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「それ、文化祭のドレス?」
昼休憩。今日は外に出る気分ではなく、教室でドレスのデザイン画を眺めていた時だ。
ふと話しかけられて、私はデザイン画から顔を上げた。
「そうです」
「ふーん」
あまり興味なさそうな声を出しながらも、デザイン画を一枚手に取る。様になる仕草を見ながら、私はにこりと笑った。
「エミリオ様も着てみますか?」
「よし、喧嘩だね? 喧嘩だよね? 言い値で買うよ」
「じゃあ、三つ編み勝負で」
「そんな君に有利すぎる勝負、するわけないでしょ」
「あら残念」
ふふ、と笑えば、エミリオ様もふっと表情を緩ませる。彼とする他愛ない会話はとても楽しい。エミリオ様もそう思ってくれているのか、教室にいるときはよく話しかけてくれた。
エミリオ・フェルナー様は、我がデータード王国の人ではない。隣国・フェルト帝国の第二王子だ。燃えるような赤い髪がとても綺麗だけど、身長のせいか「かっこいい」というよりは「可愛い」と思ってしまう。ゲーム内では、兄様のルート以外で姉様に恋するライバルキャラ。つまりは、私と同じ悪役である。
これで姉様に恋をしていたら、絶対に関わらないんだけど。高等部で転入してきて以降、姉様にまったく関わろうとしない。姉様の存在を知ってるのかどうかすら怪しいくらいだ。
その上、学年ではただ一人の同じ年。警戒を解いて話すようになるまで、それほど時間は必要なかった。
エミリオ様はデザイン画を何枚か見ながら、前の席のイスに腰掛ける。その音を聞きながら、私はまたデザイン画に視線を落とした。
「布は青なの?」
「ええ。姉様が紫にするって仰ってたから」
姉様が寒色にするというのなら、私も揃えたい。元々、青色は好きなのだ。何の問題もないだろう。
「・・・君さー。姉様中心すぎるの、どうかと思うよ」
「? そんなに姉様中心でしょうか?」
「うん。見てて引く」
「えーー」
心外だ。とても心外だ。姉様は確かに好きだけど、エミリオ様に言われるほどじゃないと思うんだけど。
唇を尖らせた私に、エミリオ様は少しだけ何かを考え込むように腕を組んだ。が、本当に少しだけで、すぐにぽんと両手を叩く。
「僕に贈らせてくれない?」
「贈るって、ドレスをですか?」
「ドレスだけじゃなくて一式。トータルでコーディネートさせてよ」
「えーーーーー」
今度はさっきよりも長い不満が零れた。本音も本音。きっと表情もすごいことになってただろう。エミリオ様は楽しそうに笑ってたけど。
だって、ドレスだけでも十分に特別なのに、トータルコーディネートと来た。全身エミリオ様の好みになれと。さすがに素直には頷けない。し、兄様の反応を見るのも怖い。
うん。やだやだ。
「却下」
「そういわず。っていうか、もう君の家には『ドレスは用意しないでください』って言ってあるし」
「え、本当ですか?」
「本当本当。ちゃんと許可もらったから、おとなしく諦めてね」
なにそれずるい! 卑怯だ! 本人より先に親を通すってどういうこと!? ねぇ!!!!!
「あ、当日はちゃんと迎えに行くから、エスコートさせてね」
「絶対いや!!!」
そんなの嫌に決まっている! 文化祭の日は、毎年兄様と姉様と一緒に行くのが恒例になっているのだ。
それをエスコートする? 全身コーディネート以上に嫌だ!!
「えー。じゃあ、君の大好きな兄様と姉様の邪魔をする気かい? 二人一緒に過ごせる最後の文化祭を?」
「う!!」
そ、そうか・・・兄様にとっては最後の文化祭・・・だ・・・
うわーーん! これはやっぱり二人だけの思い出を作っていただくべきでは!? 私があんまり傍にいすぎるのもダメなのでは!?
惜しいけど! とっても悔しいけど!!! お二人の幸せのためならば!!!!
「決まりだね」
にっこりと笑うエミリオ様に、私は心の奥底から泣きたくなった。
これで主要キャラは全員揃いました。