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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第一部 新しい王の誕生(前編)七章 グリンデル王国の秘密
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135話 盗賊のみんなとお別れ

 ユゼフは盗賊の宿営地に戻った。ユゼフが面会している間、大忙しだったのだろう。約束どおり、天幕一つ残して全部片付けられている。

 談笑しているジャメルたちが見えた。アスター、ダーラ、ラセルタも近くにいる。不気味な植物、レグルスにネズミを与えているレーベの姿も……その横で話しているのは、壊れた眼鏡と濃い髭が特徴のカワウ人、片腕を失ったシリンだ。

 緑の髪のファロフ。バンダナを巻いたザール、強面のオーラン……初日に同じ気球だった面々もいる。お調子者のファロフは皆を笑わせているし、熱の下がったバーバクもすっかり元気になっている。ユゼフをいち早く見つけた操縦士のホスローが、こちらに走ってきた。

 折れた足は、本当になんともないのだろうか……皆から少し離れた所にはアキラとクリープの姿も見えた……


 みんな、いる。


「ユゼフだ!」


 ダーラが叫び、全員がいっせいにこちらを見た。


「待ってたぜ。オレたちはもう帰るからな!」


 ジャメルのセリフを皮切りに、彼らはしゃべり出した。


「元気でな!」

「つぎに会えるのは壁が消える十ヶ月後か?」

「ユゼフ、明るくなれよ!」

「オメェが出世すんのを期待して待ってっからな!」


 ファロフは肩を叩き、ザールがふざけてうしろから抱きついてくる。ユゼフは安堵と同時に寂しさを感じて下を向いた。


「金を少ししか用立てられず、面目ない……」

「かまわねぇよ」

 

 ジャメルは尖った耳をピクリと動かすと、濃い眉を下げて笑った。唇の片端をつり上げる盗賊っぽい笑い方だ。


「どうしたのだ? おまえ、顔色が良くないぞ」


 アスターがズカズカと輪の中へ入ってきた。


「あの……少し、体調が……」

「ユゼフでも調子悪くなること、あんのか!?」


 ダーラが素っ頓狂な声を上げ、哄笑(こうしょう)を誘った。


「おまえら、吸血鬼が血を吸いまくったせいじゃないのか?」


 アスターが間髪入れず言ったので、笑い声はしばらく続いた。

 笑い声が落ち着いたところで、ダーラはうわずった声で報告した。


「おいらはアスターとユゼフについて行きたいから、残ることにした。あと、アキラさんとクリープとラセルタも……」

「……それはまずいな」


 ユゼフはダーラの狐の耳と尻尾を眺めた。


「ナスターシャ女王は亜人を嫌悪している。今日中にいなくならなければ、何をされるかわからない」


 笑い声は静まった。穏やかなムードから一変、空気が凍りつく。食虫植物のレグルスがネズミを噛み砕く音だけ響いた。先ほどまで皆が笑ったりしゃべったりしていたから、不快な音は気にならなかったのだ。


 ゴリゴリ…グッ……ゴッ……ガチッ……

 

 耳をふさぎたくなる。

 嫌な沈黙に斬り込んできたのは、アスターの野太い声だった。


「レーベ、亜人の変異を抑える薬は用意できるか? ラセルタにも必要だ」

「モズで材料を仕入れなければ、作れません」


 レーベは冷静に答えた。ますます場が白ける。ラセルタは不満げに頬を膨らませ、ダーラは悲しそうにうつむいた。

 ジャメルが何か言おうと口をモゴモゴしてる間に、シリンが口を開いた。


「ユゼフ、聖水は作れるか?」

「……もちろん。でも……?」


 一応、神学校に通っていたからそれぐらいはできる。だが、シリンが何を言いたいのかピンとこない。


「実家の医院で亜人の治療を見たことがある。その時、薬を切らしていたために、父は聖水を使って体の変異を抑えさせていた。その二人が魔属性であれば、聖水でも効くはずだ」


「さすが! シリン!」


 ジャメルがシリンの肩を叩いた。ラセルタはホッと息を吐き、ダーラは満面の笑みを浮かべる。

 ふたたび和やかな雰囲気に戻ったが、つぎに待っているのは別れだった。


「それを試すのはあとにしろ。オレたちはもう行くからな? もし聖水が効かなければ、オメェらも帰ってこい!」


 ジャメルはユゼフの胸に拳を当てた。


「じゃーな! 十ヶ月後を楽しみにしてる!」


 すでに別れを済ませているのだろう。アスターとチラリ、目を合わせてから、ジャメルはうなずいた。

 それに続いて他の者たちも、手を振ったり、抱きついたり、拳を合わせたり……それぞれの方法でユゼフとの別れを済ませ、城下町へ歩き出した。


 城下町を抜ければ、気球を離陸させた森に入る。そこには、モズのソラン山脈へつながる虫食い穴がある。

 仲間たちの背中を見ながら、ユゼフは馬の用意ぐらいしてくれたっていいのにと思った。

 さらわれた王女を取り戻す……危険な魔国で血を流し……それだけのことをしたのだ。それなのに……


 何人か振り返り、手を振っている。彼らと一緒に過ごしたのは、たったのひと月程度だ。魔国で過ごした数日間により、そのひと月は濃い色彩を帯びるようになった。


「みんな!!」


 急にダーラが叫び、皆が振り返る。


「おいら、アスターのこと、見張ってる!」


 なんのことだと、アスターは眉をひそめた。ラセルタはニヤニヤして、トカゲの尻尾を振っている。


「アスターが報奨金を一人占めしないように!!」

 

 噴き出すジャメルが一番奥に見えた。盗賊たちは声を立てて笑った。アスターだけが、憤慨した様子でダーラの首根っこをつかむ。


「おい! おまえも帰らすぞ!」

「いやだ! アスターは放っておくと暴走するから、おいらが重石になるんだ!」

「は? 何を言っている? 意味がわからん」


 渋い顔のアスターに構わず、ダーラは大きく手を振った。


「みんな! また会おう!」


 別れの言葉は、ユゼフの心に勇気を芽生えさせた。

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