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ゲーム内の武術祭の立ち位置は、攻略するキャラによって変動する。兄様、殿下、パーシェル様の場合は参加必須だが、オーウェン様の場合は必須イベントには入らない。前者3人は武術祭に参加し、オーウェン様だけが参加しないので、条件が分かれているのだ。
兄様を攻略する場合、「アリア」による宣戦布告が発生する。このイベントがあることで、兄様を攻略対象とする場合の武術祭のイベントの難易度は、ゲーム内でも1・2を争う難しさだと言われていた。
「兄様に負けるような人に、兄様を預けられるものですか!」
「アリア」にそう喧嘩を売られた「ミーシャ」は、兄様に負けることは許されない。かといって、兄様は「自分より強い女性」に興味はないという設定だったので、兄様に勝つと好感度ががくんと下がる。つまり、勝つことも負けることも許されない。引き分けという際どい結果に持ち込むしかないのだが、これがとても難しいのだ。細かい数値は覚えていないけれど、パラメーターの調整にとても苦労したことだけは覚えている。
ちなみに、殿下を攻略する場合は参加が必須であり、勝ち負けは関係ない。パーシェル様を攻略する場合は「決勝で戦うこと」が条件なので、剣技のレベルをひたすら上げればクリアできる。
・・・今思うと、「引き分け」ってほんとすごい条件だよね。当時は何も思わなかったけど、「アリア」ってすごいところを突く悪役だったんだなぁ。
それに比べれば、今回の条件ははっきりしている。勝てばいいだなんてわかりやすくていい。
そして、兄様たち以外で勝ちをお願いできる人なんて、この人しかいなかった。
「というわけなんです。申し訳ないですけど、手を貸して戴けないでしょうか?」
喧嘩を買った翌日。私は当初から脳裏にあった人に、代理人をお願いしていた。
そう、エミリオ様に。
「なんで僕? 君なら手を貸したい人なんていっぱいいると思うけど」
けれど、エミリオ様にとっては寝耳に水。怪訝そうな顔で聞き返されて、隠すことでもないので素直に答える。
「兄様と姉様には頼めませんし、そもそも国や生徒会のお仕事でお忙しいところに余計な心労を増やすつもりはありません。姉様達には純粋に武術祭に挑んでほしいんです」
兄様と姉様の名前を出せば、エミリオ様はそちらに関しては何も言わなかった。代わりにますます怪訝そうな顔をして、
「それ以外にもいるだろう?」
「エミリオ様より強い人でですか? 少なくても、私は思い当たりません」
パーシェル様に事情を説明すれば騎士の家の人を紹介してもらえるかもしれないけど、その人が強いかどうかは私にはわからない。その点、エミリオ様は確実に強いことがわかっているので安心だ。
私の答えにエミリオ様はぱちりと目を丸くした。変なことを言ったつもりはないんだけど、この反応はなんだろう? 逆に私が驚いちゃうんだけど。
こてんと首を傾げたら、深く息を吐かれた。エミリオ様はがしがしと髪をかき乱しながら、じっと私を見つめてくる。
その状態のまま考え込むこと数秒。
「・・・事情が事情だし、受けてもいいけど」
紡がれた言葉に、私は盛大に食いついた。
「本当ですか!?」
「ただし! 貸しだからね。武術祭が終わったら、僕の頼みも聞いてくれる?」
「ええ、もちろん! 私だけ聞いてほしいだなんて我儘は言いません!」
わーい、やったー! エミリオ様ならパーシェル様以外には勝てるだろうし、パーシェル様があの人の代理人になることもないだろう。これで勝ったも同然だ!
考えが顔にでていたのかな。エミリオ様が困ったように笑って、だけど、何も言わずに「じゃあね」と言って立ち去っていく。
「ありがとうございます!」
その背中にまだ言っていなかったお礼を言えば、ひらりと手を振って返事とされた。
よし、これで憂いはない! 当日は純粋に兄様たちの応援に専念できる!
エミリオ様の頼みの内容を先に確認しておけばよかったと。そう後悔する日が来ることを、浮かれていたこの時の私はまだ知る由もないのだった。




