16 ※エミリオ視点
2018/12/10 誤字を修正しました。
2019/02/25 誤字を修正しました。
※エミリオ視点
彼女・・・アリア・ミューラーを初めて見たときの衝撃は、言葉にはできない。金色に輝くふわふわの髪に、エメラルドを思わせる大きな瞳。珍しいものではない。だけど、まるで奇跡のように。僕は彼女から目を離せなかった。
隣国の王子、という立場だからだろうか。最初は警戒されていたけれど、めげずに話しかけ続けたらすぐに仲良くなれた。貴族令嬢、それも公爵家の令嬢だというのに、ころころと表情が変わるし、それを隠そうともしない。見ているだけでも飽きない彼女に、特別がいると気づいたのは、出会ってすぐのころだった。
彼女はいつも、兄と義姉を優先する。大好きだという二人のために、全力で「大好き」を表現する。
あの強い目が僕に向けられたなら・・・
そう思うようになったのは、どれくらい前だっただろう。きっかけくらいにはなるだろうか、と思って贈ったドレス。アリア嬢は不本意そうだったけど、とてもとても似合っていた。金色に輝く髪は太陽みたいで、向日葵みたいだと思ったオレンジのドレスに良く映える。アクセサリーも靴も、今夜彼女が纏うすべては僕が贈ったもの。実感を伴ってこみ上げてくる感情に、緩みそうになる表情を引き締めるので精一杯だった。
「お嬢様、私と一曲踊ってくださいませんか?」
とはいえ、それもこの台詞を告げるまで。踊り始めてからは、もはや天にも昇る気持ちだった。
宝石のような瞳に僕が映ってる。僕だけを映して、僕に身を委ねて。嬉しくて、嬉しくて、たぶん、感情を隠せてなんていなかった。表情が緩みまくっていた自覚があった。
でも。
だけど。
アリア嬢も、楽しそうに笑っていてくれたから。きっと、感情を出してもよかったんだ。
「私と踊るの、楽しいですか?」
鈴のなる声、とは彼女のような声をいうんだろうな。アリア嬢を兄やマリナー殿下たちの集まりから連れ出して踊り始めた二曲目。紡がれた質問にとっさに答えを出せずにいると、
「表情。見たことない顔してます」
「君と踊れて嬉しいからね。仕方ないでしょ」
今度は勝手に口が答えていたけど・・・うん。仕方ない。まさか2曲踊れるとは思ってなかったし。嬉しい誤算すぎて、ついにやけてしまってる自覚はある。
「私より綺麗な人いっぱいいるのに」
ここで、「君が一番綺麗」とでも言えればいいんだろうけど、生憎僕はそんなことは言えない。僕にとっては一番でも、彼女にとってはそうではない。アリア嬢にとっての一番はミーシャ嬢だ。彼女の中の一番と、彼女自身を争わせるようなことは言いたくなかった。
だから口にするのは違う言葉。
「君がいいんだ。君はもっと自信を持ったほうがいい」
「・・・人の好みはそれぞれ、っていいますもんねぇ」
「それ、僕に対して失礼だからね?」
わかっていってるのかいないのか。なんでこう捻くれた捕らえ方をするのかなぁ。あの兄上殿はどういう教育をしたんだろう、本当に。
「君は今、この場の誰よりも視線を集める立場だよ。わかってる?」
贔屓目なんかじゃない。彼女は間違いなく、この場の誰よりも美しい。現に、僕たちを見る目は無数にある。
ドレス選びを失敗したかもしれない。今までの子供向けのような可愛いドレスとは、違う姿が見たくて。少し大人向けのものを用意したのが、悪い方向に向いている気がする。
間違いなく似合ってはいる。可愛い。だけど、注目を浴びている。同学年や上の年齢の人たちにとって、アリア嬢はまさしく「妹」のような存在だった。おそらく、彼女の兄上殿がそう仕向けた。
元々、身長は同年代の令嬢と比べても低いほうだ。同学年の人たちにとっては、とても小さく幼く感じただろう。入学当初は6歳だったはず。その印象が、良くも悪くもずっと続いてしまった。
だからこそ、アリア嬢は自覚が足りない。妹として可愛がられることに慣れてしまって、女性扱いされることに慣れていない。
だからこそ。
みんな、彼女が年頃の公爵令嬢だということを忘れてしまうのだ。
「今日のアリア嬢は言葉にできないくらい綺麗だ。それを独り占めできるなんて、最高に決まってるでしょ?」
わざと耳元で囁くように告げれば、ぼっと耳まで真っ赤になった。・・・すごく新鮮なものをみた。なんだこれ、可愛い。
「そ、ういう、言葉は、姉様みたいな人に言ってください!」
「君の姉様に言っていいの? 口説いてる、って言わない?」
「う!!!」
「ほら。諦めて今日は僕に目いっぱい褒められてよ。可愛いアリア嬢」
彼女の扱い方は、わかればとても簡単だ。兄か姉の名前を出して、逃げ道を塞げばいい。今も自分で墓穴を掘っている彼女に、表情はずっと緩みっぱなしだ。
踊っている間、ずっと「可愛い」といい続ければ、最後には真っ赤になってぷるぷると震えていた。羞恥に耐えているだけなのはわかっている。流石に可哀想になってきた・・・というより、こんな彼女を他の男の目に触れさせるのも嫌で、後半は彼女を眺めることだけに専念した。
あっという間に終わった2曲目。またお辞儀をして、アリア嬢の兄たちがいるのとは逆の方向にエスコートする。まだ顔が赤い彼女は、おとなしくついてきてくれた。
「お疲れ様」
「・・・すっごく疲れました」
「それはごめんね」
一応謝るけれど、笑いを隠せなかったから、じろりと睨まれてしまった。ふふ、でもいいんだ。仕方ない。何も悪いことはしてないし。
「「アリアお姉様!!」」
さて、この後はどうしようかな、と周囲を見渡したときだ。近寄ってきた二つの人影に、目を丸くする僕と違ってアリア嬢が苦笑する。
「殿下、姫様」
「お姉様、とてもお綺麗でした!」
「とてもとても素敵でした!!」
「ありがとうございます」
「・・・殿下? 姫様?」
アリア嬢を「お姉様」と呼ぶから、実の弟妹かと思ったが、アリア嬢の呼び方がそうではないことを教えてくれる。思わず鸚鵡返しに口にしたら、気付いたアリア嬢が二人を紹介してくれた。
「ああ、紹介しますね。殿下、姫様」
背中を押されて一歩前に出た二人が、僕を見上げてくる。あまりにもまっすぐな視線に、思わず背筋が伸びていた。
「レンナー・デターロードといいます。この国の第二王子です。以後お見知りおきを」
「リンラ・デターロードと申します。同じく、この国の第一王女です。兄たち共々、どうぞよろしくお願いいたします」
小さな二人は、どことなく似ている。そういえば、この国の第二王子と第一王女は双子だったか。それは似ているはずだ。
この国に来て初めて会った小さな王子と姫に、僕も慌てて礼をとった。
「エミリオ・フェルナーと申します。フェルト帝国の第二王子です。ご挨拶が遅れて申し訳ありません」
これが、レンナー殿下とリンラ姫。まだまだ幼い二人は、目を輝かせて僕とアリア嬢を交互に見た。
「いいえ、こちらこそ! それに、お姉様とのダンス、とても素敵でした!」
「お姉様、僕と踊っていただく約束は問題ありませんか? 殿下がいらっしゃるので、無効でしょうか?」
「いえ、大丈夫です。いいですよね、エミリオ様」
「約束してたんなら仕方ないね。いってらっしゃい」
さすがにこれは否とは言えない。内心の動揺を隠すように笑顔で取り繕えば、アリア嬢はぱっと表情を輝かせて「ありがとうございます」といってくれた。
踊れることが相当嬉しいのだろう。レンナー殿下が嬉しそうにアリア嬢に話しかけ、アリア嬢はそれを微笑ましく聞いている。これはもう僕はいないほうがいいのだろうか。さて、本当にどうしようかな。
そう思っていると、小さな姫様がじっと僕を見ていることに気がついた。
「・・・なにか?」
「エミリオ殿下は、お姉様のことがお好きですか?」
・・・・・・随分ストレートな質問だ。まさか姫なんて立場の人にこんな質問をされるとは思ってなくて、答えに詰まってしまった。
だが、僕の答えを待つより早く、リンラ姫は口を開く。
「お姉様は、私のお兄様と婚約していただくんです。あまり邪魔しないでくださいまし」
紡がれた言葉は、明らかなけん制だ。一瞬目を丸くしてしまったけど、面白い。そう思って、少しだけ乗ってみることにする。
「・・・さきほど少しだけ話させてもらいましたけど、とてもアリア嬢に恋愛感情を抱いてるようには見えませんでしたが?」
「そこが問題なんですよ。お姉様はお綺麗だから今すぐにでも捕まえておかないと、すぐに他の人に攫われてしまうのに、お兄様ったら・・・」
ふぅと息を吐くさまは、彼女が王族であることを思い出させる。憂いを帯びた表情に、普通のものならば目が離せなくなっただろう。
だが、生憎僕は普通ではない。
「自覚のない人相手に気遣う心はもちませんね。人の恋路を邪魔するのはいけませんよ、姫様」
「あら、失礼。でも私にとっては、お兄様とお姉様の邪魔をしてるのは殿下のほうですから」
ばちばちばち。第三者がみれば、火花が見えてたかもしれない。僕たちはしばらくお互いを探るように睨み合っていたけれど、曲が終わったのを聞いて姫様のほうが視線をそらした。
「いけない。アルお兄様を探さなきゃ。では私はこれで。忠告はいたしましたよ?」
「はいはい。いってらっしゃい」
ぺこりと頭を下げて、姫様が立ち去っていく。アリア嬢はレンナー殿下と一緒にダンスホールに出たようで、すでに傍にはいなかった。
はー・・・まさか妹姫に牽制されるとは。マリナー殿下はなんとも思ってなさそうだったのに、妙な事態になっている気がする。なんだか疲れたなぁ。アリア嬢もしばらくは戻ってこないだろうし、何か飲み物でももらおうか。
そう思って動き出そうとした僕は、だけど、思ったとおりにはいかなかった。
「エミリオ様、こちらでお話しませんか?」
「お相手をお探しのようでしたら、私とも是非踊ってくださいませ」
気付けば、周囲をいろんな令嬢に囲まれていた。思わず舌打ちしそうになって、慌てて取り繕う。
顔に貼り付けるのは、笑顔の仮面。大丈夫。こんなのは国にいた頃から慣れている。
「ありがたいお誘いですが、少々疲れましたので、お話だけにさせていただけませんか」
この手には、まだアリア嬢のぬくもりが残っている。他の人に触れるなんて、出来そうになかった。
僕の言葉をどうとったのだろう。わからないけれど、今は話だけでよしとしてくれたらしい。近くを通りかかったウェイターから飲み物をもらいながら、大して面白くもない話を笑顔で聞き続けた。
ブクマ・評価などありがとうございます! 励みになります!




