6 ※マリナー視点
私の名前はマリナー・デターロード。この国・デターロード国の第一王子だ。
突然だが、私には心許せる友が4人いる。オーウェン、パーシェル、ミーシャ嬢、そしてアルことアーダルベルトだ。
特にアルに関しては、親友だと思っている。次期公爵であると共に、末は宰相とさえ言われるほど、頭の切れる男だ。だが、そんなことよりも、私を王子ではなく「友人」として扱うただ一人の人物でもあることのほうが重要だ。オーウェンたちには感じる壁を、アルには一切感じない。幼い頃から共にいすぎたせいだろう。その貴重さが、彼を親友だと思わせてくれていた。
そんな男の前に。
私は今、正座させられていた。
「あの、アル・・・?」
「うるさい黙れ」
一刀両断とはまさしくこのこと。聞く耳も持たない様子のアルに、隣で同じく正座をさせられている友人二人に視線を送る。
と、オーウェンがすっとパーシェルに視線を移すから、私も釣られてパーシェルだけを注視する。パーシェルは目を大きく見開いて、激しく首を左右に振った。
「パーシェルだけに押し付けない。僕は君たち3人に正座しろ、って言ったんだよ」
「私も、ですか? 何かしましたか?」
「何か? しらばっくれるつもり? 証拠はこれだけ挙がってるんだよ!!」
ばん、とアルが私たちの前に分厚い書類の束を叩きつける。3人の前に、それぞれ一部ずつ。床に置かれたそれに視線を落とせば、表紙に「調査報告・マリナー殿下編」と書いてある。ちらりと横目にオーウェンたちの前の束を見れば、同じように「オーウェン様編」「パーシェル様編」と書いてあった。
これは見てもいい、ということだろうか。アルの様子を窺いながら、ゆっくりと書類をめくる。そこには「Case.1」という文字と日付が書かれていて、ますます意味がわからない。恐る恐る次のページをめくれば、細かい文字がいっぱい並んでいて、頭がくらりとした。
「読め」
それは私ではなく、本能的に紙の束をとじたパーシェルに向けた言葉だった。けれど、私たちに向かっても言っているのはわかっている。わかっているからこそ、読まなければならない。
深呼吸してから、ちゃんと読む態勢を整える。束の中から一枚を手にとって、視線を落とし、ゆっくりと読み始めた。
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「・・・アル。これどうやって調べたんだい?」
一ページも読み終わらないうちにでてきたのは、純粋な疑問だった。
びっしりと書かれた文字。それが伝えてくるものは、私とアリアとの接点だった。
偶然廊下で出会ったことだったり、カフェテリアでランチを共にしたり。そんなことがカウントされながら書かれていて、「有りか無しか?」といったアンケートまで載っている。細かすぎる接点もだが、アンケートが特に意味がわからない。何のためのものなのか、よりも、どうやって情報を集めたのかのほうが気になった。
「君たちのファンクラブを使わせてもらった」
「ファンクラブ!?」
そんなものあるのか!?
言葉には出さなかったけど、声をあげてしまったから、思ってることは通じたんだろう。横で深く息を吐く音がして、反射的にオーウェンを見る。
「そりゃありますよ。貴方は自分の人気を過小評価しすぎです」
「パーシェル! パーシェルは知っていたのかい!?」
「そりゃまぁ・・・」
パーシェルまで!? 知らなかったのは私だけなのか!?
「そんなことはどうでもいいんだよ! それより、ここに書いてあることのほうが今は重要なんだけど!!」
ダン、とアルが足を鳴らす音に、びくりと肩を揺らす。それは他の二人も同じことで、ぴしっと背筋を伸ばしていた。
「まずは事実かどうかを各自報告。心当たりのある者は挙手!」
言われて、体が勝手に手を上げる。アンケートはわからないけれど、事実は事実だ。アリアと会っていた心当たりならばある。
みれば、オーウェンとパーシェルも同様に右手を上げていて、それを確認したアルは満足そうににこりと笑った。
「正直でよろしい。じゃあ次。そのせいで、アリアが苛められてることを知ってる人は挙手」
「「「アリア(ちゃん)が!?」」」
アリアはアルの妹だ。溺愛・・・いや、偏愛とでも呼ぶべきかもしれない。可愛がって可愛がって、本当に目に入れかねないほどに、可愛がっている。
もちろん、私にとっても妹に等しい存在だ。実の妹もいるけれど、実の妹以上に保護欲を刺激されることが多い。私たちどころか、平均と比べても小さいからだろうか。あんなにも可愛い存在を苛められる人間がいるなんて、信じられなかった。
思わず立ち上がったのは私だけではない。オーウェンもパーシェルも、アルに詰め寄るように立ち上がっていた。
「誰が立っていいって言った?」
「今はそれどころじゃないだろう!?」
「アリアちゃんが苛められてるんですか!?」
「相手誰だよ!? 俺が今すぐ」
「す わ れ」
にっこりと笑顔。アルはあくまでも笑顔を崩さない。いつもと同じように見えてまったく違う種類の笑顔に、考えるよりも先に体が従っていた。本能ってすごい。
正座しなおした私たちを満足そうに見て、アルが言葉を紡ぐ。
「君たちに自覚がないのはわかった。でも、自覚がないからって許されることじゃない」
「・・・いや、でも、いじめたやつらが悪いのであって、俺たちは・・・」
「アリアは報復を望んでない。静かに過ごしたいだけなのに、君たちが下手に構うから・・・!!」
パーシェルの反論を一言でねじ伏せ、ぎろりと睨まれる。私としてはパーシェルに全面的に賛成なのだけど、アルの言いたいことはそうではないのだろう。
怒りは、ある。アリアを苛めるなど、到底見過ごすことは出来ない。アルのことだ。相手は把握しているだろう。それでも、私たちに文句を言ってきたということは。
「・・・わかったよ。私からはアリアに会いにいかない。それでいいかい?」
「え、いいんですか、殿下」
つまりは、そういうことなのだろう。オーウェンが驚きに目を丸くしてこちらを見てくるけれど、他家の事情に王族である私が口を出すわけにはいかなかった。
それに、何よりも。
「アリアが望まないなら仕方ないだろう・・・アルがやり返すの我慢するみたいだし、私だけ感情で動くわけには行かない」
「さすがマリナー。話が早くて助かるよ」
今までとは違う種類の笑顔を浮かべるアルに、自分の答えが間違ってないことを知る。だが、ああ、なんて。辛い選択をさせるのだろうか。
アリアは私にとっても癒しだ。小さくて可愛い彼女が、ころころと表情を変えるのを見守るのは、それだけで癒されることだったのに・・・・・・だが、彼女の安全には代えられない。私が我慢するしかないだろう。
私が決めたことで、オーウェンとパーシェルも承諾せざるを得なくなる。寂しくなるなぁ、と思いながら、私はいつになれば正座をやめていいのか、タイミングを見計らい続けた。




