第一話「ヌアゴア」
東京のとある道の外れに一つの菩薩像があった。笑って佇む菩薩の右隣にはいつも一匹の猫がくつろいでいる。猫の眼前に広がるのは古びて腐りきったがらくたの山とそれをガサゴソといじくる一人の男の姿であった。
猫はそのまま男の下へと向かっていった。なにかモノをくれるかもしれないと思ったからだ。
「にゃぁぁん」
猫はまるで自分はここにいるぞと言わんばかりに声をあげた。男は猫の存在に気付いたようだった。男は猫の下へ近づいて行った。
「今時の猫にしては随分と人に懐いているようだな」
男は猫の頭を軽く撫でまわした。猫はそのまま男のされるがままにした。
「ほら、お食べ」
男はポケットから袋を取り出し猫の眼前でそれを開いた。にぼしだった。猫はおそるおそるにぼしを食べ始めた。
するとそれをそばで見ていたのか猫たちがぞろぞろと群がってきた。男はそれらの猫にもすべて分け与えてやった。
「皆食べるものがないんだろうな」
男の目には群がる猫たちがまるで乞食のように映った。皆やせ細っていて今にもくたばりそうだった。男は胸が締まる思いを感じた。
「お前らみんな俺についてこいよ」
猫たちは知らんぷりしてにぼしを食べ続けていた。
その時だった。がれきの中から一匹の大きな生物が突然顔を出した。がれきは勢いよく飛び跳ねた。猫たちはみな一目散に逃げ出していった。
「なんだい あれは」
男はまじまじとその生物を見つめた。大きさは4mくらいで顔は猪のように毛に覆われていてよく輪郭が分からない。二本足で立っていて直立のままこちらをじっと睨みつけている。今にも襲ってきそうな化け物だ。しかしなぜか化け物はその場を動かずにじっと立ち尽くしていた。男は少しずつ後ずさりをした。すると
「ヴァウッ!!」と飛び上がり。男の逃げようとした方向へそのまま着地した。
「貴様に問う!! 貴様はなにゆえこの世界を生きる?」
化け物は突然男に語りだした。男は迷わず答えた。
「探しているものがあるんだ。それを探すために生きてる」
「ほう、それはなんだ」
「俺が子供の頃使ってたハーモニカ」
「ハーモニカだと? ほう実に面白い」
化け物は笑い出した。まるで天にでも届くのではないかというほど大きな笑い声だった。
「そのハーモニカ探し、よければ手伝わせていただけないだろうか」
「え? 手伝ってくれるならありがたいけどさ」
男は猫たちが先ほどまでいたところを指さした。
「あいつらかわいそうだからさ、ここをなんとかしたいんだ」
化け物はそれを聞くと深くうなずき、そっとつぶやいた。
「ここは『ヌアゴア』にやられてしまったところだ。もうどうしようもない」
「『ヌアゴア』・・・・・・? そいつはなんだ?」
「ヌアゴアを知らないのか? 貴方はどこから来たのだ?」
「さあ? 全く覚えていないんだ。ただ気付いたらこの辺で寝てた」
「どうやら『ヌアゴア』にやられて記憶が飛んでしまっているのかもしれない。『ヌアゴア』とはこの地球で最強の生物だ。知性が高く、予想だに出来ない武器を使用する。我ら下等者は所詮奴らのペット同然なのだ」
「ふーん、なんだかよく分からないな。で、そいつがここをこんながらくたにしちまったっていうのか?」
「その通りだ。奴らにはあまり関わらないほうがいい」
「でもさ、あの猫たちを見てみろよ。」
男は向こうの菩薩像を指さした。菩薩像のとなりには最初ににぼしをもらった猫がのんびりくつろいでいた。よく見るとその周りにも何匹もの猫が菩薩の周りを取り囲んでいる。
「あの菩薩があるからきっと猫たちはここを離れないんだ。あそこの周りだけでも直したりできないかな?」
化け物はうなづいた。その時だった。上空から巨大な隕石がまっさかさまに転落した。二人は間一髪で隕石を躱した。隕石は菩薩を粉々に粉砕してしまっていた。そのそばには赤く染まった沢山の血の跡が残っていた。化け物は大きな声で叫んだ。
「ヌアゴアだーーー!!!」
男は化け物の声さす方向を睨みつけた。遥か地平線のかなたに一匹、何かがいるのが分かった。巨大に膨れ上がった頭部、その頭部を細い両手で支えながらこちらへ向けゆっくりと歩いてくる一人の生物。まるでこの世の幸せを体現したかのような満面の笑みを浮かべていた。
「あれがヌアゴアか」
男はがれきの中から攻撃に使えそうなパイプを取り出し、構えた。