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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第一部 新しい王の誕生(前編)六章 魔国での戦い
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【余話】ダーラの話②

 村の中心部の天幕に全員が集まった。ジャメル、ザール、ビジャン、オーラン、レーベ、ダーラ。


「時間がねぇ。アンデッドを引き付ける者が二人必要だ。一人はアスターがビジャンを指名した。もう一人はオレたちで決めねぇと。危険な役割だから、自ら進んで引き受けてくれっと助かるんだが……」


 ジャメルは五人の顔を見回す。尖った耳のジャメルは、この中で一番のリーダー格だ。黒い巻き毛に手を埋め、頭を掻きながら皆に問いかけた。視線は当然、ザール、オーランへ向けられる。

 バンダナがトレードマークのザールは、小柄でも勇猛だ。気球が黒獅子の攻撃を受けて小麦畑へ落ちた時、エリザや操縦士のホスローと消火にあたり、被害を抑えた。何かあった時、機敏に動ける。

 髭もじゃオーランは大柄で剣の腕に自信がある。黒獅子戦では最前線で戦いながらも、かすり傷だけで済んでいた。

 自分が誰の眼中にもないことぐらい、ダーラにはわかっていた。でも……


「おいらがやる」


 ダーラは手を上げた。

 そこにいる全員の目が点になった。残る組に立候補した時もそうだ。


「やめたほうがいいんじゃねぇか? オレかザールのほうが……」

 

 オーランが言った。


「おいらはこん中で一番足が速い。ぼんやりしてなければ、耳もみんなよりいいし、鼻もきく」

「いつも、テメェはぼんやりしてるだろうが?」

 

 オーランが言うとザールも、


「いくら素早いったって、腰が抜けて動けなかったら意味ねぇけどな?」


 と笑った。ジャメルもこの二人の言葉にうなずいている。

 ダーラは必死に主張した。


「村に着いたとき、戦えなかったのはおいらの弱さのせいだ。それはわかってる。だから、ここで埋め合わせをしたい」

 

 最初に死んだアラムや体が千切れたアルシア、森で殺された母。同じことを繰り返さないために、ダーラは変わりたかった。


 ──おいらがもっと強ければ、ママは殺されなかった。だから強くなりたい




「オレはダーラでいいと思う」

 

 思いがけない一言を放ったのはビジャンだった。

 皆が坊主頭に注目する。右目に剣傷のあるビジャンは、普段あまり物を言わないが、ときどき思いがけない発言をすることがある。魔人に囚われていたところ、逃げて盗賊になったと聞いていた。

 これまで、ダーラはビジャンに近づかないようにしていた。表情に乏しく、顔つきも怖い。しかし、よくよく考えれば、周りと馴染めないのはダーラと同じだ。


「ジャメルが募った時、ザールとオーランは互いの顔を見合わせて、尻込みしているように見えた。自ら進んで引き受けたいと言ったのはダーラだけだ」

「だが……」


 言いかけて、ジャメルはダーラの視線に気づいてくれた。ダーラはまっすぐにジャメルを見る。

 強い思いが伝わったのだろうか。数秒、じっと視線を交わした後、ジャメルは言った。


「いいだろう。一緒に組むビジャンがそう言うなら仕方ねぇ……ただし、引き受けたからにはちゃんとやれよ? 途中で逃げたり、ビジャンの足手まといになるようだったら、ぜってぇ許さねぇからな?」


 ジャメルに念を押され、ダーラは嬉しくなって何度もコクコクうなずいた。

 囮役が決まると、今度はレーベが作戦の手順を手短に説明する。アンデッドの歩みがゆっくりとはいえ、時間はなかった。彼らはもう、すぐそこまで来ている。


 数分で話し合いを終え、ダーラはビジャンと丘のほうへ走った。ビジャンは振り返らず、尋ねる。


「怖いか?」

「……こわい、でも大丈夫だ」




 アンデッドの大群は丘を下り、麦畑に広がりつつあった。罠を仕掛けた場所に集める必要がある。


「オレがアンデッドを引きつける。おまえは手筈通りやれ」

「わかった」


 ビジャンが指示し、ダーラは了承した。

 罠を仕掛けた通路は道幅が狭く、アンデッドが十体、横に並ぶとギュウギュウになる。

 点在する家が多いなか、ここだけ建物が密集しているところに目をつけた。間口十三キュビット(六メートル)ほどの倉庫が五軒、ピッタリくっついて建てられている。道を挟んで向かいも同じように五軒、計十軒。ドアの間隔も等間隔だ。

 これらの家屋は、村人が備蓄品などを蓄えるのに使っていたと思われる。

 これから、三百体のアンデッドを一体残らず、この通路に集める。


 ビジャンは剣を抜き、石造りの倉庫の壁を叩いた。音に反応し、アンデッドたちはビジャンのほうへ向かう。


「こっちだ! こっちだ! 化け物ども!」


 ビジャンは煽った。

 その間にダーラは倉庫のドアの前に移動した。


「ダーラ、まだだ! 待っていろ!」


 ビジャンの声が聞こえる。

 そう、ギリギリまで引き付けてから開けないといけない。うめき声が重奏になり、ビジャンの背後から押し寄せてくるのがわかった。


「いけ!!」


 ビジャンが怒鳴り、アンデッドの首を切り落とした。ダーラは言われたとおり、倉庫のドアを開けた。

 ダーラの役目は、罠の通路を挟む倉庫のドアを開けていくことだ。タイミングを合わせ、向かい側のドアをビジャンが開ける。ドアを控えめに開けると、灰色の煙がもくもくと噴き出した。

 ほんの二、三秒で五軒目まで来たとき、ダーラの手は緊張と恐怖で震えていた。まだ、想定された事態は起こっていない。レーベが計算してくれているから大丈夫だ。あと三秒は持つ……

 あたりは灰色の煙に包まれ、一寸先も見えない状態だ。

 最後の家のドアに手をかけた瞬間、凄まじい爆音が狐の耳を貫いた。最初の家が炎を噴いたのである。


「ダーラ、離れろ!!」


 ビジャンのがなり声が聞こえ、ダーラは我に返った。

 すぐ目前に炎が迫ってくる! ビジャンに突き飛ばされ、煙から逃れた。罠の通路の外だ。爆音は矢継ぎ早に耳を襲った。耳を伏せ、しみる煙に涙を流す。

 腕をつかんでくる者をアンデッドかと思い、ダーラは振り払おうとした。


「オレだ! ビジャンだ!」


 煙の中から出てきたビジャンに助け起こされた。最後のドアを開けた記憶は抜けていたが、十回目の爆発音が耳を打った。熱風に背中を押され、ダーラは突っ伏した。

 炎をまとったアンデッドが、膨らむ煙に押し出されてくる。

 ダーラは無我夢中で起き上がり、アンデッドの首を刎ねた。数体でも炎とセットだと、迫力が倍増する。後退しつつ、ビジャンと共に剣を振るった。

 煙から遠ざかると、ジャメルの髭面が見えてホッとした。

 通路を出て数十キュビット進んだ所にささやかなリンゴ園がある。そのうちの一本によじ登り、レーベが拡声器を口に当て何やら言っていた。あいにく爆音で耳をやられ、ダーラには何も聞こえない。

 道の入口、六十五キュビット(三十メートル程度)向こうでは、ザールとオーランが炎から逃れようとするアンデッドの首を刎ねているはずだ。彼らの姿は煙に遮られた。

 やがて、煙を蹴散らしたのは……熱風……赤い炎……燃え尽きそうな死体……


 地面には村内に備蓄してあったランプ用の油をこぼしてある。炎はあっという間に巨大化し、アンデッドたちを呑み込んだ。

 


 

 作戦はこうだった。

 打ち合わせをするまえ、ダーラはレーベと一緒に罠を仕掛けていた。

 村の家屋は石造りで外側は燃えにくい。この窓のない建物に火をつけると、レーベ曰く一酸化炭素なるものが充満するらしい。

 ドアを開け放てば、新鮮な空気が屋内へ流れ、熱された一酸化炭素が反応する。それが爆発となった。開けた出入口から火の棒が飛び出したのは、これだ。

 ダーラには難しいことは、よくわからなかった。


 この計画を考えたのはユゼフとレーベである。

 最初、お調子者のファロフが、村の民家に罠を仕掛けるという案を出した。その後、ユゼフが大まかな作戦を組み立て、レーベが具体的な手順を決めた。


 ──やった……

 

 が、まだ終わりではなかった。

 炎であぶり出された魔甲虫が死に物狂いで飛んでくる。ダーラは休む間なく、猛火から飛び出す魔甲虫を叩き潰した。


「ビジャン、さっきは助けてくれてありがとう」


 戦いというよりか、炎から飛び出す甲虫を剣の腹で叩き潰すという地道な作業の合間、ダーラはビジャンに礼を言った。


「ビジャンが突き飛ばしてくれなかったら……おいら、死んでたかもしれない」

「……」

「やっぱ、おいら、アスターの言うとおり向いてない。頭ん中が真っ白になっちまった……」

「……でも、おまえはちゃんと役割を果たせたさ」


 ビジャンの声は小さく、よく聞こえなかった。ちょうど、火だるまになって逃げてきたアンデッドの首をビジャンは斬り飛ばしたところだった。炎をまとった首は、コロコロ数歩先まで転がる。         

 それを最後に、襲いかかってくるアンデッドは出てこなかった。


 煙が出なくなってきて、通路の炎は鎮火し始めた。あらかじめ、倉庫内の藁や木材は運び出してある。火が燃え広がって、村ごと炎上してしまっては困るからだ。地面には真っ黒な死体が積み重なった。

 樹上のレーベは、筒状の拡声器を口に当て、


「終了です!」


 通路の向こう端にいるザールとオーランにも届く大声で叫んだ。ダーラの耳にもやっと声が届くようになった。

 ジャメル、ビジャン、ダーラの三人は顔を見合わせて、安堵の溜め息をついた。自然と笑みがこぼれる。


「ビジャンもダーラもよくやった! あとは、気球を修理しに行ったシリンたちと、お(かしら)を待つのみだ」


 破顔するジャメルの顔は(すす)だらけだ。きっと、ダーラも同じ顔をしている。ひどい顔が笑えてくるのは勝ったからだ。

 ビジャンだけは真顔で、ダーラに声をかけた。


「オレは、おまえがうらやましい……」

「……なんでだ?」

「笑ったり、怒ったり、泣いたり……当たり前にそういうことができるおまえが、うらやましいんだ。おまえはけっして弱虫なんかじゃないし、バカでもない。自分より賢そうで強そうな奴にも、積極的に意見するし、言うことも的を射ている……だから……」

「なんだよ、急に……」


 ダーラは照れ笑いして、隣にいたジャメルへ視線を移した。

 なぜだろう? ジャメルは死人でも見たような顔でこちらを向いていた。


 突如、空気が変わる……


 ダーラはビジャンへ視線を戻した。

 背後に、黒い翼がニョッキリ広がっている。まるでビジャンから生えたかのように…… 


 ──イツマデ……


 ビジャンから囁き声が聞こえた。ジャメルが後ずさり、サーベルを構え直した。


「ビジャン! うしろだ! うしろに何かいる!」


 ──イツマデ……


 ふたたび不気味な声が囁き、ビジャンは吐血した。


「だからダーラ、おまえはおまえらしくしてればいい……」


 刹那、ビジャンの顔は口から真っ二つに裂けた。


 ──イツマデ……


 ビジャンの裂けた顔から現れたのは、ヒグマのごとき巨躯を持つカラスだった。

 カラスとはいっても、通常の見た目と少々異なっている。翼の間から鱗に覆われた二本の腕が生えていた。腕の先には刃物と違わぬ長い鉤爪がついている。鋭い鉤爪はビジャンの背中を貫いた後、後頭部を突き刺し二つに裂いたのだった。

 大きく開かれたカラスの口内には、生白い少年の顔があった。

 巨大なカラスが少年を内包しているのか、少年がカラスの肉体を被っているのか。人形を思わせる少年の顔は死人のようである。白い唇がわずかに動いた。


 ──イツマデ……


 少年の唇はたしかにそう言った。


「ダーラ! 離れろ!」


 ジャメルが叫ぶ。

 桁違いの邪気がその場を支配していた。ダーラには何が起こったかわからない。戦いには勝った。怖そうなビジャンが、ダーラのことを褒めてくれた。意外と仲良くなれるかもしれないと思った。それなのに、なぜ。? 何が起こった? どうしてビジャンの顔がザクロみたいに割れているんだ?──何もできず、呆然としていたが、カラスが羽ばたこうとしたとたん、憎悪がこみ上げてきた。


「よくも、よくも……ビジャンを!」


 ダーラは剣を振り上げ、化け物に斬りかかった。


「よせ! ダーラ、やめろ!」


 ジャメルの声が、遠くから聞こえてくる。


 ──イツマデ……


 その言葉がふたたび聞こえた時、ダーラの剣は空を切った。

 大カラスの体は上空高く舞い上がり、そのままダーラたちには目もくれず、飛び去ってしまった。

 立ち尽くすジャメルの横でダーラは剣を投げ捨て、感情を噴出させた。駆け寄るオーランたちのことも目に入らない。大泣きだ。拳を何度も何度も地面に打ち付けた。

 ダーラの脳裏に浮かんだのは、作戦会議の時のビジャンの言葉だった。


 ──魔人のなかには人間の子供をさらってきて、自分好みの戦士に育て上げる者がいる。「飼い主」だ


 相当な額の上納金を納めなければ、飼い主からは逃れられないという。ビジャンはまだ追われている身だとも言っていた。


 ──奴らは逃げた犬が死ぬまで永遠に追い続ける

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