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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第一部 新しい王の誕生(前編)七章 グリンデル王国の秘密
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130話 ユゼフ、おじさんの忠告を無視する

 むしゃくしゃする気持ちは、夜になっても収まらなかった。

 サチをヤブ医者に見せたところで状況は変わらず、別件含め、ディアナと再度話さねばならない。

 ユゼフはラセルタを天幕から追い出し、使い鳥を飛ばした。城にいるエリザを呼ぶためである。

 様子からして、今日中にディアナから呼び出しがかかると思っていたが、夜になっても音沙汰がない。苛立ちが収まらないのを、そのせいにはしたくなかった。




「なんの用だ?」


 やってきたエリザは男装ではなく、借り物であろう焦げ茶色のガウンをまとっていた。ドレスアップ姿は初めて見る。筋肉質な細い腕や狭い肩幅を見ると、彼女がまだ成長過程であることに気づかされる。ユゼフの視線は、自然と剥き出しになった首から胸元へと向けられた。

 エリザは、グリンデルに着いてからずっと冷たかった。


「わかってるくせに……」


 呼ぶなり、ユゼフは彼女を抱き寄せようとした。難なく受け入れられてきた行為だ。至極当たり前のことだと思っていた。

 が、両手で押し退けられた。初めて拒否されたのである。


「!?」

 

 ユゼフはすぐに状況を呑み込めなかった。拒まれる理由が思い当たらない。


「生理なのか?」

「ちがう」

 

 昼間、自分がディアナに対してしたことだが、拒絶されるのはとても傷つく。


「なんでだ?」

 エリザは黙っている。


「なにか……怒ってるのか?」

 エリザは首を横に振った。


「じゃ、なんで?」

「ユゼフ、こういうことはもう終わりにしよう」


 エリザは目も合わせずに背中を見せた。そのまま、立ち去ろうとする彼女の二の腕をユゼフはつかんだ。


「俺のことが嫌いになったのか?」

「……」

「行くなよ? 今夜は、そばにいてほしい……」

「……ユゼフ、アタシは娼婦でもなければ、町娘でも農家の娘でもない。妊娠したとき、責任を取れるのか?」

「……子供ができたら、ちゃんと認知する……妊娠したくなければ、しないようにやるし……」

「そういう問題じゃないんだ。国へ戻っても、アタシと結婚する気はないんだろう? なら、不適切な関係はとっとと清算すべきだ」


 ユゼフはぐうの音も出なかった。

 エリザとの結婚はまったく考えていなかった。そもそも宦官になる予定だったから、誰かと結婚するなんてことは想像したこともない。貴族は皆、親が決めた相手と結婚しているし、恋愛と結婚が結びつかなかった。


「結婚のことは考えてなかった……ごめん。でも、これからは考えようと思う。エリザがしたいと言うなら……」

「無理しなくていい。アンタはアタシのことを愛してない。ホントは最初っから気づいてた。でも、いつか振り向いてくれると甘い期待を持って、自分で自分をごまかしてたんだ」

「そんなことは……」


 ユゼフは言い淀んだ。エリザのことは好きだ。でも、愛しているかと聞かれれば、はっきり断定はできない。違和感がある。


「ユゼフ、アンタの心ん中には、別の人がいる」


 その台詞(セリフ)を聞いて、ユゼフはディアナと再会した時のやり取りを思い出した。あの時、ゾッとするほど冷たい視線を送ってきたイザベラのことも……


「もしかして、イザベラから何か聞いたのか? だとしたら、気にする必要はない」

「ちがうんだ。ちがうんだよ、ユゼフ」


 エリザの青灰色の瞳は悲しげにさまよう。


「アタシはアンタ自身から聞いたんだんだ」

「俺はなにも……」


「アンタが魔甲虫に侵されて気を失ってる間、アンタの記憶がアタシたちのところにも飛んで来た。触れると消える不思議な綿毛さ。それに触れたおかげでアタシは顔の傷が、ホスローは折れた足が治った」


 綿毛? 記憶?……どれも初耳だ。


「触った時、アンタの記憶や想いが心ん中に流れてきたんだ。アンタはずっと、自分の気持ちにウソをついてきた。ユゼフ、アンタはあの方を愛してる……」

「記憶が……って、瘴気に当たったせいで、幻覚でも見たんじゃないか?」

「見たのはアタシだけじゃない。城が消える時、その場にいたアスターたちも、村にいたジャメルやダーラも、アタシと同じ気球に乗っていたホスローや王女様も……」

「アスターさんからは、何も聞いていない……」

「みんな、気を使って黙ってるのさ。ユゼフ、今さらだけど、アンタは亜人だろう? 青い髪は染めてるし、耳の形が少し変なのは切ったからだ」


 髪と耳のことを言われ、ユゼフはうっかり耳を触ってしまった。


 ──どうして? どうして……誰から聞いたんだ?


 青い髪や耳のことを知る者は、家族以外にはいないはず……ユゼフは狼狽した。

 ユゼフの様子を見て察したのか、エリザは優しい口調になった。


「心配しなくていい。誰も見たことは口外しない。みんな、アンタのことを好いてるし、力になりたいと思ってる」


 ガーデンブルグ王家に嫌悪されたため、主国の亜人は内海の奥地へ追いやられた。または、不具者やならず者が集まるゲットーへ──内陸部で亜人はめずらしい。

 落胤(らくいん)で他に後継者がいなかったとしても、亜人では爵位を継承できない。

 

 ──それに(けが)らわしい、亜人どもだわ


 胸に突き刺さったディアナの言葉が、ユゼフの中で何度も響く。


「じゃあな、ユゼフ。自分の気持ちに正直になるんだ」


 最後にそれだけ言い、エリザは天幕を去って行った。

 ユゼフは呆然としていた。いつしか、苛立ちが絶望に変わっている。底深い闇へ突き落とされた。

 要するに振られたのだ。いろいろ言い訳していたが、結婚できるかわからない男と、ふしだらな関係を続けることに疑問を抱いた。このまま関係を続けても、損をするのは自分だけだと身を引いた……ただ、ただそれだけだ……


 ──そうだ、彼女は俺のために尽くしてくれた。それを当たり前のように思って、感謝が足りなかった。今さら後悔しようが手遅れだが……


 しかし、落ち込んでもいられなかった。

 エリザが去ってから数分も経たぬうちに、気持ちのよい風が天幕の中へ吹き込んできた。入り口の布が(ひるがえ)り、昼間嗅いだのと同じ、爽やかな花の香りが天幕へ流れ込む。


 ──ディアナ様!?


 入り口に立っていたのはミリヤだった。いつからそこにいたのか、動揺していたため、ユゼフは気配を察知できなかった。


「入ってもいい?」


 ふんわり笑みを浮かべ、湿った唇が動く。大きな瞳はユゼフに固定されている。

 ユゼフはうなずいた。


「王女様がお呼びか?」

「ううん……」


 暑いのか、ミリヤはショールを取った。灰色のガウンに白いエプロン姿。いつもと同じ服装だ。普段は隠されている肩と胸元が現れ、ユゼフは視線をそらした。

 背中は薄く、ほとんど肉が付いていない。腰は折れそうなぐらい細いし、肩は華奢で鎖骨がはっきり浮き出ている。にもかかわらず、支えるのが大変なぐらい乳房は豊満だった。大きな乳房は、まだ幼さを感じさせる顔立ちには不釣り合いだ。


「そんなに……がっかりなの? 《《王女》》様からのお呼び出しでなくて……?」


 ミリヤは下から、のぞきこむようにユゼフを見た。態度に出したつもりはなかったのだが、落胆したのは事実だ。


「王女様にお話ししたいことがある」


 ユゼフの言葉に、ミリヤはとても長い溜め息で答えた。


「……で、お呼び出しでないとしたら、なんの用だ?」

 

 とたんにミリヤは目を潤ませた。鎖骨から下の白くなだらかな丘は激しく上下し始める。ユゼフは目のやり場に困った。


「……わたし、わたし、ユゼフにずっと謝りたかったの……」


 大粒の涙がポトリ、落ちる。


「盗賊に捕らわれた時、ディアナ様を置いてユゼフが逃げたと嘘を言われて……わたしは……えっと、わたしは……あなたの……ユゼフの……名前を言ってしまった……の」

「そんなの……しょうがないよ……」

「ううん、それだけではないんだ。魔国でディアナ様と監禁されている間、ユゼフはどこかへ逃げたに決まってると、ディアナ様と一緒に悪口を言った。ユゼフは危険を顧みず、助けに来てくれたというのに……」


「それも、しょうがないよ……それより盗賊に捕まった時、君はひどい目に……荷馬車の中に彼らが入ってきた時、俺が身代わりになるべきだった……女の子の君を置いて逃げて、卑怯だったと思う……」

「そんなことない! あの時、ユゼフが身代わりになっていたら、ディアナ様を守れなかったもん……でも、わたしのこと、心配してくれてるの?……なんだか、うれしい」


 ミリヤは涙を拭うと、愛らしい笑顔を見せた。すべすべした両手がユゼフの手を包み込む。


「これで仲直り!」


 ユゼフは手を握り返した。柔らかいし暖かい。少し沈黙し、ユゼフはミリヤが手を離すのを待った。


「さっき、外で待ってる時に聞こえてしまったんだけど……エリザベート様と付き合ってたの?」


 不意をつかれ、ユゼフは握る手から力を抜いた。


「き、聞いてたのか?」



 どこから聞いていたのか……とても他人には聞かれたくない内容だ。


「うん。でも、彼女と別れてくれて、うれしい」

「……どうして?」


 ミリヤは答えず、握る手にギュッと力を入れた。茶色い瞳はユゼフを離さない。ミリヤが一歩歩み寄ると、ユゼフとの距離はほとんどなくなった。


「わたしは、たいした家柄でもない。ただの侍女。気兼ねすることなんかない」


 背伸びしてユゼフの首に腕を回す。早業だ。ユゼフは彼女にキスをされた。

 軽いキス。すぐ唇を離した。それでも……

 火を付けるには充分だった。今度はユゼフのほうから唇を重ね、彼女を寝具の上に押し倒した。

 が、押し倒してから急に理性が蘇る。


「す、すぐに、戻らなくても大丈夫なのか?」

「大丈夫、大丈夫。王女様は今、イザベラとボードゲームに夢中なの。わたしのことなんか、忘れてる」

「で、でも……君に手を出したことがバレたら……」

「バレないよ。わたしが言わなければね。それとも、言ってほしいの?」


 ミリヤは茶目っ気たっぷりに笑ってから後ろに手をやり、ガウンの留め具を器用に外した。

 プツッと、押さえつけられていた乳房が溢れ出し、ユゼフを留めていた枷は簡単に外れた。

カットしたイザベラ視点↓↓

https://ncode.syosetu.com/n8133hr/35/

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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる設定集

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― 新着の感想 ―
[良い点] ユゼフは、態度が優柔不断で、肝心なときの決断力に欠けると思っていましたが、、、女性にはモテるんですね。 若干、ハーレムのような節操がない構図になってきましたが、最終的にディアナ王女を射止…
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