1
※誤字の修正をしました
はずなんだけど。どうしてこうなった?
「貴女、殿下の周りをちょろちょろと動き回るのをやめてくださらない?」
ここは学園の裏庭。の、木陰のベンチ。人目に触れにくいこの場所は、私のお気に入りの読書スポットだ。
そこに突如現れた女性5人組に、私はきょとんと目を丸くすることしか出来なかった。そんな私をどう思ったのか、女性たちは次々に口を開いていく。
「アーダルベルト様の妹だからって、図々しい」
「もっと淑女の嗜みをもってはいかが?」
「殿下の迷惑も考えてほしいものですわ」
えー・・・なにこれ、なんのイベントなの。こんなの知らないんだけど。
あーだこーだといろいろ口にしてくる彼女たちには悪いけど、内容がちっとも耳に入ってこない。ほんと何なのだろう、この人たち。
私が通う学園は、貴族や財閥などの子息が通う特別な学園だ。庶民も特待制度を利用すれば入れるが、圧倒的に数が違う。少数も少数、各学年に数人いるかいないかだ。
貴族向けということもあり、仕組みも少々変わっている。基本的に、8歳~17歳までの10年という長い年月を学園で過ごす。正確には、3年、3年、4年で、初等部、中等部、高等部に分かれている。
「基本的に」といったのは、入学する年齢に制限がないからだ。貴族には様々な事情がある。それらを考慮して、6歳~15歳という広い年齢で入学を許可されていた。
なので、同級生と言っても同年齢ではない。「兄様・姉様と離れたくない」と駄々をこねた私は、8歳で入学した兄を追うように、翌年に8歳になった姉様と一緒に6歳で入学した。
何故かことごとく姉様とは違うクラスになったけれど、14歳になるこの年まで、年上の同級生たちともそれなりに仲良く過ごしてきた。
はずなのだが。あれー? 本当に急になんなんだろう、えー・・・???
「あの、何のことをおっしゃってるんでしょう?」
このまま話を聞いていても、何のことかわからない自信がある。だからこそ、説明を求めてみたのだけど。
「しらばっくれるつもりですか!?」
「あれだけベタベタしておいて、白々しい!!」
・・・・・・火に油を注いだようだ。ますますヒートアップしてしまった。
あー、どうしようか、これ。私が何を言っても、泥沼化する気がするなぁ・・・
私が困っていると、不意に彼女たちがぴたりと口を閉ざした。なんだろう、と思う前に、第三者の声が私の背後から聞こえてくる。
「なんだか楽しそうだね。私も交ぜてもらえないかい?」
唐突に入ってきた人物に、彼女たちは口だけではなく動きも止めてしまったようだ。
だが、私はこの声に聞き覚えがある。無礼にならないよう、立ち上がりながらくるりと振り返って、そこにいた人物にぺこりとお辞儀をした。
「ご機嫌麗しゅう、殿下」
そこにいたのは、この国の第一王子・マリナー殿下だった。彼女たちが固まるのも無理はない。
王子だから、という理由もあるのだろうが、それ以前にマリナー殿下は見目がとても整っている。加えて、性格も成績もすばらしくよく出来た方だ。女生徒の憧れの的と言ってもいい。
そんな人が急に現れたのだから、それは固まりもするだろう。ご愁傷様。
とはいえ、私にとっては兄様の友人の一人という認識しかない。ああ、あとは、姉様の攻略対象の一人でもある。けど、姉様は兄様と結ばれるのだから、うん。兄様の友人という認識で間違いないはずだ。
「ああ。随分楽しそうだったね。何を話していたんだい?」
にっこりと笑いかけくれる殿下に、少女たちが体を強張らせたのがわかった。
だからというわけじゃないけれど。私は殿下と同じようににこりと笑った。
「殿下のお話をしてました。ご本人を前に話すのは恥ずかしいので、内容はどうかご容赦くださいな」
「私の? 悪口かい?」
「まさか。本日も殿下は麗しいという話ですわ。ねぇ、皆様?」
話を彼女たちに振れば、必死に首を縦に振る。もはや首振り人形なんじゃないか、と思うほど必死に首を縦に振った彼女たちは、
「では私たちはこれで・・・」
おほほと乾いた笑いを残して、足早に立ち去っていった。まさかのご本人登場に早々に立ち去りたい気持ちはわかるけれど、本当になんだったんだろう。私には謎しか残らなかった。
思わずため息をつけば、どうやら聞こえていたらしい。気がつけば、殿下の顔がドアップで目の前にあった。
「どうしたんだい? やっぱり苛められてた?」
「そういうわけではありません。そんなことより、離れてください」
ぐっと肩を押せば、殿下は楽しそうに笑いながら離れてくれる。その際、頭を撫でるのも忘れない。
・・・・・・あれ? さっきの人たちが言ってた「ベタベタ」ってもしかしてこれか? これか? もしかしなくてもこれか? あれ?
「眉間に皺が寄っているよ、アリア」
いいながら、殿下の綺麗な指が眉間に触れる。皺を伸ばすようにぐいぐいと伸ばされて、私は思わずその手を払っていた。
「どうぞお気遣いなく。それより・・・」
「アリア」
どうしてこんなところに? と聞こうとした私に、また違う声が聞こえてくる。
だが、この声を聞き間違えるはずがない。ぱっと目を輝かせた私は、迷うことなく声の主に飛びついた。
「兄様!」
「私もいるわよ、アリアちゃん」
「姉様!!」
両手を広げて待ってくれている姉に抱きつかない理由などあるだろうか。否、ない!
兄様の腕から離れて姉様にも抱きつけば、私が苦しくないように、だけど離さないとでもいうかのように、絶妙な力加減で抱き返される。こういうところが、本当に大好きだ。
ぎゅーと抱き合う私たちを見て、兄様が笑う。だけどそれは本当に一瞬で、すぐに殿下に向き合っていた。
「妹がお世話になったようで」
「好きでしている世話だから気にしないでくれ」
世話された覚えはないです、と言い返したいところだけど、今はそうは言えない。先ほど、女生徒たちから庇ってもらった直後だ。流石の私もそんなことは言えない。
だから、せめて早くこの場を立ち去ろうと思って。姉様に抱きついていた手を、兄様にも伸ばした。
「どうしたんだい?」
ちゃんと気付いてくれた兄様が、優しく手のひらを握ってくれる。それに安堵しながら、私は精一杯の我侭を口にした。
「せっかくお会いできたんですから、もう少し構って欲しいです」
実の兄とその婚約者とはいえ、大好きな二人を誘うのは勇気がいる。だが、紛れもない本音でもあった。
殿下から離れたいという下心もあったけれど、姉様はクラスが違うし、兄様にいたっては学年も違う。学園では滅多に会えないのだから、せっかく会えたときくらいは3人だけで過ごしたかった。
私の我侭を聞いて、二人が一瞬だけ静止する。あれ、もしかしてダメだっただろうか・・・そうだ、二人でいたんだから、デートの最中だったのかもしれない。二人の婚約を祝福している私が、仲睦まじい二人を邪魔するわけにはいかなかった。
「あ、の、やっぱりいいで・・・」
「何を言ってるの、アリアちゃん。私たちの間に遠慮なんていらないわ」
「そうだよ。午後の授業まで時間もある。折角なんだから、3人でお茶会でもしようか」
姉様と兄様から交互に告げられる言葉に、思わず目が輝いた。お話だけではなくてお茶も出来るなんて、私は最高についている!!
「では殿下、私たちはこれで。御前失礼いたします」
「午後の授業でまた」
姉様がぺこりと頭を下げるのに見習って、私も同じように頭を下げる。兄様は気軽に手を振っていたけれど、殿下は咎めることもなく、優雅に手を振り返していた。