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いつもの生徒会室。が、今日は姉様はいないので、私のテンションはかなり低い。なんでも兄様の手伝いのために登城しているらしく、どうして私も連れて行ってくれなかったんだ、とちょっと思ってしまった。思ってしまったけど、お二人の邪魔をするわけにはいかないし、そもそもお城の仕事は難しすぎて手伝うことさえできないから、我儘も言えない。
なのになんで殿下はこっちにいるんだろう。殿下こそお城にいるべきじゃないの? 殿下と兄様交換しない?
・・・とは激しく思うけれど、口に出してはいけないことくらいわかっている。私だって、それくらいの分別はあるのだ。・・・あるよ、ちゃんと。顔には出たかもしれないけど。それくらいは許してほしい。
ということで、殿下とパーシェル様しかいない生徒会室で、今日も私はお手伝い。あらかじめオーウェン様に指示されていた武術祭のタイムスケジュールを確認していた時、パーシェル様が話しかけてきた。
「なぁ、アリア。武術祭で勝負する、ってミーシャに聞いたんだけど、本当か?」
その言葉に、私はぱちぱちと目を瞬かせる。
姉様から、と。パーシェル様は言った。この人が知っているということは、当然兄様にも話は通っているんだろう。本当は私から話すべきなんだろうけど・・・姉様から話されているなら、私からはいいだろう。兄様の顔を見て話す勇気がない、とかそういうわけでは決してないよ。うん。・・・うん。
と、とにかく、もうバレているのなら、隠す必要もない。ただ、キリが悪かったので、行儀は悪いと思いながらも、書類から顔を上げずに返事を返した。
「本当ですよ。内容も聞いたんですか?」
「ああ。で、質問なんだけど」
行儀が悪い自覚はあったけど、パーシェル様は気にする様子もなく会話を続けてきた。なので私も姿勢を正さないまま、言葉と耳だけをパーシェル様に傾ける。
「なんです?」
「お前の代理、誰に頼んだんだ?」
「エミリオ様です」
「はああああああ!?!?」
パーシェル様の大声に、びっくりして思わず顔を上げてしまった。やっと顔を見たパーシェル様は口をあんぐりと大きく開けて、私のほうをじっと見ているけど・・・
え? そんなに驚くような話しましたっけ?
逆に私のほうが驚いて首を傾げれば、今まで黙っていた殿下も会話に交じってきた。
「何の話をしてるんだい? まさかアリアも武術祭に参加を?」
「まさか! 参加したところで、一回戦で負けますよ」
これは自信がある。絶対無理だ。例え初心者クラスだって無理なものは無理。剣を振り回すことだってできないんだから、勝てっこない。負けがわかっている勝負なんて、受けるずがなかった。
私の言葉に、殿下も「だよね」と首を捻っている。そんな殿下に、パーシェル様が補足をしてくれた。
「代理人で勝負するんだとさ。で、アリアが負けたら俺たちに近寄らない、って約束らしい」
パーシェル様の言葉に重なるように、ガタン、と何かが倒れる音がした。どうやら殿下が立ち上がった拍子に、椅子が倒れたらしい。そんなに勢いよく立ち上がらなくても、と冷静に思う私に向かい、殿下が珍しくも声を荒げてきた。
「なんでそんな約束をしたんだい!?」
・・・なんでと言われましても。
まるで怒ってるような殿下に、私は淡々と答えるしかない。
「私が勝ったら、もう絡んでこない、っていう約束なんです」
「アリア苛めてるやつがいる、ってアルが言ってただろ? あれだよ」
あれってなんだ。あれって。
そう思ったけど、殿下にはちゃんと伝わったらしい。苦虫を何匹か噛み潰したような難しい顔で、
「・・・あれか・・・」
とだけけ呟いて、黙り込んでしまった。
これで通じるんだ・・・前に絡まれたとき、兄様はいったいどんな話をされたのか、ちょっと怖くなってきたぞ。
考えるのをやめようと殿下からパーシェル様に視線を移せば、パーシェル様も同じようにこちらを向いたところだった。そして、この会話が始まってからずっと聞かれるだろな、と思っていた質問が投げかけられる。
「なんで俺に言わなかったんだ?」
・・・まぁ、そうですよね。
この学園で一番強い人は誰か、と聞かれた時。誰もが口にするだろう名前がある。それが「パーシェル・オーカー」だ。去年・一昨年と2年連続で上級トーナメントで優勝した腕は伊達ではない。普段は剣術なんて興味ない貴族令嬢たちだって、同じ答えを返せるだろう。
だが、それだけでは「パーシェル・オーカー」という人を表すには足りない。「優勝者」の名に恥じないよう、そして、将来の騎士としてすぐにでも戦えるよう。今でも鍛錬を続けて、腕を磨き続けている。それをパーシェル様が誇りとしていることを、私はちゃんと知っていた。
だからこそ、これは絶対に聞かれるとわかっていた。わかっていたからこそ、用意していた答えを口にする。
「だって絡まれてる理由の一つじゃないですか。頼めませんよ」
ゲームの中では、「アリア」にこんなイベントは発生しなかった。だから「正解」なんてわからないけど、攻略対象であるパーシェル様達を巻き込むのが「違う」ことだけはわかる。攻略対象のパーシェル様達には姉様とのイベントが発生するはずで、私にかまっている余裕なんてあるはずがないのだ。
だから、これはゲームでは起きなかったイベントだと思うのが正しい認識のはず。ならば、悪役とはいえ攻略対象ではないエミリオ様に頼むほうが安心というものだ。
・・・ということを言うわけにはいかないので、口に出すのは表面上のことだけだ。前にあの人たちが口にしたのは、殿下やオーウェン様、パーシェル様の名前だった。だからやめたのだ、と説明したら、パーシェル様は納得できなさそうに眉根を寄せた。
「あの王子だって、大して変わらないだろ」
「・・・・・・え?」
「・・・自覚なし?」
「え、ええ・・・え、本当です?」
私の反応に、パーシェル様が信じられないとでもいうかのように目を見張っている。
え、でも、だって、エミリオ様のファンクラブなんて聞いたことないし、ここはあの人の国でもない。ゲームの中の登場人物とはいえ、パーシェル様たちに比べたら問題ないと思ったのだが・・・
「この間の舞踏会でも囲まれてただろうが。思い出してみ?」
「・・・・・・あああああ・・・」
言われてみれば確かに。そういえば、たくさんの女性に囲まれていた気が・・・してきた・・・
あれ!? 早まった!? 早まったのかな!?
「で、でも、勝負するからには勝ちたいですし!」
不安を打ち払うように早口に捲し立てる。が、パーシェル様には通用しなかった。
「俺のほうが確実だろ」
・・・ですよねー。
わかってる。この学園内で、パーシェル様に勝てる人なんていない。わかってるけど。
「でも、エミリオ様なら、パーシェル様以外の人には負けないと思いますし・・・」
エミリオ様はきっと決勝まで勝ち残る。1回戦でパーシェル様と当たらない可能性が0とは言わないが、限りなく低いだろう。パーシェル様以外の人にエミリオ様が負けるとは思わないし、この話を知ったパーシェル様が、エミリオ様に勝つとも思えない。
卑怯と言わないでください。私は悪役令嬢。これくらいは可愛いものですよ、ええ!
と思うのだけど。
「え?」
「は?」
え、何その反応。パーシェル様だけじゃなくて、殿下まで口をぱかっと開けてこっちを見てる。
・・・え、本当になに?
「あ、あの・・・?」
恐る恐る声を掛けたら、二人ははっとしたように肩を震わせて、次いで、パーシェル様がバツが悪そうに視線を反らした。
「いや、ちょっと驚いた・・・」
ちょっと? ちょっとって反応でした、今の? だいぶ驚いているように見えたけど・・・
でも、それをわざわざ口にするようなことはしない。そんな暇もなく、今度は殿下が質問をぶつけてきた。
「アリアの中で、エミリオ殿下はそんなにも強い部類にいるのかい? アルに勝つくらいに?」
あーーー・・・そう、ですね。私、今そう言いましたね。
「・・・・・・兄様には内緒でお願いします」
・・・うん。これは絶対に兄様には内緒にしてもらわなくちゃいけない。トップシークレットだ。兄様に火を付けられては困る。・・・いや、困らないけど。・・・あれ、やっぱり困る? ただでさえ勝負のことを兄様に話してなくて気まずいのに、更なる火種なんて絶対にごめんだ。
私の反応を見て、本音だということがわかったんだろう。殿下もパーシェル様も意外そうな顔をしながら、
「ってことは、認めるんだ? まじで?」
なんて聞いてくるものだから。なんとなくムッとしてしまって、言うつもりのなかった言葉が零れてしまった。
「油断してたら、パーシェル様だって足元掬われると思ってます」
「・・・へーーーーー?」
そんな目で見られても怖くない。優勝に慣れてしまったパーシェル様なんて、一回こてんぱんに負ければいいんだ。
・・・とは思うけれど、流石にそこまで言う勇気はない。代わりにぷいと視線を反らして、中途半端になっていた仕事に戻ることにした。
書類を手に取る私を、2対の視線が見ていることはわかっている。わかってるけど、そちらを見る勇気は私にはない。
だから、二人がどんな目でこちらを見ていたのか。私には知る由もなかった。
気付けばブクマが1000件を突破していました。
ありがとうございます!
本年はこれが最後の更新になりますが、来年もまたよろしくお願いいたします。
 




