13
エミリオ様が用意してくれた馬車に揺られること十数分。会場に着くと、すでにいろんな人たちが到着していた。エミリオ様に手を引かれながら足を踏み入れれば、目に飛び込んできた賑やかな光景に思わず感嘆の声が漏れる。
「うわぁ・・・」
「へぇ。今年は一段とすごいね」
エミリオ様も、私と同じように会場を見て驚いているようだ。だって、本当にすごい!
会場を照らすのは巨大なシャンデリア。中央のダンスホールを照らすように、大きなものがドンとある。ダンスホールの奥には楽団用の演奏部隊がいて、穏やかな音楽を紡いでいた。まるで物語の舞台にいるようで、何度経験してもこういう場は胸が躍る。
会場の両サイド、壁際には様々な料理が並んでいた。火や刃物は許可が下りなかった、と兄様が仰ってたのに、どうやってやっているんだろう。その場で作っている料理もあって、見ているだけでもわくわくしてきた。
「開始まではまだ時間ありましたよね? 一通り見てきてもいいでしょうか?」
「だーめ。もう始まる時間だよ、おとなしく傍にいて」
え、うそ!?
反射的に広間の大時計を見れば、確かに開始時間まであと数分だ。こんなギリギリだったことに、気付いてもいなかったなんて・・・どこで時間を使ったんだろう、と思っても、浮かぶのは怒涛のような身支度の時間だ。ものすごく長く感じていたけれど、本当に長い時間をかけていたんだろう。・・・うん。頑張った、私。
呆然とする私の手を、エミリオ様が放した。もう自由にしていいんだろうか、と彼を見れば、どうやら違うようだ。
「お嬢様、私と一曲踊ってくださいませんか?」
それは、まるで物語の王子様のように。優雅で自然で、流れるようなお誘いだった。
「・・・王子様みたい」
ぽつっと呟いてしまったのは、本当に無自覚。思ったことが口から零れただけの言葉だったのだけど。
エミリオ様は心外だとでもいわんがばかりに、私を睨みつけてきた。
「僕、第二とはいえ王子なんだけど」
「・・・そうでした」
この国の王子じゃないけど、歴とした王族の一人だった。失念してたけど、覚えていたとしても同じ感想を口にしていただろう。思わず見惚れるくらい美しいお誘いだったのだから。
お詫びというわけではないけれど、エミリオ様の前にそっと手を差し出す。了承の意を示すそれを、エミリオ様も笑顔でとってくれた。
ほぼ同時に、流れていた音楽が変わる。今までの静かなものから一転。賑やかな曲調に変わった音楽を聴きながら、私はエミリオ様と一緒にダンスホールに躍り出た。
ダンスホールには、色とりどりのドレスや正装の人たちが次々と集まり、舞踏会が盛大に始まった。右を見ても左を見ても、楽しそうに踊る人たちに囲まれて、私も足取り軽くステップを踏む。公爵令嬢の嗜みとして、ダンスは徹底的に仕込まれている。頭ではなく体が覚えているそれは、もはや息をするのと同じように自然とできるようになっていた。
「君と踊るの初めてだよね」
手を取り合って踊っているので、いつもより近い距離でエミリオ様が言う。目の前で揺れる緋色を綺麗だなぁ、と思いながら、私は首をかしげた。
「そうでしたっけ?」
「そうだよ。こういう時、君はいつも兄上と踊っていたから」
そう言われれば、そうかもしれない。兄様としか踊らない、ということはないけれど、兄様と踊ることが多い、といわれれば否定することも出来なかった。
「だから、今日は絶対エスコートしたかったんだ。今、すごく楽しい。楽しいよ、アリア嬢」
それは、滅多に本音をいえない王族の、心からの言葉だった。
嬉しそうなんてものじゃない。なんて言えばいいんだろう。笑顔も笑顔。満面笑顔で、それも至近距離でそんなことを言われて、赤くならない女性などいるのだろうか。否、きっといない。真意はわからないけれど、エミリオ様が楽しいならそれでいい。そう思うほどには、他の思考が全て彼方へと飛んでいってしまうほどの衝撃だった。
「私も楽しいです」
だからこそ、これは私の本音。事実、エミリオ様と踊るのはとても踊りやすい。テンポが合うのだろうか。年齢が同じ気安さもあって、ある意味では兄様と踊るよりも楽しかった。
私の返事に、エミリオ様の笑顔がますます輝く。ちょっと待って。なんだその王子様スマイル。すごく眩しい。目がつぶれそう。
思わず呻きそうになった私の視界に、ひらりと紫が舞い込んだ。紫色のドレスを優雅に纏った姉様が、兄様と一緒に踊ってる。その光景に、一瞬で私は釘付けになってしまった。
急に動きが止まった私を不審に思ったエミリオ様が、視線の先に兄様たちがいるのを見つけて露骨に顔をしかめる。かと思えば、ぐいっと腰を引きよせられて、今まで以上に接近させられてしまった。
「ちょ、エミリオ様!?」
流石にこれには慌てたけれど、放してくれる気はないらしい。それどころか、まっすぐに私の目を見て、
「今、君と踊ってるのは僕。僕以外のことを考えるのは、マナー違反だよ」
「・・・ごめん、なさい」
それは、確かにそうだ。条件反射とは恐ろしい。兄様たちが視界に入った瞬間、全てを持っていかれてしまった。
ぶんぶんと軽く頭を振ってから、エミリオ様と目を合わせる。大丈夫。兄様たちの勇姿はあとでじっくり見ればいい。今はエミリオ様との時間を大事にしよう。
「うん。それでいい」
満足そうに笑うエミリオ様に釣られるように、私も笑う。そのまま二人で笑いながらくるくると踊り続けた。




