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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第一部 新しい王の誕生(前編)六章 魔国での戦い
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125話 歩き組襲われる(アスター視点)

 アスターが配慮しているというのに、ジャメルのほうから突っかかってきた。


「アスター? 文句あんのかよ!?」


 アスターが向くと、むくれた顔の無精髭が(にら)んでいる。カワウ人だから、髭が濃いのだ。年齢を重ねるにつれて、もっと濃くなるだろう。

 それはこっちのセリフだと言い返そうとして、アスターは違和感に襲われた。ジャメルの手首に植物の(つる)が絡まっている。

 払おうとしたところ、それはジャメルの腕を締め上げた。声を上げようとするジャメルの口をどこから現れたのか、平たい蔓がぐるぐる巻きにし、圧倒的な力で引きずっていく。


「ジャメル!」


 助けようとするアスターの横をサッと通り過ぎる者がいる。ダーラだ。 

 ジャメルが壺状の花へ放り込まれる寸前に、ダーラは蔓を叩き切った。斬られた蔓はヒュルヒュルと元いた場所へ退いていく。


 ──ダーラの奴、意外と素早いではないか


 アスターはジャメルを助け起こした。少し離れた所を歩いていた他の仲間が走ってくるのが見える。アスターは手招きした。


「みんな、もっと固まったほうがいい。集まれ!」


 最後尾のアキラとクリープが追いついてから、指導する。


「襲われた時、すぐ対処できるよう、ひとかたまりになって移動したほうがよい」


 皆が素直にうなずき、四列になって歩き始めた。先頭はジャメル、アスター、ダーラの三人。最後列のアキラとクリープは二人で並ぶ。

 この二人は陰気な雰囲気が似ていた。頭領を下りると表明したアキラは、これまでリーダーだったのを忘れるぐらいオーラが失われている。


「荷物、変わろうか?」


 距離が近いため、アキラとクリープの会話が最前列のアスターにも聞こえてきた。クリープは鍋や釜、食料などを一人で背負っている。アキラが持っているのは工具やロープ、救急道具だからまだ軽い。天幕は重いので置いてきたのだ。徒歩で運ぶのはキツい。


「大丈夫です」

「いや、交代しよう」


 アキラが言うと、クリープはすんなり荷物を渡した。

 このやり取りはジャメルにも聞こえただろう。アキラの卑屈な態度に苛立(いらだ)っているのがわかった。拳を握り締めるジャメルの肩にアスターは手を置いた。


「なんだよ!?」

「ちゃんと周りに注意を払え。今はおまえが頭だ」


 アスターは声を低くして伝えた。先ほど、失態を見せたばかりなのでジャメルは言い返せない。


「いいか? 腹を立てるのはわかる。だが、我々はまだ危険地帯にいるのだ。怒るのはグリンデルに着いてからにしろ……」


 アスターが皆に聞こえないよう、小声で話している最中……

 隣を歩いていたダーラが急に立ち止まった。


「どうした?」

「なにか! なにか……変だ!」


 ダーラは背後を確認する。


「なに止まってんだよ? 早く行け!」


 ダーラの真後ろで待つ盗賊が尖った声を出した。ジャメルの不機嫌が皆にも伝染している。


「待ってください」

 今度はクリープだ。


「囲まれています」


 点在していた食虫植物がいつの間にか、アスターたちの周りをぐるり取り囲んでいる。進行方向にはいなかったため、察知できなかったのである。植物はジワジワこちらに寄ってきていた。

 背中合わせに全員が身構える。アスターはジャメルに尋ねた。


「どうする?」

「数が多い。一、二の三で逃げるぞ」

「では、私が殿(しんがり)※を務めよう」


 アスターはクリープとアキラのほうへ下がった。


「一、二、三……行け!」


 ジャメルの合図で、いっせいに走りだした。すると、思いがけないことが起こった。

 周りを囲んでいた植物たちが、獣の速さでこちらへ向かってきたのだ。根を足の代わりに動かし、茎や(つる)を伸ばして突進してくる!


「まずい……剣を抜け!」

 

 アスターは唾を飛ばして怒鳴った。

 貝殻のような花が、パックリ口を開けて襲いかかってくる。鋭い棘、糸を引く数多の粘毛、真っ赤な口が迫ってくる。アスターは食われそうになりながら、葉をつなぐ太い茎を斬った。血の代わりに噴出する液が視界を緑に染める。当然ながら青臭い。


 立て続けに蔓や茎がやってきた。植物の蔓は弾力性がある。

 知らず知らずのうちに、アスターは腕と首に巻きつかれていた。締めつけられるまえに斬る。が、間髪容れずスプーン状の粘々した葉が被さってくる。ラヴァーを粘液で汚したくなかったが、致し方ない。べとっとした葉にアスターは(ラヴァー)を突き刺した。蔓を切れば、ひるんで一時的に退がるので時間稼ぎにはなる。

 荒涼とした背景は消えてしまった。斬っても斬ってもきりがない。迫りくる植物は雪だるま式に増える。

 アスターの横にはアキラとクリープがいた。ジャメルたちは、なんとか逃げ切れただろうか……


「アスター!!」


 植物の厚い壁の向こうから、ダーラの声が聞こえる。


 ──馬鹿め! 助けに戻ろうとはするなよ……


 抜け道はない。

 植物は円になり、アスターたち三人を包み込んでいた。完全に敵の腹中。食われたのと同じ状態だ。

 クリープが荷物を下ろした。アキラも同じく。


「私が……」

「オレが……」

「僕が……」


 後ろで守る……と言おうとして、アスターたちは同時に口を開いた。


「なんだ、クリープ? おまえ、私に先へ行けと言うのか?」

「僕は彼らと戦い慣れています。背後を守らせてください」


 考える余裕はなく、植物は蔓を伸ばしてくる。

 クリープが戦っているところを、アスターは見たことがなかった。剣もナマクラでろくに手入れもしていない。普段は鈍くのろまな印象だし、魔物と戦う姿は想像つかなかった。

 しかし、サチを背負って黒曜石の城から逃走したことが思い出された。体力だけは間違いなくある。

 無感情な顔から、強い意志をアスターは感じ取った。


「いいだろう。任せた!」


 猛攻を続ける蔓……というより、触手を斬りながらアスターは答えた。向きを変え、前に立ちふさがる花の茎を十本ほど一気にぶった斬る。


「アキラ、転がれ!」


 アスターとアキラは前方へ転がり、左右から襲ってくる貝のような葉から逃れた。スレスレだ。背後で、地面に衝突する草の気配を感じた。

 立ち上がろうとするアキラの足首に蔓が巻きつく。猛烈な勢いで引っ張られ……

 すんでのところで、アスターはアキラの腕をつかんだ。反対の手で上から来る触手を斬り飛ばす。


 蔓からアキラを解放したのはクリープだったのか、アスターは見ていなかった。他に注意を払うほどの余裕はなかったのである。

 どれだけの茎や蔓を切り倒したのだろう。まさか、植物の汁にまみれ、戦うことになるとは思わなかった。田舎暮らしをしていたアスターは貴族とはいえ、農業の苛酷さの片鱗ぐらいは経験している。草取りをする自領の農民たちを想起し、頭が下がる思いだった。植物は農民の生きる糧でもあり、敵でもある。


 がむしゃらに邪魔な緑を除いていった。農民たちに草取りの極意を教わりたいところだ。熱のこもったジャングルに流れ込む弱い風を感じ、目の前にある茎を斬り倒すと灰色の景色がようやく見えた。

 絡まり合った蔓を払いのけ、人一人がかろうじて潜り抜けられる空間ができる。


「アスター! お頭!」

 ダーラの手にすがり、アスターは外へ這い出た。アキラもそれに続く。


「馬鹿めが! ダーラ、おまえ今、助けに行こうとしただろう?」

「……なんで、わかるんだ?」

「おまえが大馬鹿だからだ」


 背後では集まった植物が結合し、巨大なドーム状の建造物を造っていた。

 植物たちの注意はドームの内側へと向けられているのだろう。今のところは襲ってこない。


「早いうちに、ずらかったほうがいいっすよ」


 盗賊の一人がジャメルに囁く声が聞こえた。植物の集合体から距離を置き、他の仲間たちが見守っている。


「クリープがまだだ」

「……あんな奴、仲間じゃねぇし、放っておきましょうよ」

「でも荷物が……」

「どうせ、荷物なんか捨ててるっしょ」


 やり取りを見てアスターは、


「先に行ってていいぞ。私はもうちょっと待ってから行く」

 気を利かせてやった。


「アスターが待つんならおいらも……」

 ダーラが狐耳をピンと立てて言うと、


「……オレも」

 足に絡みつく蔦と格闘するアキラがマスクを取った。


「アスターさんとお頭なら大丈夫っすね。早く行きましょうよ」


 急かす仲間にジャメルは答えられなかった。

 沈黙のあと、心に張られた膜を切り裂くかのようにアキラの声が響く。


「アスターは仲間だ」

 するとダーラも口を開いた。


「アスターがいなければ、任務は成功しなかった。みんな、アスターやユゼフやレーベに助けられてる」


 ジャメルは迷っている。即決しなくてはならぬ状況だ。つい、アスターは期待してしまう。彼らの態度はこそばゆいが、嫌いではなかった。ジャメルはこのなかで、一番成長性のある若者だ。

 瞼を数秒閉じてから開き、ジャメルは、


「アスター! オレはアンタを信じてる! 必ず追いついてくれ!」


 声を張り上げ、くるり背を向けた。よい決断だとアスターはにんまりする。


「行くぞ!」


 その時だった。

 アスターが抜け出た穴とはだいぶ離れた位置から、長い刃がぬっと飛び出した。刃は高速で上下左右に動き、複雑にもつれ合った蔓を四角く切り取る。

 そこから出てきたのはまず荷物だ。大きな衣嚢が二つ。次に草の汁で濡れた細い指先、汚れた眼鏡──

 荷物を外へ出してから、顔を出したのはクリープだった。


「すみません。荷物を取りに行っていたもので……」


 穴から這い出たクリープは、そこにまだ全員がいるのを見て、


「あれ? 先に行ってるとばかり……」

 

 とぼけた様子で、ずれた眼鏡を直した。

 皆が唖然として言葉を失うなか、ダーラだけは何がおもしろかったのか噴き出した。ジャメルは驚いた顔を見られないように正面を向き、歩き始める。


「何をぼんやりしてる? 行くぞ!」


 クリープの謎、深まる──

 何はともあれ、無傷で済んだ。




※殿……一番うしろ

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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる設定集

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― 新着の感想 ―
[良い点] 場面が魔国に切り替わってから、今までの人対人でなく、人対魔物の構図になりました。 過酷な環境の中でのサバイバルで、男性諸氏の腕っぷしが試されます。 頭領を降りたアキラは、早くも死相が出…
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