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ドーナツ穴から虫食い穴を通って魔人はやってくる  作者: 黄札
第一部 新しい王の誕生(前編)六章 魔国での戦い
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93話 指導

 まず話し始めたのはファロフだった。

 ファロフはモズの出身。幼いころ、緑色の髪と尖った耳のせいで酷いイジメにあった。

 両親は町で魔術書などを扱う本屋を経営している。思春期になりファロフが不良と付き合うようになると、家族関係はたちまち悪化した。やがて、窃盗で自警団に捕まったことをきっかけに勘当され、不良の仲間と賊に入った。

 

 二人目、アルシアはカワウの出身。行商人の息子。騎士に憧れ、十五で軍に入ったが、ソラン山脈の戦いでグリンデルからの援軍、機械兵士(オートマトン)との戦いを経験する。

 地獄そのものの戦場は、アルシアを絶望させ、軍から逃亡させるに至らしめた。


 最後、ダーラは狐の耳と尻尾を持つ亜人だ。同じ特徴を持つ母親と二人、魔法使いの森で狩りをしながら獣の生活をしていた。

 転機は十三、四のころだった。森でいつものように狩りをしていたところ、兵士に襲われた。

 カワウか鳥の王国兵士、どちらかはわからない。母親は殺され、ダーラもケガを負った。森をさ迷ううち、盗賊のアジトを見つけ、そのまま仲間になったという。


 

 三人とも話し始めたとたん、堰を切って言葉が溢れ出た。

 それぞれに物語があり、一人一人が盗賊でも兵士でもない。生身の人間だと実感する。アスターはじっと耳を傾け、話を聞いていた。

 本題に入ったのは、すべての話が尽きてからだった。


「黒獅子との戦いの時、何が怖かった?」


 アスターの問いに、三人は答えられず下を向いた。

 

「アンデッドとは勇敢に戦えたのに何が違う?」


 和やかな空気から一変して、重々しくなる。(あやま)ちを責められるのは、誰だっていい気持ちがしないものだ。

 最初に口を開いたのはアルシアだった。


「邪悪さが違う。強さも桁違いだ。火の玉をすごい速さで飛ばしてくる。あれの群れに入ったら……並の人間であれば、火だるまか、全身食いちぎられるかのどちらかだ」

 

 言い終えると、ユゼフをチラリと見た。


「おいらは足がすくんで動けなかった。自分とまるで違うってことが、わかったからだ」

「化け物の群れの中に行けるのは、同じ化け物だけだぜ」


 ダーラの言葉を継いでファロフが言う。アスターは腕組みをしている。


「でも、ラセルタとアラムは行ったぞ?……ユゼフ、二人は何頭倒した?」

「ラセルタは二頭、アラムは一頭」

「全部で二十頭ぐらいだったそうだな? ユゼフ、おまえは何頭倒した?」

「四頭だ」

「なるほど。おまえら、足し算と引き算くらいは、できるよな? 全部で七頭倒したから、残りは十三頭。おまえらが戦いに参加した場合、一人あたり二頭倒せば半分倒せる」


 ユゼフは補足した。


「ぬかるみに足を取られて、動けない獣も何頭かいた。あと、火の玉の攻撃は水の攻撃で封じていた」

「うむ。それに奴等は戦いを途中で放棄した。おまえらが戦っても命を落とすことには、ならなかっただろう。むしろ、動けないでいたほうが危険だった。戦場で動かないのは自殺行為だぞ? 命が惜しいなら逃げたほうがマシだ」

「オレは逃げるような臆病者と違う」


 ファロフがアルシアを一瞥(いちべつ)する。軍から逃亡したアルシアを意識しての発言だ。

 アルシアは顔を赤くして反論した。


「なんだと? テメェはオートマトンと戦ったことがねぇから、そんなことが言えるんだ。黒焦げの死体が山と積まれたあの戦場を見てねぇから!……かろうじて息をしている者は、奴等のグラディウスで滅多刺しにされる。鋼鉄をまとった体に剣は通用しねぇ。戦っても、ただ殺されるだけなんだよ……」


 アスターはアルシアを手で制した。


「逃げるのが戦略的に正しい場合もある。まったく勝ち目のない時は逃げてもいい。無駄死にを薦めはしない。だが、今回は違う。相手は確かに強かったが、ユゼフはおまえたちでも戦える状態にしていた」


 ひと呼吸入れ、一気に畳み掛ける。


「おまえたちが戦えばアラムは死なずに済んだ。アラムは操縦士だぞ? 本来は後ろで控えさせておきたい貴重な人材だ。気球の操縦士が足りなくなったら、おまえら、どうやって帰る? 戦わなかったことで、結局自分たちの首を絞めることになるのだ」


 後悔か、悔しさからか、三人はうつむいている。唇を噛んでいたファロフが言った。


「……悪かったとは思ってる。けど、そん時は落ち着いて考えられなかった。アラムとラセルタはイカれてるし、ユゼフは化け物で特別だと思った」

「たしかに、責任の所在はおまえたちにない。ユゼフに対する信頼が足りなかったために、おまえたちは動けなかった。責任はユゼフにある」

 

 アスターはユゼフを鋭く見据えた。突然責められ、ユゼフは戸惑う。


「ユゼフよ、なんか言え」

「……」

「おまえが悪い」

「そんなことは、わかってる」


 指導の仕方を教わるつもりが、ユゼフが指導されている。

 アスターは口調を和らげた。


「どうして、信頼関係を築けなかったと思う?」

「……会話が足りなかった、とか?」

「今みたいに互いのことを話すのは悪いことではないが、そのことではない」

「三人が恐怖感を抱いていることに気づけなかった」


 アスターは首を横に振る。


「違うな」

「……わからない」


 ユゼフはどもりそうになって、言い換えた。口答えは悪手だから、それで良かった。

 アスターはアルシア、ファロフ、ダーラに向き直る。


「おまえたちはもう、自分の天幕に戻っていい。あとは自分でよく考えろ。おまえたちが臆病者でないことは、わかっている。ユゼフが未熟だから、不安になるのもわかる。だが、今回の件でわかったろう? ユゼフはおまえたちの命を軽んじてはいない。だから、次からは「戦え」という命令に従うんだ。いいな?」


 三人は素直にうなずき、天幕をあとにした。三人が消えてから、ユゼフは尋ねた。


「いいのか? 帰して」

「大丈夫だ。これで戦えないようだったら、救いようがない。生き延びられないだろう」

「教えてくれ。どうやって信頼させればいい?」

「それは自分で考えろ。私があれやこれや言っても、耳から耳へ抜けるだけだ。自分で答えを出せ」


 アスターは冷たくいい放った。さっきは穏やかにあの三人の話を聞いていたのに……


 ──この人、俺には厳しいな


 なぜ、態度を変えるのかと苛立(いらだ)つ。ユゼフは立ち上がった。


「じゃあ、俺も自分の天幕に戻る。ご指導感謝する」

「おい待て。誰が帰っていいと言った?」

「まだ何か?」

「私のやり方をちゃんと見ていたか?」

 

 アスターは急に声のトーンを落とした。何か言いたげだ。ユゼフは一呼吸置いてから答えた。


「ええ……まあ。普通に怒って、あの三人に怒鳴り散らすと思っていたけど……予想外だった」

「おまえの立場でその場にいたら、ぶちギレて殴り飛ばしていたと思うがな? 当事者でない分、冷静にはなれる」


 アスターは笑った。


「自信を無くしているだろうから、まず、できそうなことからさせる。弱い敵との戦いを積み重ねて、自尊心を取り戻させる。その際、良かったところはしっかり褒めてやる……恐れの原因を聞き出すには、心を開かせる必要がある。それで、身の上話をさせたのだ。心に溜まった(おり)を吐き出させることで楽になり、本音を聞けるようになった。叱責は最後に少しだけでいい」


 ──なるほど……この人は気分屋のようにも見えるけど、ちゃんと考えて動いているんだな


「ユゼフ、おまえにはプライドってものがないのか? 素直に何でも聞いてきやがる。未熟なところを隠さずに、ちゃんと聞けるところはエラいぞ!」

「……褒めてんの? それ」

「ああ、褒めてる」


 アスターの厳つい顔が綻び、ユゼフの気も緩んだ。


「……アスターさん、あの……」

「なんだ?」

「あの……まえに息子さんのことを……亡くなってるとは知らなくて……ごめん」

「……気にしてない」

 

 その話はしたくないらしく、アスターは目をそらした。せっかく打ち解けられそうだったのに、気まずい雰囲気になり、ユゼフは余計なことを言ったと後悔した。

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