22
その日から、私の生徒会室通いが再び始まった。といっても、私は正式な生徒会の役員ではない。パーシェル様と同じようなものだ。一般の生徒たちから苦情がくるかと思ったけど、一部の令嬢たちから以外は何もないらしい。
一部の令嬢。怖かったから詳しいことは聞かなかったけど、兄様の表情を見る限り聞かないで正解だったのだろう、きっと。
殿下と兄様は建国祭の準備に、姉様は文化祭の後片付けに翻弄されているので、私は自然とオーウェン様・パーシェル様と一緒にいる時間が増えた。オーウェン様は自分の領地のことに忙しい、と兄さまはおっしゃっていたけれど、どうやら生徒会室にまで仕事を持ち込んでいるらしい。詳しいことは聞かなかったけれど、時々すごく難しい顔をしているから、きっといろいろあるんだろう、うん。
そんなオーウェン様の仕事の合間に指示を聞いて、黙々とそれをこなす日々。主に書類仕事が多かったけれど、そんなに難しくはない。武術祭の日程の調整や、当日の参加者の募集・整理が主な仕事だ。うん、難しくない。
「・・・そんなに文字ばっかり見てて、頭痛くならねぇ?」
「なりませんよ」
パーシェル様が信じられない、とでも言うかのように舌を出していたけれど、全然平気だ。文字と言っても、難解な専門書を読んでいるわけではない。全然いける。
「アリアちゃんを貴方と一緒にしないでください」
「だってよぉ・・・」
「・・・まぁ、確かに少し休憩はしたほうがいいでしょう。お茶を淹れましょうか」
オーウェン様がペンを置いて立ち上がる。それを見て、パーシェル様は嬉しそうに相好を崩した。
「お。いいねぇ。お前の茶、美味いんだよな」
「アリアちゃんも。一緒に休憩しましょう。クッキーもありますよ」
「・・・はい」
書類とオーウェン様を何度か見比べて、まぁいいかと頷いた。本当は少しキリが悪いけれど、オーウェン様の淹れてくれるお茶は確かに美味しい。クッキーも美味しい。いつぞやのお茶会で身をもって体験済みの私に、逆らうだけの自制心はなかった。
私がソファに座ると、パーシェル様が隣に座った。オーウェン様は一瞬何かいいたそうな顔をしたけれど、何も言わずにクッキーを目の前においてくれる。一度生徒会室の奥に行ったのは、お湯を沸かすためだろう。私はおとなしく待つことにして、クッキーを一枚いただく。
うん、おいしい。やっぱりこれ好きだなぁ。
「なぁ、アリア。最近はクラスのやつらに苛められたりしてないか?」
「されてませんよ。休憩時間はほぼこちらにいるので、苛められる時間なんてありませんし」
そう。別に生徒会室にくらい一人でこれるのに、必ず誰かが迎えに来る。それが姉様ならまだ普通なのに、殿下や兄様が直々にくるものだから、教室はちょっとしたパニックだ。あの人たちは自分の人気をわかっていないと思う。過保護が過ぎる。
「エミリオだっけ。あいつは?」
「エミリオ様、ですか? えっと、どういう意味でしょう?」
なんでそこでエミリオ様の名前が出てくるのか分からずに首を傾げたら、パーシェル様はいたって真面目な顔で、
「苛めてこない?」
「元々苛められてませんよ。最近は全然話をする機会もないので、ちょっと寂しいくらいです」
「そっか」
私の答えに、どこか満足そうにパーシェル様が笑って、頭を撫で回しはじめる。いつもよりずっと雑なそれは、私の頭をぐらんぐらんと揺さぶった。
「わ、わ」
あまりにも強くて、手を払うことも出来ない。パーシェル様は楽しそうだけど、私はまったく楽しくない。誰でもいいから早くこの手を止めて欲しい。頭が痛くなりそうだ。
「パーシェル。やめなさい」
そんな中聞こえたオーウェン様の声は、まさしく天の助けだった。しぶしぶ、本当にしぶしぶとパーシェル様の手が離れていく。
「ありがとうございます」
お礼を言いながら、手櫛で髪を整える。オーウェン様は何も言わなかったけど、笑顔が何よりの返事だった。
かちゃりと目の前に置かれた紅茶。気を取り直してティーカップを手に取り、一口口に含む。うん、美味しい。なんだかほっとする味だ。
ご機嫌に紅茶を飲んでいたら、目の前に座ったオーウェン様の笑顔が目に入ってきた。
「貴女はおいしそうに飲んでくれるから、淹れ甲斐がありますねぇ」
「そう、ですか?」
「はい。飲みたくなったらいつでも言って下さいね」
「・・・将来の子爵様にお茶をお願いするのはちょっと」
「公爵令嬢が何をおっしゃいますか」
珍しく声を上げて笑うオーウェン様に、そういえばそうだったなぁ、と思い至った。家的には私のほうが上だけど、やっぱりオーウェン様にメイドさんたちと同じようなことは頼めない。
曖昧に笑って誤魔化せば、優しいオーウェン様は誤魔化されてくれる。気まずい空気を誤魔化すようにお茶をまた一口飲んで・・・美味しさに、ふにゃりと笑った。




