133話 クラウディアとナスターシャ
四十年前のグリンデル王国。王妃は王子を産まない代わりに三人の王女を産んだ。長女クラウディアと二歳年下の次女ナスターシャ、三女のヘレナである。この姉妹、特に上二人は見た目も性格も、まったく異なっていた。黒髪に黒い瞳のクラウディアは、グリンデルではめずらしい彫りの浅い顔立ちで、涼しげな目元と陶器のような肌が羨望を集めた。また、優しく穏やかな性格は誰からも愛され、聖女と称えられることになる。
一方の次女、ナスターシャは金髪碧眼、高い鼻と大きな目が特徴の彫りの深い顔立ち。性格は荒々しくかんしゃく持ちで負けず嫌いだった。そして、姉二人の間を取ったのが三女ヘレナ。後の主国(鳥の王国)王妃。ディアナの母にあたる人物である。ナスターシャと同じく金髪碧眼の美しい姫だったが、物静かで特に癖はなかった。主国に嫁いだ後は、四人の王子と王女ディアナを産んだ。出産後、亡くなったので、ディアナは母親のことを知らない。
長女のクラウディアは美しいだけでなく、非常に賢かった。立ち居振る舞い、語学、舞や弦楽……何をするにも完璧だったのだ。ナスターシャはつねに非凡な姉と比較されたため、成長するにつれ、姉を妬むようになっていった。
当時の問題は王家の存続だった。長女であるクラウディアはグリンデル王家を継ぐため、他国の王族か、それに準ずる名家と婚姻しなければならない。女系が単独で王権を得ることは法で禁じられている。婿を王に据え、自身も女王として君臨する共同王権が妥当だったのである。本人も周囲もそれが当たり前だと思っていたし、それ以外の選択肢はあり得ない、考えられないはずだった。
ここで、壮大な悲恋が幕を開ける。騎士団長のザカリヤ・ヴュイエという男と、クラウディアは恋に落ちてしまうのだ。当時、グリンデルとカワウは戦争中で、ザカリヤは華々しい戦績をあげた英雄であった。筋骨逞しい体格と美しい顔を持つザカリヤは美丈夫ともてはやされ、グリンデル中の女性の憧れだった。姫といえども十六、七の娘だったら、夢中になって当然だろう。ザカリヤもクラウディアを愛し、二人は駆け落ちしてしまう。虫食い穴を通って夜の国へ逃れ、しばらく夫婦として暮らしていた。
だが、幸せは夏から秋までの短い一時だけだった。三か月後、ザカリヤは捕らえられ、クラウディアは連れ戻された。ザカリヤが死刑にされず、追放で済んだのは戦績を考慮されたからだ。父王は病床にあり、いつ死んでもおかしくない状態だった。クラウディアは死にそうな父のために最愛の男を捨て、帰国したのである。帰国後、クラウディアはすぐに主国の王子のニュクスと結婚させられた。ニュクスはグリンデル国王として、クラウディアは女王として即位し、共同王権を確立した。
火種は結婚当初からくすぶっていた。クラウディアが女王となってすぐに王子を妊娠したため、エドアルド王子はザカリヤの息子ではないかと、まことしやかに囁かれたのである。この段階ではまだ噂の域を出ることはなく、クラウディアは女王として平穏な日々を過ごしていた。けれども、二人目を死産してから、ふさぎ込むようになった。公務は疎かになり、公の舞台には専らナスターシャが顔を見せるようになった。王城内でのいじめ説はこの時から浮上している。
転機は第二王子のランディルを出産して五年後だった。
次男のランディルが五歳のころ、今から八年前に事件は起こった。何の前触れもなく、クラウディアは不義密通及び国家反逆罪で捕らえられたのである。恋人のザカリヤと通じていたと、なおかつ亜人による反社会組織を結成し、革命を起こそうとしていると濡れ衣を着せられた。
摘発を裏で指示していたのはナスターシャだ。彼女が用意した裁判官により、クラウディアは断罪されることになる。もちろん証人もすべて手配済みだった。はめられたのだ。
そのうえ、エドアルドとランディル、幼い二人の王子にまで火の粉が降りかかった。ザカリヤとの密通によりできた子だと、疑いをかけられた王子たちは塔に幽閉された。苛烈な尋問の末、クラウディアは密通と反逆行為を認めたが、二人の王子に関しては決して認めようとしなかった。
この時、クラウディアを擁護しようとする動きはあった。しかし、擁護派は謀反や横領などの疑いをかけられ、次々に処刑されてしまう。捕らえられて数日のうちに、クラウディアも処刑されることとなった。
クラウディアの命が絶たれたその日、わずかな希望を託して擁護派が二人の王子を逃がした。王子の逃亡に協力したと疑いをかけられた者は、すさまじい拷問にかけられ殺されたという。犯人探しは一週間続き、城内の四分の一が殺されたことから「許しなき一週間」と呼ばれた──
これが、アニュラス中を震撼させたグリンデル事件。ユゼフが知っているのは概要だけだが、聞いた時は子供ながらに戦慄したことを覚えている。主国ではナスターシャ女王の評判は最悪だ。これはクラウディアの人気のせいもある。
強きにくじけず、弱きに手を差し伸べるクラウディアは美しいだけではなく、慈悲深い女王だったと言われている。残された言葉は文学となり、その生きざまは歌劇となった。カリスマ女優が演じるクラウディアは主国のみならず、アニュラス各地で話題となり、多くの人が悲恋に涙を流した。
冤罪だったのではないかという主張は、八年経った今でも衰えることはない。 ただし、それはグリンデル国外に限られる。国内でそんな話をしていたら死刑か、運がよくても舌くらいは切られる。
物語の最後、二人の王子も捕らえられてしまった。主国シャルドン領近くの森にて断首された後、内臓まで抜かれたという。なぜ、中の物を抜いたのか。これは呪術的意味合いを持つと言われている。ナスターシャは王子の心臓を食べたのだと。そのおかげで年を取らず、いつまでも美しいままでいられるのだと噂されていた。
悲恋とは対照的にこのこぼれ話は身の毛もよだつ怪談話と同列に語られた。王子の首は虫に食われて城へ着くころには、本人か判別できないぐらいグシャグシャになっていたとか、グリンデルと主国の国境付近に王子の霊が出るのだとか、たくさんの小話まで派生した。こちらは怪談師によって脚色され、なじみ深いものとなっている。
クラウディア亡きあと、ナスターシャが女王となり王子アンリを産んだが、ほどなく国王ニュクスは亡くなった。ニュクスの死後、ナスターシャがグリンデルを支配し、今に至る。
AI絵 ザカリヤ




