11話 勘違い
エリザが起きて、次にディアナが起きた。軽く身支度を整えた後、ユゼフたちは家族の居間へと向かう。
宿泊させてもらった村長宅は大家族だ。長男家族も同居しているから、三十人くらいいる。巨大なテーブルを三つ並べ、皆で食事した。
子供たちが駆け回り、奇声を上げるなか、大人はおしゃべりに夢中だった。客人はめずらしくもないのだろう。会話はエリザに任せ、ユゼフとディアナは黙々と食べた。
朝ご飯は硬いパン。それをスープに浸して食べる。ディアナが文句を言わずに食べてくれるのは、ありがたかった。ただ、腹が減っているだけなのだろうが……
身支度も早々にユゼフたちは村長の家を出た。馬を二頭借り、ユゼフとディアナは相乗りする。エリザの配慮で、ディアナには乗馬に適した下履きを履かせた。エリザが村長宅に預けていた荷物から、引っ張り出したものだ。
何から何まで世話になっている。後々、置き去りにすることを考えると、心が痛んだ。
向かったのはナフトという巨大都市である。村からは馬で二日かかった。途中、魔法使いの道沿いにある宿屋で休み、三日目にようやく到着した。
シーバートと落ち合う予定の廃城はソラン山脈にある。
岩の多い山道は、馬よりラバが移動に適している。ナフトでラバを買って移動するほうが効率的だと思った。幌馬車の中にあった宝飾品を少しくすねたから、旅費は当分なんとかなる。
ナフトは多くの人で賑わっていた。
町の規模としてはかなり大きいほうだ。モズは魔法使いの国なので、魔術書や魔道具などを仕入れに国外から大勢の商人が集まってくる。製造業がいまいち活発ではないため、外国との交易によって資金を得ていた。
こういった交易都市では様々な言語が飛び交い、活気に溢れている。肉や魚を焼く匂い、大声で呼び込みをする八百屋の女主人、笑い声や酔っぱらいのケンカ……庶民の生活を垣間見ることができた。
主国(鳥の王国)ほど差別が激しくないから、さまざまな髪の色をした亜人の姿も見える。尖った耳や獣耳も、ちらほら。
ユゼフは子供のころのことを思い出した。
髪が青いだけで口汚く罵られるのは当たり前だった。唾を吐かれたり、生ゴミを投げつけられるのも日常茶飯事。それでも力一杯声を張り上げ、魚を売り歩いた。
今では大声を出すなど、悪夢にうなされた時ぐらいだ。
にぎやかな町は、ユゼフが育った王都スイマーに似ている。
飲んだくれの義父は外に女を作り、病気がちの母を置いて家にいないことがほとんどだった。それなのに、なぜだろう。母と妹たちのいる家は暖かく、いつでも柔らかな愛情に包まれていた。
ユゼフが魚を売り、妹二人が分担して家事をする。ケンカしても互いを思いやり、励まし支え合ってきた。
一方、髪を黒く染め、ヴァルタン邸で生活するようになってからは温かみや安らぎを感じることが、まったくなくなった。あるのは義務と誇りだけだ……
人が多いため、ユゼフはディアナの腕をつかんだ。
「ダイ、離れるな」
エリザの前では兄妹という設定だ。
ディアナはフードで金髪と顔を隠していたが、長い睫毛に縁取られた深緑の目は隠しようがなかった。
くわえて、女なのに騎士のような格好をしているエリザは、やはり人目を引く。
──別れるべきだったか
朝早く、エリザが寝ているうちに出ることも考えた。ユゼフの肩にもたれ掛かり、熟睡するディアナの存在がなければ、実行していたかもしれない。肩の上からスヤスヤと、かわいらしい寝息が聞こえてくるのに、起こせるわけがなかった。
「わかってるよ」
エリザがニヤつきながら言った。
「アンタたちは兄妹なんかじゃない。駆け落ちだろう?」
「……え?」
「気持ちはわかるよ? アタシも勝手に結婚相手を決められたんだ。相手はジジイだよ。だから、家出してやったのさ」
エリザはふぅーっと溜め息を吐いて、打ち明けた。
「想像してもみろよ? 三十も年の離れたジジイだ……会うまでちょっと期待してたんだけど……アンタみたいな王子様を想像してね……そ、れ、が、頭の禿げ上がった息の臭い染みだらけのジジイだったんだからさ?」
ユゼフは苦笑いした。
「アタシも、じつはそこそこお嬢様なんだ。だから、わかる。年頃になれば、勝手に親が縁談をまとめやがる。アンタらもそうなんだろ? 良家の坊っちゃんとお嬢様が結婚を反対されて、逃げてきたんだろう?」
──傍目からは、そんなふうに見えるのか
ユゼフが反応に困っていると、
「ちがうわ!」
ディアナがキッとエリザをにらみつけた。
「ああ、悪ぃ悪ぃ。アタシもこう見えて女だから、うらやましいんだよ。『あなたを守ります』なーんて、言われてみたいし」
「そんなこと、言った覚えはないが……」
エリザは昨晩、起きていたのかもしれなかった。
会話を聞かれていたとしても、誤解されているほうが都合はいい。だが、怒ったディアナはユゼフの腕を振りほどいて、先に走り出してしまった。
「待って! 待ちなさい!」
慌てて追いかけたが、時すでに遅しだった。
バン! という音のあと、ディアナは人にぶつかり尻餅をついた。フードがハラリと落ちて、金の髪が顕になる。
「痛ってぇな! ガキか、女か?」
振り返った男の顔には見覚えがあった。熊のような……
「バルバソフ、早く来い! こっちだ」
少し離れた所から、聞き覚えのある男の声がした。張りのある若い男の声だ。聞いたのはつい先日──
ユゼフの脳裏に赤い飛沫がほとばしる。裏切り者のベイル……兄ダニエルの生首……慰み者にされたミリヤ──この声は……こいつらは……
盗賊だ。