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楽しい時間はあっという間に過ぎるもので、気付けば一曲目が終わって、二曲目に移ろうとしていた。
「残念。終わりか」
マナーとして、同じ相手と踊るのは一曲のみだ。パートナーを変えたとしても、二曲連続で踊ることはしない。誰だって密集地で踊るのは嫌だ。スペースを譲り合って踊るのが、舞踏会の最低限のマナーだった。
ドレスの端をちょんと持ってお辞儀をすれば、エミリオ様も手を胸に当てて会釈する。そのままエミリオ様に腰を抱かれて、ダンスホールを離れた。入れ替わって踊り始める人たちを見ながら、私たちは壁際へと移動する。
「何か飲み物をもらってくるよ。ここにいてね?」
「え、私も一緒に」
「ダーメ。レディはおとなしく男を使うものだよ」
その言い方に、私は思わず噴出してしまう。それを了承ととったのだろう。エミリオ様は「すぐに戻る」と言い残して、人ごみに消えてしまった。
壁に体重を預けながら、おとなしく帰りを待つことにする。そういえば、兄様たちはどうしたのだろう。一緒に踊っていたのだから、兄様たちも今は踊っていないはず。あの人たちを見失うなんて、私としたことがなんて失態だろう。
きょろきょろと周囲を見渡しても、人人人で兄様たちは見つけられない。場所を変えようにも、エミリオ様と約束があるからここを離れるわけにもいかないし・・・どうしよう・・・
「アリア」
眉根を寄せて考え込んでいたら、不意に声をかけられる。ここ数週間で嫌というほど聞いた声に、私は笑顔を取り繕って振り向いた。
「ごきげんよう、殿下。オーウェン様とパーシェル様も」
そこには、予想通り殿下たちがいて。くっ、兄様たちが一緒ならよかったのに、そういうわけでもないようだ。悲しい。
「そんなに残念そうな顔しなくても」
「可愛い格好してるな。今までと印象違うけど、そういうのもいいな。似合ってる」
「あ、ちょっと! 撫でないでくださいね! セットが崩れる!」
どこか楽しそうな殿下と違い、パーシェル様は素直に褒めてくれると同時に手が伸びてきた。が、いつものようにそれを受けると髪形が崩れてしまう。思わずガードしたら、パーシェル様は目を丸くした後、苦笑して手を下げてくれた。
ちなみに、オーウェン様はずっとにこにこ笑ってるだけで何も言わない。何これ怖い。
「セット云々以前に、気軽に人の妹に触らないでほしいんだけど」
今度の声には、素直に笑える。ぱっと表情を輝かせながら声のしたほうを見れば、兄様と姉様がこちらに向かって歩いてきているところだった。
「兄様、姉様!」
「アリアちゃん、とっても可愛いわ」
「姉様もとっても素敵です!」
姉様が着ている紫のドレスは艶やかで、だけど、無数に刺繍された花々が姉様の美しさを引き立ててる。胸元を彩る大きなネックレスも可愛らしかった。兄様の意見ももらった、とは聞いていたから、兄様グッジョブだ。今日の姉様は、本当に本当に、最高にお綺麗だった。
思わず駆け寄って、姉様の手を握る。姉様が握り返してくれる手を少し強く握り返しながら、きゃあきゃあと二人で盛り上がった。
「アルは褒めなくていいのかい?」
「・・・ミーシャと選んだドレスなら褒めるんだけどね」
殿下と兄様が何か話してたけど、姉様を褒めることに忙しい私には聞こえない。きゃいきゃいと姉様を褒めていたら、エミリオ様が戻ってきた。
「うわ」
・・・うん。露骨に嫌そうな声を出すのはどうかと思う。人のこと言えないけど。
「アリア嬢」
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
それでもグラスを渡してくれるエミリオ様には笑顔でお礼を告げる。流石に喉が渇いていたので一口含めば、イチゴの甘みが広がって、思わず笑顔が零れた。
「おいしい」
「でしょ? 好きだと思ったんだ」
言いながら、エミリオ様も自分用のグラスに口をつける。いつもと変わらない仕草だったけど、服装や会場の雰囲気のせいだろうか。なんだかとてもかっこいいものに見えた。
思わず視線をそらして、もう一度イチゴのジュースを飲む。うん、美味しい。後でもう一度もらいに行こう。
にこにこと上機嫌な私の前で、エミリオ様と兄様たちが向かい合っていた。
「ご無沙汰しています、マリナー殿下」
「こちらこそご無沙汰していて申し訳ない。まさかエミリオ殿下がアリアをエスコートしてくるとは思ってませんでしたが」
あー・・・まぁそうですよねー。私だって、なんでこうなったのかよくわかっていない。兄様たちの邪魔をしないだけなら、別に一人で来てもよかったのだから。
「ああ、マリナー殿下は知らないんですね。アーダルベルト殿から聞いてないんですか?」
「? アル、なんのこと?」
殿下に聞かれて、兄様はとてもとても嫌そうな顔をした。すぐには答えようとしなかったけれど、それでも声を搾り出すように、
「・・・・・・今日のアリアのドレスは、そこの王子からの贈り物なんですよ」
「「「え?(は?)」」」
音は違ったけれど、見事なユニゾン。全員の目が一斉に私に向いたので、反射的に背筋が伸びてしまった。
「え、マジで? なんで?」
「僕が知るもんか。3ヶ月以上前に知らせが来て、当日までに贈るから準備不要、って」
さ、3ヶ月前・・・だと・・・? え、私がエミリオ様に聞いたの、1ヶ月前くらいですよね? え? は???
「ちゃんとご両親には報告済み、って言ったでしょ」
私の思考を読んだのか、エミリオ様が補足する。あー・・・そういえば、そんなことも言っていたかもしれない。おかげで私は姉様とおそろいを諦めるしかなかった。そうだった・・・
え、っていうか本当に報告してたの? ええええ・・・どこからびっくりすればいいんだろう・・・
「邪魔しなかったんですか? アーダルベルトが?」
オーウェン様が心から意外そうに聞くけど、それは私も聞きたい。兄様は私の味方だと思っていたから余計に。
でも兄様は悔しそうに、
「したさ! でも、僕の両親だよ!? 僕の原型を作った人たちだよ!? 勝てるはずないじゃないか!!」
「「「「「あーーーー・・・」」」」」
今度は私も一緒にハモってしまった。あの両親相手か・・・うん・・・それはちょっと私も分が悪い。相手がエミリオ様なのも悪かったんだろう。どこぞの子爵や男爵ならともかく、れっきとした王子様。娘に贈られたドレスを着せるくらい、なんの抵抗もなかっただろう。
・・・あれ? じゃあ今日、家中からドレスが消えたのも両親のせいか? そういうことか!? おのれ卑怯な!!
と、思っても何もできないけど。兄様じゃないけど、私だって両親は怖いのだ。味方の間は心強いけど、敵には絶対回したくなかった。
「じゃあ私も贈ればよかったな」
「絶対にやめてくれ。これ以上の面倒ごとはごめんだよ」
王子二人からドレスか・・・どっちを着ても面倒なことになりそうだ・・・うん。兄様、私もごめんです。
私の知らないところで、兄様にはとんだ迷惑をかけてしまったみたいだ。なんかほんとごめんなさい、兄様・・・
知らなかったことを知ってしまって、どっと疲れた。こういう時は、そうだ。癒されることをするに限る。私はグラスの中身を一気に飲み干して近くの給仕の人にグラスを返すと、くいっと兄様の服を引っ張った。
「兄様、兄様。私と踊ってくださる約束は、有効でしょうか?」
「もちろん。次の曲が始まったら行こうか」
「はい!!」
今までの表情はどこへやら。にこりと笑って許してくれた兄様に、私も笑顔で頷く。
が、そんな私たちを見て、パーシェル様がくいとドレスのすそを引っ張ってきた。
「アリアー。アルと踊り終わったら、俺とも踊ろうぜ」
「え、嫌です」
「え、なんで?」
「レンナー殿下とも踊る約束をしてますので。パーシェル様は他のご令嬢と踊ってください」
なんでも何もない。どうして私がパーシェル様と踊る必要があるんだろう。踊りたい令嬢はいっぱいいるんだろうから、その人たちと踊ればいいのに。
そう思って断ったのに、思わぬ方向に話が飛んだ。
「・・・ちぇ。仕方ないな。じゃあミー」
「姉様は絶対だめです!!!!」
最後まで名前を呼ばせてなるものか! 姉様は今日は絶対だめだ!! 無駄なフラグが立ったらどうしてくれるんだ!!!
思わず声を荒げてしまった私に、皆さんの視線が集まる。だが後悔はない。ダメなものはダメだ。うん、ダメダメ。
「おや。じゃあ、ミーシャ嬢は今日これ以上踊れなくなってしまうよ? アルは君と踊るんだろう?」
「う!!」
あ、そうか。そういうことになるのか。私が兄様を独占したら、踊る相手がいなくなる姉様は他の人と踊るしかなくなるのか!?
え、ダメじゃない? ダメでしょう。ダメダメ、絶対ダメ。もっとダメ!!
今日のこの舞踏会は、ゲーム内では「ミーシャ」に対する恋心を自覚するための大切なイベントだ。近距離でのダンスに、二人だけの内緒話。そんなイベントを、兄様以外の人とさせるわけにはいかない・・・!
「うう・・・兄様と踊るの諦めます・・・」
残念だけど。とても残念だけど・・・だけど! それ以上に! 兄様と姉様以外の人が踊るのを容認するわけにはいかなかった。
思わず涙が零れたけど、仕方ない。私は兄様と姉様を全力で応援すると決めているのだから。
「アリアちゃん。そんなに私がアル以外と踊るのが嫌なら、今日はもう踊らないわよ?」
「ダメです・・・姉様の踊ってるところは見たいんです・・・」
何せ、さっき踊っていた時はエミリオ様に注意を受けてしまったので、全然見れていない。そんなの嫌だ。兄様と姉様がいちゃいちゃしてる姿は、いつまでだって見ていられるのに。
我侭を言っている自覚はある。兄様と姉様が困っているのもわかっている。でも、だけど、こればかりは譲るわけにはいかなかった。
そんな私を、今まで黙って見ているだけだったエミリオ様が助けてくれた。
「じゃあ、今日はずっと僕と踊ればいい。行こう」
ぐっ、とエミリオ様に手を取られて、ダンスホールに舞い戻る。気付けば曲はまた変わっていて、ちょうど入れ替わるタイミングだったようだ。
「エミリオ様は、それでいいんですか?」
彼は王子だ。隣国とはいえ、踊りたい相手はいくらでもいるだろう。女性側からのアプローチだって腐るほどあるはずで、私とばかり踊っていていいとは思えなかった。
「何の問題もないよ。君は兄様と姉様のダンスが見れて、僕は変な人に囲まれなくて済む。Win-Winだと思わない?」
「囲まれるの嫌なんですか? みんな綺麗なのに」
「綺麗さなら君だって負けてないさ。それに、僕はあんな作られたものじゃなくて、君みたいな自然体の美しさのほうがいい」
「・・・口説かれてるみたいですけど、口説かれてる気になれません」
「それは残念」
なにせ、どれだけ着飾っても無駄、といわれているように聞こえるのだ。素直に喜べない。
それでも、エミリオ様は楽しそうに笑ってくれるから、釣られて私も笑ってしまう。兄様と踊れないのは悲しいけれど、これはこれで楽しいからよかったのだろう。
そう思いながら、私はエミリオ様との時間を堪能することにした。
残してきた兄様たちの表情は、見ないままに。




