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 踊り終ってダンスホールを離れると、兄様は姉様と一緒に生徒会室の仕事だと呼び出されてしまった。その際、ちゃんとパーシェル様も連れて行ったのがなんとも兄様らしい。

 一人残る私を兄様も姉様も心配してくれたけど、私だって子供じゃない。



 「クラスの人と話してます」



 といったら、納得して仕事に向かっていかれた。ちょっとしぶしぶっぽく見えたのは、私の気のせいじゃないと嬉しいな。

 ちなみに、殿下とオーウェン様は、私たちが戻ってきたときには既に元の場所にはいなかった。お二人とも忙しい方だ。家の付き合いとか生徒会の仕事とか、なんかそういうもろもろの何かがあるんだろう。探すのが面倒だったから探さなかったわけじゃない。うん。決して。違うよ、うん。


 一人になってから、さてどうしようか、と考える。兄様たちに言ったとおり、クラスメイトのところに行ってもいいけれど、みんな意中の人とのダンスに夢中だろう。邪魔になるようなことはしたくはない。何か面白いことはないかなぁ、と広間全体を見渡して・・・女性の人だかりができている一角に気がついた。



 「・・・うわぁ・・・」



 思わずそんな声が漏れてしまったけれど、私は悪くない。だって、集団の真ん中にちらりと見えたのはエミリオ様だ。正直なところ、皆様よく話しかけられるな、と思う。

 だってエミリオ様のあの笑顔。明らかに作り物の貼り付けられた笑顔だ。兄様もたまにする笑顔だからわかる。あれは怖いやつだ。私は近寄りたくない。近寄りたくないけれど・・・ふと、彼と交わした言葉を思い出してしまった。



 『僕は変な人に囲まれないで済む』



 あの時は冗談か軽口だと思ったけれど、もしかして本当に嫌なんだろうか。確かに遠くから見ているだけでも、女性の皆様の迫力はすごい。怖いくらいのものがある。私が逆の立場なら、迷わず逃げ出していたことだろう。

 そう考えると、あそこで耐えていられるエミリオ様は本当にすごい。尊敬する。耐えるための武装があの笑顔だというのなら、仕方のないことなのだろう。けど、ずっとあれを続けれるとは思わなくて、気がつけば自然と足が彼のほうに向いていた。


 近づけば近づくほど、女性たちの迫力に押されそうになる。だからこそ、背筋は伸ばして、でも肩の力は抜いて。女性たちの壁の前にたどり着くと、深く深呼吸をして。



 「エミリオ様」



 告げたのは、それだけ。だけど、ちゃんとエミリオ様は気付いてくれたようだ。



 「失礼。パートナーが戻ってきたようですので」



 「ええ、そんな!」



 「もう少しお話させていただきたいですわ!」



 なおも食い下がる女性たちに、エミリオ様の表情から笑顔が消える。否、正確には消えそうになった。

 完全に消える前に、傍によって、表情を隠すように目の前に手を伸ばす。エミリオ様は一瞬だけ驚いた顔をしたけれど、すぐに手をとってくれた。



 「皆様、ごきげんよう」



 もはや言葉を発するのも億劫そうな彼に代わって、にこりと笑って別れを告げる。不満そうな声がいたるところから上がるけれど、無視だ無視。私はただエミリオ様に寄り添って、前だけを見て歩けばいい。

 二人で腕を組んで立ち去る間も、背中に突き刺さってくる視線が痛い。本当に痛い。早足になりながら、やってきたのは建物を出た裏庭。他にも何人か休んでいる人たちがいて、私たちも隠れるように空いているベンチに腰を下ろした。

 そこでエミリオ様は深い・・・深すぎるほどに深いため息を吐き出した。



 「大丈夫ですか?」



 大丈夫じゃないのはわかるけれど、それ以外になんと声をかければいいのかもわからない。私としては無難だと思った言葉は、やっぱりエミリオ様の勘に触ったようだ。



 「くるのが遅い」



 「ごめんなさい」



 「・・・嘘だよ。まさか戻ってきてくれるとは思わなかった」



 そういって、またため息。相当参っていたんだろう。項垂れているようにも見える姿は珍しいなんてものじゃなくて、少し驚いた。



 「困っているように見えたので」



 流石の私も「忘れてました」なんてことは言えないので、言葉を濁しながら言えば、エミリオ様は苦笑しながら、



 「全力で困ってたから助かった。これだから女の人は・・・」



 なんて忌々しそうに言うものだから。私は思わず目を瞬かせた。



 「女性は嫌いですか?」



 「集団だとね。君に話したことなかったっけ? 僕、フェルトの女性が苦手すぎて、留学って名前で逃げてきたんだよ」



 「え・・・ええええええ!?」



 なにそれ、初耳ですけど!?

 思わず声を荒げてしまったけれど、エミリオ様は気にすることもなく言葉を続ける。



 「口を開けば結婚だの婚約だのどこそこの家の娘がああでこっちの娘はこうで・・・ってうるさいったらない。もうほんと嫌気がさして、父上にお願いしたんだ」



 そういうエミリオ様は本当に嫌そうだ。言葉どころか口調も表情も、全身で嫌そう・・・というよりもうんざりしているように見える。

 まさかの理由に、私も開いた口が塞がらない。だってどこの国に「自国の女性に嫌気がさして」国を出る王子がいるというんだ。いや、今目の前のいるけれど。正直、予想外もいいところだ。



 「それは・・・留学の理由としては、斬新過ぎますね」



 「あはは。あ、ここだけの内緒にしてよ。格好悪すぎるから」



 「わかりました」



 こんな理由、仮に言いふらしたって誰も信じてくれないだろう。もちろん、言いふらすつもりはないけど。でも少しだけ、エミリオ様を身近に感じてしまって、私はふふと笑っていた。

 そしてふと気付く。



 「あれ、私はいいんですか?」



 「ん?」



 「私も女なんですが」



 女性が苦手という話を女性にする、というのはどうなのだろう。もしかして女性扱いされてないのだろうか? いや、でも今日エスコートしてもらったし、女性扱いはされているはずだよね、うん。これは一体どういう心境なんだろう?

 じーーーっと睨むようにエミリオ様を見ながら聞いたら、彼はぱちぱちと目を瞬かせた後、



 「ああ。君は・・・うん、いい。言いふらしたりしないだろうし、僕との婚約なんて興味もないだろう?」



 「欠片もありませんね」



 なるほど。そこが基準なのか。だったら私が除外されるのも頷ける。うん、問題ない。

 うんうんと私が納得している私の隣では、エミリオ様が隣で声をあげて笑っている。



 「あはははは。そうはっきり言われると、逆に気持ちがいいね。うん、でも、だから君がいい」



 君がいい? なんだろう、違和感がある言い方だ。

 でも違和感の正体がわかる前に、エミリオ様が変えた話題に私は見事に食いついてしまった。



 「で、僕と別れてから君は何してたの? 兄上のところにでもいたのかい?」



 「はい! 兄様と踊れたので、私は大満足です!!!」



 この話題転換に乗らない理由などない。やや前のめりになりながら力いっぱい頷いた私に、エミリオ様はいつもと同じように生暖かい目を向けて、ついできょろきょろと周囲を見渡した。



 「その兄様はどうしたのさ?」



 「何かトラブルがあったようで、呼ばれていってしまいました。なので、私の舞踏会はもう終わりです」



 「ふーん? じゃあ今日はもう終わるまでここにいようか。僕ももう戻る元気ない」



 そういって、ぐたーっと全身の力を抜いたエミリオ様は、なんていうか本当に珍しい。というか、仮にも一国の王子様が、こんなにも無防備になっていいんだろうか。マリナー殿下でも、ここまで気を抜いている姿は見たことがない気がする。

 様々な言葉にならない疑問を代弁するかのように目を丸くしていたら、



 「・・・内緒だよ」



 エミリオ様が口元に手を当てて、そう笑うものだから。私も釣られるように同じ仕草で指を口元に当てて、



 「はい。内緒です」



 そういって、二人でふふと笑いあった。










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