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※マリナー視点











 この目は、剣が空を切る様をはっきりと見た。エミリオ殿下に向かうはずだった剣。エミリオ殿下はそれを振り払い、続く2撃目を躱した。それだけ。悪いことなど何もない。

 ただ、避けた軌道のその先に。アリアがいたことは、きっと気付いていなかった。あの瞬間の衝撃を、なんと言葉にすればよいのだろう。


 心臓が止まったかと思った。なのに、体は勝手に動いていた。


 かばうことはできなかったけれど、アリアは自分でちゃんと避けてくれた。避けて、避け切れなくて。その頬に赤い筋が出来たことに気付いて、だけど、まだ何が起きたのかはわかっていないのか、ぽかんとしたまま動かない。

 そんなアリアのすぐ傍に刺さったままの剣を抜いて放り捨て、小さな体を抱き上げて医務室へと駆け込んでいた。間が悪かったのか、救護医はいない。戻って来るのを待っていられず、自分で手当てをして、一息ついた今。


 むすっと頬を膨らませたアリアを前に、どうしていいかわからないでいる。



 「恥ずかしかった・・・」



 公衆の面前で断りもなく抱き上げたのだから、私が悪い。アリア曰く、止めたらしいけど・・・生憎、私には聞こえていなかった。・・・うん。私が悪い。



 「ごめん・・・でも、急いで手当てをしないといけないと思って」



 「ちょっと切れただけです。これくらい、すぐに痕も残らず治ります」



 アリアはそういうけれど、こればかりは頷けない。



 「でも、君は女性だ。万が一にでも顔に傷が残るようなことがあったら、これからに響くだろう?」



 ああ、そうだ。可愛いアリア。彼女に傷が残るなんて、考えたくもない。そう心から思ったのに。

 目の前のアリアはこれ以上ないというほど不服そうな顔をして、私を睨みつけていた。



 「な、なんだい?」



 「殿下は私の顔がお好きで?」



 「そりゃあ、好きか嫌いかと言われたら好きだよ」



 ・・・す、き。・・・あれ、好き? 私は今好きといっただろうか。あ、れ・・・?

 自分で自分が何を言っているのかわからなくなってきたのに、アリアはまだ質問を続けてくる。



 「では、私にはこの顔しか価値がないとお思いで? 顔に傷があったら、私の価値はなくなりますか?」



 「まさか! そんなことは思わない!!」



 そうだ。それは違う。そんなことは絶対にない。ありえない。

 顔に傷があろうがなかろうが、アリアはアリア。可愛いアリア。揺らぐはずもない。

 私の答えに、アリアは満足そうに頷くと、



 「そうですか。なら、こんな傷1つ程度で大騒ぎしないでもらえますか。ここは学園で、貴方は生徒会長。こんなことで取り乱さないでください」



 ぴしゃりと言い切られて、きょとりと目を丸くする。ぱちぱちと瞬きしても、目の前の少し膨れた頬の彼女の表情は変わらない。

 どうやら私は説教をされているらしい。

 そう気付いて、思わず表情が崩れていた。



 「まったく、君たち兄妹は本当に・・・」



 ああ、本当に。どうしてこんなに普通に接してくれるのか。

 私は王子で、この国の次の王で。オーウェンやパーシェルさえ遠慮した物言いをするというのに、この兄妹だけはまっすぐな言葉を向けてくれる。例えそれが怒りの言葉でも。

 私はとても、嬉しいのだ。



 「傷が残ったらどうするんだい?」



 手当てしたばかりの傷に触れながら問えば、アリアは迷うことなく答えてくれた。



 「傷があってもなくても兄様と姉様への愛は変わりませんので、問題ありません」



 想像通りと言えば想像通りの答えに、今度は噴出してしまった。



 「え、なんですか。今の笑うところでした?」



 「ごめん。あまりにもいつも通りだったものだから」



 彼女の世界はアルとミーシャ嬢を中心に回っている。わかっている。わかっていた。ああ、だけど。

 どうやら私は、それだけでは満足できないようだ。



 「傷が残ったら私のところにおいで。傷があることなんて忘れるくらい、愛してあげる」



 口にして、やっと自覚した。そうだ。愛している。私はこの子を愛しているのだ。何故今まで気付いてなかったのかわからないくらい、この言葉はすとんと胸の中に落ち着いた。

 可愛いアリア。ずっとずっと妹のように思っていて、だけど、リンラに向ける感情とは違うと不思議には思っていた。答えはこんなにも単純だったのに。


 自覚した感情を抑えきれずに、手当てしたばかりの傷口に唇を寄せる。触れるだけの口付け。すぐに離れたそれは、だけど、今まで見たことのなかったアリアを引き出してくれた。

 何が起きているのかわからない、とでもいうかのように、アリアがぽかんと私を見ている。私を見て、傷口に触れて。

 そして、一気に顔中を真っ赤に沸騰させた。



 「ぜ、ぜっったいに残しません!!!!」



 ・・・なにこれ可愛い。頬に手を当てて叫ぶ様は、今まで見たことがない姿だ。

 ああ、もう。本当に。アリアはこんなにも可愛くて、きらきらと輝いて見えるのに、どうして今まで気付かなかったのかわからない。



 「もちろん、傷がなくても大歓迎だよ」



 「からかわないでください!!」



 からかっているつもりはないけれど、真っ赤な顔のアリアをこれ以上困らせるのは気が引ける。誤魔化すように肩をすくめて笑えば、アリアはまだ何か言っていたけれど、そのどれもが私には可愛く見えた。

 ああ、アルに言わなくては。彼にとって大事な妹。私に任せてくれるかどうかわからないけれど、話さなくては始まるものも始められない。

 自覚した以上、彼女を諦めることなど考えられないのだから。



 「・・・・・・そういえば、アルがこないな」



 アリアを溺愛しているアルが、見舞いにも来ないなんて珍しい。控室にいた彼が知るには時差がある、といっても、流石にこれだけ長い時間こないとは・・・

 私の疑問に、アリアも同じことを思ったのだろう。二人で扉の方を見て、こてりと首を傾げ。



 「「・・・・・・まさか」」



 言葉が重なり、お互いの目が合う。考えていることは同じだろう。さーーーっと一気に顔色が青くなったアリアを見て、私は思わず立ち上がった。

 アルはアリアを大事にしている。それはもう、ちょっとやりすぎだと思うほどに大事に大事に守ってる。

 そんなアリアが怪我をしたと聞いて。黙っていられるはずがない。



 「アリアはここにいて。私はアルを探してくる」



 「いえ、私も一緒に! 兄様がやりすぎるなら、私がいないと止められません!」



 アリアの提案に、考えたのは1秒にも満たない間。ミーシャ嬢は試合で、こちらに来る余裕はない。ならば、



 「・・・そうだね。じゃあ一緒にきて」



 「はい!!」



 本当は私が止めれればいいのだろうけど、自信がない。ありがたくアリアの言葉に甘えることにして、二人で部屋を飛び出した。











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