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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第一部 新しい王の誕生(前編)六章 魔国での戦い
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109話 黒獅子天子(アスター視点)

 ユゼフの咆哮により、戦いの火蓋は切られた。振り返らずとも、仲間たちが向かっていったとアスターは信じる。

 ユゼフに恐れをなした獣どもが平伏しているのは滑稽だ。アスターは、おもしろいぐらい簡単に首を叩き落としていった。ユゼフは大将である黒獅子天子と戦っている。


 民家の影に身を潜めていた別働隊も横から突撃する。これで全軍合流……とはいっても、五十にも満たないのだが。

 予定になかったユゼフの咆哮のおかげで、相当数の獅子を討ち取ることができた。


 ──もしかしたら、このままイケるんじゃないか?


 などと、甘い考えを抱きそうになる。だが、優勢なのは最初だけだ。


「斬りつけろ! それから突け!」


 アスターは稽古の時のように声を荒らげた。

 返事は返ってこない。

 聖なる水をまとった剣は、切りつけるだけでもダメージを与え、(ひる)ませることができる。レーベのヒュドル※の効果だ。討たなくとも攻撃で身を守りつつ、連中を移動させればいい。

 

 アスターは飛びかかってきた獅子の脳天を一突きしてから、気づいた。聴力を完全に奪われている。


「耳がまだ戻らん……」


 ユゼフの咆哮は突然だったため、耳を塞ぐ余裕がなかった。

 戦いにおいて音は重要なファクターだ。音を奪われれば、それだけ不利になる。


「一人あたり一頭がノルマだからな!」


 聞こえていなかろうが、アスターは怒鳴った。

 とりあえず、作戦では一割を倒せばいい。こちらの人数が四十七人だから、二人で一頭倒せば充分間に合う。最大の目的は誘導だ。

 

 無駄口を叩いている間もアスターは目で獣たちの動きを追い、剣を振った。伏せの姿勢だった獣たちは次第に動き出し、次から次へと襲いかかってくる。


「ユゼフ! まだか!?」


 ユゼフの姿はアスターの視界の外にある。獅子どもの動きを目で追わねばならず、首を動かして探すことはできない。

 デカブツ、アルシアが肩を噛まれ、振り回されていた。アスターは走り寄り、援護する。相手の黒獅子を背後から二突き。心臓を仕留める。返り血を思いっきり浴びた。

 その時、頭上からユゼフの声が降ってきた。

 見上げれば、黒獅子天子がユゼフを羽交い締めにして、城の方へ飛んでいくではないか!

 ……と、気を取られた隙に、その他大勢のうちの一頭がアスターに(おど)りかかってきた。

 

 ザシュッ……


 無意識下で眼前の首を切り落とす。すぐさまアスターは激戦区を走り抜け、丘を駆け上がった。

 上空のユゼフはうなだれている。


 ──クソっ! ユゼフがいなくては、作戦どおりにいかぬ。何とか連れ戻さねば


 しかし、空の上ではどうすることもできない。

 絶望的な状況下、うなだれていたユゼフが突如、後ろに頭突きした。

 黒獅子天子の顎に頭突きが直撃! 怯んだ隙に肘打ちを食らわす。両腕の(かせ)が外され、ユゼフは上空に放り出された。


 ──よし! よくやった!!


 丘の上では、魔法の盾に弾き飛ばされた火の玉があちこちで乾いた草を燃え上がらせている。アスターは火の中を走り、落下するユゼフを受け止めようとした。


「あちっ! あちあちっ!」


 多少の火傷は我慢するしかないだろう……

 が、間に合わなかった。ユゼフは地面に叩きつけられ、火の中をゴロゴロ転がり落ちる。普通の人間だったら、まず助からない。


 アスターは大急ぎで火の丘と化した傾斜を下った。(のぼ)るより、下りるほうが難しい。ともすれば、滑って火の中へ突っ込んでいきそうになる。

 麓まで転げ落ちて、ユゼフはようやく身を起こした。そこで、丘を滑るように走っていたアスターと目が合う。


 アスターは安堵……より、ユゼフの体の心配をした。一方、頬を緩ませるユゼフ──


 とたんに、アスターの視界は黒い塊に遮られた。目の前に黒獅子天子が降り立ったのである。ユゼフが見えない。

 黒獅子天子はアスターとユゼフの間に着地した。アスターには背を向け、ユゼフのほうを向いている。


「なぜ逃げるのだ? 本来の己れに戻りたくないのか?」


 魔人は襲いかからず、問いかけた。アスターはこの醜い化け物を嫌悪した。


 ──ユゼフを化け物の王へ捧げるつもりか


 化け物は黒い剣を振り上げた。


「抵抗するのであれば、致し方ない。腕を一本使えなくしてやろう」

「待て!!」


 アスターは中断させた。すばやく魔人の横を通り過ぎ、ユゼフに駆け寄る。


「化け物め! 貴様の相手はこの私だ! ユゼフ、おまえは急いで皆のもとへ戻れ!」

 

 アスターはユゼフの腕をつかみ、立ち上がらせた。


「走れるか?」


 上空から落とされ、火の丘を転がった者に言う言葉ではない。

 それでも、ユゼフはウンと首を縦に振った。闘志あふれる瞳をアスターは信じることにした。


「よし! では行け! 振り返るな!」


 ユゼフはアスターに従い、湖のほうへ猛烈な速度で走り出した。


 ──地面に叩きつけられたはずだが……んなことはどーでもいい


 今は、目の前の化け物を何とかしなければいけない。


「たかが人間風情が我に戦いを挑むか? 余程の怖いもの知らずらしい」


 黒獅子天子は落ち着き払っている。


「あいにく、魔力だとか霊力だとか、神秘的な力とはいっさい縁がなくてね……貴様から、なんも感じんのだよ」

「ふふっ、愚かな」


 黒獅子天子は鼻で笑い、ふわり飛び上がってアスターに斬りかかった。それをアスターは片手で受ける。


「愚かかどうかは、戦って確かめればいい!」


 打ち合いが始まった。剣撃の音は絶え間なく鳴り響き、バチバチ火花が飛び散る。

 黒獅子天子の刃をアスターは、すべて受け続けた。


「なるほど。人間にしては、なかなか素早いではないか。だが、おまえたちはすぐに疲労する。いつまで持つだろうか?」


 黒獅子天子の言葉にアスターは剣で答えた。

 中段から突いてきたので、下から払いのけ、そのままガラ空きの右肩を突き刺す。


 ──手応えっ!


 黒獅子天子はけたたましい悲鳴を上げた。その間にアスターは刺した剣を動かし、横へ押し切った。


 天子の右腕はブラリ、脇の皮にぶら下がる。


「剣の稽古はおしまいだ。哀れなケダモノよ」


 アスターは自由になった剣を構え直そうとした。ほんの一瞬の隙……

 次の瞬間、獣は剣を捨てアスターに向かってきた。


 その姿は獅子そのもので、先ほどまで二足歩行で剣を操っていたとは思えなかった。黒獅子天子は段違いのスピードと怪力を使ってアスターを捕らえた。アスターの肩に獅子の鋭い牙が食い込んでいく。

 これまでは戯れ。獣は本来の力を使わず、剣技を純粋に楽しんでいただけであった。

 この状況でアスターが冷静でいられるのは死を恐れぬからもあるが、元来の性質だろう。


 ──やはり、獣は獣。敵の懐に自ら飛び込むとは……


 アスターは腰から短剣を抜き、獣の背中に突き刺した。


「ギィヤヤアアアアアアアア!!!」


 せっかく治った耳を爆音がつんざく。

 獣が叫び声を上げるために口を肩から放したので、アスターは刃を抜きながら逃れた。そして、速やかに獣の胸を貫いた。

 鮮やかに、舞うように……我ながら完璧な動き。

 

 黒獅子天子が足元にくずおれると、アスターはおもむろに立ち上がった。


「誰がただの人間だと?」


 瀕死の化け物を見下ろす。


「ただの人間ではない。ここにいるのはダリアン・アスターだ」


 

 戦地が、にわかに騒がしくなってきた。

 湖から泥飛沫(どろしぶき)を上げながら、敵軍へ突撃する巨大蟹の姿が見える。蟹は一匹ではなく、湖から続々と上がってくる。蟹の王とそのしもべたちだ。ギラリ光るハサミを振り上げ、黒獅子たちを切り刻んでいった。

 

 周囲は泥と血しぶきの霧に覆われ、ぼやける。アスターは目をこすった。

 湖まで獅子たちを誘導し幻獣カルキノスに襲わせる。

 昨晩、ユゼフは村の外にいたカルキノスとそのしもべを湖まで移動させていた。ワーム(芋虫の魔獣)で水の攻撃をさせるのもいいが、まえの対戦時とは違う戦法を使ってみようと、アスターが提案したのである。

 対するバルバソフは、ワームで応戦すべきだと言い張った。


 が、用意した魔瓶が無駄になっても、戦法を変えたほうがいいとユゼフとアスターの意見が一致したため、この案が採用されることになったのだ。


「ユゼフ、やったな!」


 つぶやくや否や、力が抜けていく。アスターは膝を地面につき、バタリと倒れた。




※ヒュドル……聖なる水の魔法

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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる設定集

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― 新着の感想 ―
[良い点] 「ただの人間ではない。ここにいるのはダリアン・アスターだ」 ……引用失礼します。 アスターさん、かっこいいですね! いつもの態度が、口だけでない事が伝わってくる回でした。
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