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※オーウェンの口調を修正しました(2018/10/19)
ここで少し、ゲームの話をしよう。
マリナー・デターロード殿下。17歳。
この国の第一王子で、次期国王。金髪に青い瞳。運動神経抜群で頭脳明晰。性格も温厚で、いつも穏やかな笑みを浮かべている。
また、生徒会の会長様でもある。乙女ゲームとしてよくある設定の通り、パッケージやCMで一番のスペースをとるメインキャラ。
つまりは、絵に描いたような王子様だ。
私の兄様、アーダルベルト・ミューラー様。17歳。
ミューラー公爵家の跡取り息子で、私にはたった一人の兄弟である。兄様も運動も勉強も出来る方だけど、マリナー殿下には及ばない。その代わり、剣術や馬術では殿下にだって勝ってしまう。殿下の悔しそうな顔は、きっと忘れない。
とても強くて優しい。それが私の兄様だ。ちなみに、生徒会では書記を務めている。
オーウェン・リンターント様。20歳。
リンターント子爵の次男だが、跡を継ぐのはこの方だといわれている。病弱な長男様の代わりに、ずっとリンターント子爵の補佐を行なわれているからだ。すでに領内のことで知らないことはないとさえ言われる、聡明な方だ。
大人びた・・・というか、兄様より年上だから当たり前なんだけど。とても落ち着いている人で、生徒会の副会長だ。
パーシェル・オーカー様。18歳。
騎士の家の生まれなので、地位的には平民と貴族の間の方だ。騎士の家の人だけあって、豪胆な性格の人で、なんというかとても・・・こう・・・・・・うん。いい言葉が浮かばないので思いついたことをそのまま言うけれど、とても雑な人だ。いい意味でも、悪い意味でも。
主に後輩たちから慕われる、兄貴肌?の人。それがパーシェル様だ。
ちなみに、パーシェル様は生徒会ではない。兄様たちと一緒にいることが多いから誤解されることも多いけれど、ただの一般の学生だ。たぶん殿下の護衛を兼ねているんだろうと、私は勝手に思っている。(送迎時はともかく、学内に使用人を連れてくることは校則で禁止されている)
そしてこの人を忘れてはいけない。ミーシャ・レスフォート様。16歳。
このゲームのヒロインにして、私の姉様。伯爵家の次女で、爵位に合わせた優雅さと、即決即断を行なえる強い意志の持ち主である。攻略対象の人たちは全員幼馴染で同じ学年だけど、姉様だけ学年は1つ下だ。が、生徒会の会計を勤めているため、兄様たちとは学校でも一緒にいる機会が多い。
眉目秀麗の姉様が、綺麗な顔立ちをした兄様たちといるのは、ごく自然なものに映る。この5人が揃う姿は、それはもう極楽と言っていいほどの目の保養だ。
もちろん、私の贔屓目なんかではない。姉様は女生徒からも圧倒的な人気を誇る、この学園そのもののヒロインといって過言ではない。
私の姉様はかっこいいんだ!!
・・・こほん。話がそれた。
そんな姉様が、兄様たちの学園生活最後の一年に様々なアタックを受ける、というのがこのゲームの本来の趣旨だ。
学園を卒業すれば、姉様には会えなくなる。それだけではない。兄様と婚約している姉様にとって、学園の卒業=結婚だ。姉様が卒業するにはもう1年あるけれど、会えなくなる殿下たちなんて兄様の敵ではない。
つまりは、姉様を口説くには、これが最後のチャンス。姉様を諦められず、あの手この手を尽くして姉様を口説き落としていく。
最終的にはハッピーエンドとノーマルエンド、そして複数のバッドエンドが待ち受けている。選択肢をひとつ間違えば、即バッドエンド。まぁ、婚約者を奪い取るのだから、当然といえば当然だ。
何度も何度も、バッドエンドを乗り越えて。乗り越えて、乗り越えまくって、ようやくハッピーエンドにたどり着ける。そのため、プレイヤーにはかなりの根性が要求された。
とはいえ、私もこの世界に生を受けて早14年。前世の記憶もだいぶ朧気になっていて、細かいことなんて覚えていない。
だが! だけど!!
姉様が兄様と結婚する以外のルートは認めない! そのための悪役令嬢にならなってやる!!
それがこの私。アリア・ミューラーだ!!
*****
と意気込んで、兄様たちの学園生活最後の年を迎えたわけなのだが。
おかしい。何がどうしてこうなった。
「おいしいですねぇ」
「おいしいですねぇ」
日当たりのいい中庭。頭上にはパラソル、目の前には紅茶とクッキーのティーセット。テーブルを挟んで向かいには、攻略対象の一人であるオーウェン様が座っておられて、何故か二人でのんびりとお茶を飲んでいた。
「最近の学校生活はどうですか?」
「つつがなく過ごさせていただいてます」
「楽しい?」
「はい、それはもう」
「それはよかった。あ、こっちのクッキーもお勧めです。私の領から取り寄せたものですよ」
「ありがとうございます」
会話に出てくるのは、他愛のない世間話ばかりだ。なのだが、何故私はこんなことをしているのだろう。正直自分でもよくわからない。
いや、わかっている。オーウェン様がお茶をしていたところに、私が通りかかったからだということは。でも普通、それだけで同席を勧めるだろうか。オーウェン様はこういうところがよくわからない。
現実逃避をかねて、進められたクッキーを一口食べる。あ、本当に美味しい。ハチミツの味がする。
「気に入りました?」
「はい」
顔に出てたんだろうか。素直に頷いたら、オーウェン様がにこにこ笑いながら、クッキーをお皿ごと目の前においてくれた。
「余らせても仕方ないですから。いっぱい食べてください」
「う・・・でも流石にこの量は・・・」
何せ、クッキーはお皿いっぱいに盛られているのだ。今の私は公爵令嬢。スタイルの維持は、重大事項だ。ちょっとの油断がすぐ身になるこの体が、今ばかりは憎い。
食べたい。けれど、いっぱい食べるわけにはいかない。むむむ・・・
「・・・ふは」
・・・・・・ちょっと今笑い声が聞こえました? きのせい?
「・・・オーウェン様」
様々な文句は飲み込んで、口に出したのは名前のみだ。オーウェン様は必死に笑いをこらえてるみたいだけど、肩が震えてる。まったく誤魔化せてませんよ、ねぇ。
「ごめんごめん。あまりにも反応が可愛かったから」
「私、もうそんなことで誤魔化される年齢じゃありません」
思わずジト目になってしまったけれど、仕方ない。甘いものは必須なのだ。笑われる謂れはない。
ついでに言うと、人が必死になっているのに「可愛い」とはどういうことだろう。酷い。信じられない。
つい態度が悪くなるのも仕方ないと思う。いや、ほんと。だけどオーウェン様はまだ微妙に肩を震わせながら、
「そんなこと言わないでほしいですね。私にとっては、アリアちゃんはいつまでも可愛い妹みたいなものなんですから」
どこでも兄様にくっついていた私にとって、兄様の幼馴染はすなわち全て知り合い・・・というか、幼い頃から勝手知ったる仲だ。もちろん、オーウェン様も。そういう意味で、「妹みたい」というのは間違えてはいないんだろうけれど。けれど。
「今でも『ウェン兄様』と呼んでくれていいんですよ?」
目の前には、これでもかというくらい優しく微笑むオーウェン様。伸ばされた手のひらがゆっくりと頭を撫でて往復するのを感じながらも、私の内心は穏やかではいられない。
「絶対呼びません!」
キッとオーウェン様を睨みつけて、断言する。だってそうだろう。「兄様」とは私にとってアーダルベルト様その人だけだ。同じように、「姉様」もミーシャ様ただ一人。
兄様を増やすということは。それはつまり。
姉様の旦那様への立候補へも同意義だ! 絶対に嫌だ!
順番が違うということは、自分でもわかっている。姉様が兄様以外の人に嫁ぐときは、姉様は姉様ではなくなるのだから。だから、そうなっても兄様が増えるわけではないとわかっているけれど。
私にとって姉様は姉様で、それ以外の呼び名なんてもう考えられない。だからこそ、兄様はこれ以上はいらないのだ。
姉様は兄様と結婚するのだから!!!
「紅茶とクッキー、ありがとうございました。午後の授業があるので、失礼させていただきます」
ぺこりと頭を下げて、足早に席を立つ。ちょっと露骨だったかもしれないけど、だってオーウェン様が姉様を狙い始めたのなら一大事だ。真面目に対策を考えなければ。
思考を完全に別の次元に飛ばしていた私は、オーウェン様がどんな表情をされているかなんて、気にする余裕もなかった。