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※アーダルベルト視点
舞台に上がる。相手はすでに舞台の上。
指定された位置に着いて、お互いに一礼。顔を上げて、そこでやっと相手の・・・エミリオ殿下を、真正面から見据えた。
「構えて」
騎士の声に合わせて剣を抜く。エミリオ殿下も同じように剣を抜き、まっすぐに構えた。
「はじめ!」
合図と同時に地面を蹴る。先手を取ったと思ったのに、軽々と受け止められてしまった。
それだけではない。ぶんと振り払われて、反動で投げ飛ばされる。
体は決して大きくないのに、すごい力だな。
「開始早々、一直線ですか」
「手加減なんて無用だろう!」
呆れ声には攻撃で答える。ちっ、また受け止められたか。アリアが褒めるだけはあるな。
攻めの手を休めるつもりはない。再び弾かれる前に自分で引いて、次の攻撃に移る。
ガキンと何度目かの鈍い音。くっそ、これも駄目か。
「はは。貴方らしい攻撃ですね」
「お前と親しくなった覚えはない」
「親しくなくてもわかるでしょう。貴方はアリア嬢が関わると、とても単純だから」
心当たりはあるけれど、この子供に言われるのは面白くない。力を混めて振り下ろした剣は、また簡単に受け止められてしまった。
「貴方はアリア嬢から離れるべきだ」
「お前がアリアと仲良くなるために?」
こいつの狙いがアリアなのはわかってる。そのために僕は邪魔なんだろう。
「違う。貴方とアリア嬢のためにです」
ッハ。よくもそんな戯言を。
「貴方はアリア嬢の兄だ。それ以上になる必要はないし、なってはいけない。それをわかっていないでしょう」
僕は答えない。当たり前だ。こんなこと、当たり前すぎて口に出すまでもない。
ああ、もう本当に。
――どこまでも目障りな男だ。
剣を振るう。全身全霊を混めて。目の前の男の口を閉ざさせるために。
赤い髪が地面に落ちて、口の代わりに髪を切ったのだと理解した。ちっ。外したか。
「・・・聞く耳もないのか。貴方はもう手遅れですね」
なんとでも言えばいいさ。アリアにはマリナーがいればいい。
邪魔なのはお前なのだから。
剣を構え直し、目の前の敵を睨み付ける。・・・睨み付けた、つもりだった。
「え?」
気が付けば、いたはずの緋色がいない。そして。
「っ!!」
腕と足に衝撃。続いて背中を何かに打ち付けた。衝撃に目を瞑ってしまったが、再び目を開いた時には、目前に白銀が付きつけられていて。
「そこまで! 勝者エミリオ・フェルナー!」
審判の声が響き渡る。と同時に、彼は剣を引いて鞘へと納めた。
この場にもう用はないといわんがばかりに、緋色がどんどん遠ざかる。その背中にかけたい言葉はいくらでもあったのに。
僕の体は、その場からぴくりとも動けなかった。
*****
※アリア視点
兄様が負けた。
嘘だと思った。
妥当だとも思った。
エミリオ様は強い。兄様よりも。それはわかっていた。わかっていたとも。だけど、現実に目の前に突き付けられると。
言いようのない感情が、ぐるぐると胸の中を暴れまわっているのだ。
「アリアちゃん、おいで」
「・・・・・・」
姉様が両腕を広げてくれたけど、首を振って拒絶した。だって、私は兄様じゃない。姉様が慰めるべきは兄様で、私ではないはずだ。頬が冷たい自覚もあったけど、拭おうとも思えなかった。
ボロボロと泣く私に、姉様達が困っている。わかっているけど、私だって自分の感情がわからないのだから、どうしようもない。
「うぅ・・・」
去年、兄様が負けた時はこんなに泣いただろうか。覚えてない。けど、こんなには泣いてない、と思う。
・・・そうだ。去年。兄様を負かせたのはパーシェル様だ。去年の優勝者。兄様よりも強いとわかっていた相手。だから泣かなかったのだろうか。
今年も条件は同じはずなのに。
「アリアちゃん・・・」
私を呼んだのは誰だろう。もうそれもわからない。
泣きたいのは兄様のほうなのに。
私のせいで、室内には気まずい沈黙が流れている。そこに唐突に、ドアをノックする音が響き渡った。
「っ! ・・・はい」
動いたのは、たぶんオーウェン様。私を気にしながらも、扉のほうに歩いて行った。私を隠すように姉様が扉の間に立ってくれたけど、今は感謝を告げる余裕もない。
部屋の外にいる誰かは、何かをオーウェン様に渡して去っていった。オーウェン様はそれを見て、そのままランス様に手渡した。ランス様は渡された紙を見て、
「・・・は? 愚弟が棄権?」
「え?」
呟かれた言葉の意味は、きっとその場にいる全員がわからなかった。だからこそ、ランス様はもう一度、紙に書いてあることを今度はすべて口にしてくれた。
「怪我をしたから棄権する、とある。保険医の署名付きだ」
「パーシェルが?」
「そのようです。危なげなく勝っておいて何言ってんだ、あいつ」
驚きすぎて涙も引いた。パーシェル様が棄権? 怪我? なんで?
ゲームではそんな展開なかったのに!?
「確かめてきます。ミーシャ嬢、ここは任せますね」
「ええ、わかったわ」
ぱたぱたと出ていくオーウェン様を、姉様とランス様はそのまま見送った。そんな3人の背中を見つめながら。
矢継ぎ早に起きる出来事に、私は何が起きてるのかまったく理解できなかった。




