91話 イアンからの手紙
ラセルタが持ってきたその文には、薔薇の紋が押されてあった。
届けたのはダモンで、用が済むとすぐに飛び立ったとのこと。
封を開け、真っ先にユゼフが読んだ。
「親愛なるユゼフ・ヴァルタン……我が心の拠り所、ダモンを返してくれたことに感謝する。そして、細やかな気遣いをありがとう……」
手紙は丁寧な謝辞から始まっていた。
その後は、久しぶりにユゼフと言葉を交わせられて嬉しく思うこと、このような辺鄙な場所でケガや病にかかっていないか、心配をしていると続く。
細く繊細な字で慇懃に書き連ねてあった。文章の大半はユゼフを思いやるような言葉で埋まっており、最後だけそれまでの文調とは打って変わって一言、
「使者を迎え入れる件、了承した。明朝九時、城の前に足を運んでいただけると幸いだ」
と、事務的に書かれてあった。最後は、
「この再会がお互いにとって良き結果にならんことを願っている。君の従兄弟イアン・ローズより」
そう締めくくられていた。
ユゼフは素早く目を通すと、手紙をバルバソフに渡した。
別に驚きはしない。以前にも、イアンからこのような手紙をもらったことがある。
出会ったばかりで大ケガをさせられた時、虫を食べさせられて病になった時もだ……
文章のなかのイアンは、普段とは正反対に品行方正で優しく、謙虚で思いやり深かった。
バルバソフはユゼフから渡された手紙の端を摘まみ、馬糞を転がす糞転がしを見るような目で読んだ。
「この女が書いたみたいな華奢な字は、プッツン野郎が書いたものに間違いねぇか?」
読み終えたバルバソフは、手紙をアスターに渡しながら聞いた。
「ああ、イアンの字だ」
ユゼフは答える。
「文の雰囲気が、話に聞いていたプッツンとは違ぇな?」
「ああ、文は過度に礼儀正しく書くんだ。なぜかは、わからないけど……」
イアンは思ったことをそのまま口に出し、感情の赴くまま、いつでも自由気ままに振る舞っていた。だから、手紙の内容がイアンの本音なのか、嘘なのかはわからなかった。
「うむ。わかった」
アスターはサッと目を通し、ユゼフに手紙を返した。
「例のライラという娘をエリザに付き添わせよう」
アスターの意見をバルバソフは受け入れた。
「アナン様と離れてしまった以外は予定通りだな?」
「だが、説得は難しいと思う」
アスターはまだ髭を触っている。
「ふん! エリザとユゼフ次第だ。おい、頑張れよ!」
バルバソフはごつい手でユゼフの背中を叩く。
──痛い
ユゼフは作り笑いで答えた。自信はそこまで持てない。
「おそらく、話は平行線をたどるだろう」
アスターは険しい顔で言った。
「文の内容、村での生活の様子から察するに……相手は自分を悪とは思っていない。周りもそう。敵対するシーマ・シャルドンが悪でイアン・ローズは正義だと思っている……ユゼフがシーマ側の人間だとわかれば、容赦しないだろう」
バルバソフは鼻で笑った。
「オレらにとっては、金を払ってくれるほうが正義だ。強いほうが、勝つほうが。こんな所に逃げ込んだバカな殿様ではなくて、シーマのほうだよ。話し合いが無理なら戦うまでだ」
アスターは手を髭から離さず、しばらく考えていたが、
「まあ、いい」
と、つぶやき、大股で天幕の出口へと向かった。出るまえにピタリ止まり、
「アルシア、ダーラ、ファロフの三人の指導をするから、そばで見ているように」
ユゼフに命じてから立ち去った。
アルシア、ダーラ、ファロフというのは黒獅子の戦いの時、動けなかった三人である。
アスターが去ったあと、ユゼフはバルバソフに尋ねた。
「ライラにまだ確認したいことがあるんだが、彼女の家に行ってもいいだろうか?」
すると、バルバソフは露骨に嫌そうな顔をした。
「なんでだ?」
「さっき友人がイアンと一緒にいると言っただろう? 彼のことをもっと聞き出したいんだ。サチが生きていれば、交渉がうまくいくかもしれない」
「……まあ、いいだろう。でも、女には手を出すなよ。あの女は俺があとで、いただくからな?」
「わかった」
ろくでもないことを考えるのは、盗賊らしい。ユゼフはこれ以上機嫌を損ねぬよう、従順に応じた。




