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私と踊る殿下は、なんだかいつもにも増してぼーっとしているように見えた。疲れているのかな、と思って休むように言ったけれど、生徒会長という立場は休んではいられないものらしい。困ったように笑われてしまったので強くも言えず、微妙な空気のまま踊り終わった。
曲が終わって戻ってくると、入れ替わるように兄様と姉様がダンスホールに向かわれた。その際、
「上手だったよ」
と、兄様が笑顔で褒めて頭を撫でてくれたから、それだけで気分は最高潮。姫様たちの下に向かう殿下とは離れて、その場で兄様と姉様の踊る姿を見ることにした。
様々な人がダンスホールで踊っている。だけど、兄様と姉様の踊っている空間だけ別の世界のようだ。二人の周りにだけスポットライトが当たっているようにも見える。
兄様が手を引けば姉様のドレスが翻り、楽しそうにステップを踏む姉様を支えるように兄様が体を寄せる。ああ、まるで映画を見ているようだ。本当に、本当に、言葉に出来ないくらいに、素敵!!!!!
必死にお二人を見ていたら、あっという間に時間が過ぎていたらしい。ぽんと肩に手を置かれて、はっと我に返った。
「アリアちゃん、次は是非私と」
「・・・はい」
殿下と踊った後だ。オーウェン様の誘いを断るのも気が引けて、素直に手をとる。素直にうなずいたのが意外だったのだろうか。オーウェン様はわずかに目を見張った後、けれど、すぐに笑顔でエスコートしてくれた。
戻ってくる途中だった姉様に「素敵でした」と感想を告げて、オーウェン様に手を引かれるままダンスホールに舞い戻る。今度はまた私の番だ。兄様たちよりもずっと年上なだけあって、オーウェン様もダンスは上手い。彼にリードされて踊りながら、ふと頭に浮かんだ言葉を口にする。
「・・・・・・そうだ、慣れてる、だ」
「何がですか?」
「ダンスがです。オーウェン様、殿下よりも女性の扱いに慣れてる感じがします」
「・・・・・・その言い方は大変不本意ですが、まぁ、年上ですから」
うん、こちらも悪気があって言ったわけではない。オーウェン様の言葉に「そうですね」と頷けば、彼はぐっと詰め寄ってきた。
「それより、殿下とどんな話をしたんですか?」
「え、なんでですか?」
「好奇心です。なんだか殿下が複雑そうな表情をしてましたから」
あー・・・やっぱり誰から見てもそう見えたのか。いつもなら穏やかな笑顔で隠してしまいそうなのに、それも出来ていないなんて相当なんじゃないだろうか。
「なんだかお疲れみたいなので、早く休んではどうですか、という話をしてたんです」
「疲れてるみたい、ですか?」
「ええ。なんだかぼーっとしてるし、変なこと聞いてくるし・・・オーウェン様からも休むように言ってください」
今度は返事はない。私の言葉を聞きながら、何かを考え込むようにオーウェン様は黙り込んでしまった。
「オーウェン様?」
「・・・ひとつ、確認してもいいでしょうか?」
「? はい」
名前を呼べば、一瞬だけ間をおいて聞かれ、私は首をかしげながらも頷いた。するとオーウェン様はまっすぐに私の目を見ながら、
「貴女は殿下のことをどう思っていますか?」
なんて、先ほど聞いたのと同じような質問をするものだから。私は先ほど殿下に答えた言葉を、同じ言葉を口にした。
「兄様のお友達だと思ってます」
「そうですか・・・」
「・・・さっき、殿下も同じことを聞いて、同じような反応をしてました。そんなに変でしょうか?」
「いえ、そういうわけではありませんが・・・」
なんだかオーウェン様の歯切れが悪い。なんだろう、と思いながらじーっとオーウェン様を見ていたら、しばらくしてから苦笑が帰ってきた。
「アリアちゃんはやっぱりアーダルベルトが中心なんだな、と思っただけですよ」
「兄様大好きですから!!!」
「ええ、それはもう身にしみてわかってますよ」
じゃあなぜ今更そんなことを言うのだろう。わからないけれど、オーウェン様自身の中では話はついたようだ。どことなくスッキリした顔をしている。
これ以上の話は無用だろう。オーウェン様もそう判断したのかわからないけれど、その後は当たり障りのない会話を続けながら、私たちは踊り続けた。
オーウェン様と踊り終って戻った私を待ち受けていたのは、笑顔のパーシェル様だった。
「よーし、アリア! 次は俺と踊ろう!!」
「え、ちょ、でも、続けては・・・!」
「大丈夫大丈夫! もうみんな一通り踊り終わってるから!」
「え、え、兄様!」
ぐいっと腕を掴まれて、立ち去ったばかりのダンスホールに連れ戻される。オーウェン様は苦笑を浮かべるだけで助けてくれそうにないので兄様に助けを求めたら、兄様も肩をすくめて苦笑を浮かべながら、
「疲れてるかもしれないけど、付き合ってやって。うるさくて仕方ないんだ」
兄様にそういわれては、私に拒否権などない。引きずられるように舞い戻ったダンスホールで、今度はパーシェル様と踊ることになった。
背の高いパーシェル様と踊るのは・・・うん。楽しそうなパーシェル様には申し訳ないけれど、ちょっと辛い。パーシェル様と並ぶと私は胸ほどの高さもない。・・・正直、首が痛い。
そんな私をどう思っているのだろう。パーシェル様は私を上から見下ろして、楽しそうに笑っている。
「相変わらず小さいなぁ、お前」
「私が小さいんじゃなくて、パーシェル様が大きいんです」
「いやぁ・・・おれも普通より背が高いとは思ってるけど、お前も普通より小さいだろ」
「厭味ですか!?」
「違う違う。小さくて可愛いなぁ、って話だよ」
「厭味ですね!!」
これを厭味といわずしてなんというのか。私だってもう立派なレディと呼ばれる年齢に足を踏み入れてるのだから、小さいなんて褒め言葉になるはずがない。否、まだ幼い子供だってプライドがある。「小さい」は決して褒め言葉ではないはずだ。
大体、私は小さくない。それはクラスの人たちに比べたら小さいかもしれないけど。けど。みんな年上なのだから多少は仕方ないと思うのだ。そう、これはパーシェル様が大きいのが悪い。そういうことだ!!
思わずむっと頬を膨らませてしまったら、パーシェル様が噴出したのがわかった。くっ・・・これが舞踏会じゃなかったら、今すぐにでもこの腕を払って立ち去るのに。なんだこれ。激しく不満だ。
「あー、ほんと。お前は何歳になっても可愛いいなぁ」
「きゃあ!?」
ぎゅっと抱きしめられたかと思ったら、次の瞬間には足が地面を離れていた。両手で軽々と抱き上げられ、気付けばパーシェル様を見下ろしていた。
・・・・・・これは俗に言う「高い高い」というやつでは。え!?
「ちょ、降ろしてください!!」
「お前これ好きだったじゃん」
「何歳の頃の話をしてるんですか!? ちょ、本当に怖い怖い! 降ろしてくださいー!」
抱き上げるだけならまだしも、くるくると回られて恐怖が倍増だ。パーシェル様が手を放すわけはないとわかっている。けれど、怖いものは怖いのだ! 身長差! 考えて欲しい!!!
ぎゃーぎゃー叫ぶ私は、駄目な方向で注目を集めている。わかっている。わかっているけど、悪いのは全部パーシェル様で私は何も悪くない! むしろ誰か助けて!!
そう強く思った刹那。
「いでっ!?」
パーシェル様が呻いたかと思えば、私を支えていた腕が外れる。「え」と思う間もなく重力に従って落ちるかと思った体は、だけど、ふわりと誰かに受け止められた。
「大丈夫?」
衝撃に備えて目を瞑ってしまったけど、この声を聞けば誰かだなんてすぐにわかる。だからこそ、私は見境もなく助けてくれた人に抱きついた。
「兄様ーーー!!!」
「よしよし、怖かったね。もう大丈夫だからね」
何度も背中を撫でてくれる兄様に、私はもう全面降伏だ。パーシェル様とは全然違う。兄様優しい! 大好き!!
「・・・あー・・・アル?」
「アリアを怖がらせたんだ。当分近寄らないでね」
「え!!」
私を庇いながら告げられた言葉は、氷のように冷たい。私は内心でパーシェル様に合掌しながらも、同情だけはしなかった。自業自得だ、うん。
すとんと地面に下ろされれば、兄様と向き合う形になる。だけど、兄様は私の手を離しはしない。それどころか、
「アリア。折角だから、僕と踊ろうか」
「え、いいんですか!?」
「もちろん。君が嫌じゃなければ」
「そんな! 嬉しいです!!」
こんなお誘いを断るわけがない。全力で頷いたら、兄様が晴れやかに笑ってくれた。それを見て、私ももっと嬉しくなる。
二人で踊り始めれば、そこはもう別空間だ。私はもう兄様しか見えないし、兄様の瞳にも私しか映っていない。こんな贅沢、きっと他にはないだろう。
呆然と立っているパーシェル様は・・・うん。ちょっとそこで反省してください。




