振った。
「みんな! また会おう!」
別れの言葉は、ユゼフの心に勇気を芽生えさせた。




