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第7話 文芸部へGO&異世界へGO

「うごはぎゃああ」


 はっとして目覚めると、俺の部屋、俺の勉強机で原稿用紙にうつ伏せに寝ていた。


「うなされるなど珍しいな」


 俺は乱れた髪に手をやり、誰も見ていないのに恥じた。


「原稿が、できている。とても短いけれども……」


 事態が把握できず、暫く白かった。

 俺は、スランプだったのではないか。

 原稿など書けるはずもない。

 だが、この右肩上がりの文字は俺のものだ。


「……俺が書いたのか」


 猫先輩の会心の一作を受けての内容だ。

 題は、『小生ちっぱい大失敗』と、どれだけ、俺は胸に拘るのか。

 むっつりなつもりはない。


「俺が、書いたのだな。俺しか書けない」


 短くとも完結した文だ。

 何度も読み返すと暗記してしまう。

 俺は、感極まって、椅子から立ち上がった。


「おお、俺しか書けないものを俺が書いたんだ。や……。やった……。や……」


 俺は、目からの熱いもので、原稿をいじめてしまった。

 原稿の『ネココ』の文字がにじんで消えかかる。

 霧の中にいるようだ。


「俺でも、俺でも、一文字以上執筆できるのか」


 俺にしては、殊勝な気持ちになっていた。


「やったー!」


 喜びを全身で表すと、子供のようにダンダンと跳ねてしまうものなのだな。


「ちょっと早いが文芸部へ……。天羽高等学校へ行こう」


 俺にはそれしか思い浮かばなかった。

 朝焼けの土手は清々しい。

 順調過ぎる感じが堪らない。


「今は、東大とか縛りが少ないな。やってみたいことは東大でできないしな」


 後ろ手に気分がはずんでくる。


「ふふふー、ふふふーん」


 俺としたことが、スキップをしてしまった。

 誰もいないよな?


「わっ」


「ぎゃああ」


 見れば、猫先輩が背中にいた。

 驚いて恥ずかしい。

 土手に穴を掘って隠れたい。


「ええー。犬君、東大受けるんだ。ふううん」


「ふううんとは。いけませんか」


 俺の秘密を知られてしまった。

 これで、受からなかったら恥ずかしいな。


「えへ。違うよ。私も受けるから」


「えええええ。猫先輩もですか?」


 MB……。

 マジで、びっくり!


「うん。原田(はらだ)教授の研究室狙っているの」


 けろりとして猫先輩は笑う。

 この人は、凄い人だから。

 それもあって、好きになった……。


「もう研究室まで定めているとは。どんな研究室ですか」


 敗北感が募るのですけれども。

 俺は、ブランドで大学を選んだからか。


「合格してから教えるね」


 口に指を立てて、内緒話にされてしまった。


「犬君、受験勉強がんばってね。待っているから……」


「俺が東大に落ちて、猫先輩が受かる妄想しかできない!」


 ダン!


「俺は、何も悪いことしていない……!」


 普段、沈着冷静な俺が土手を叩いてしまった。


 ぐらりと再び大地の女神を起こしたのか、大きな地震に襲われたと思った。

 川面も波立ち、土手もガタガタと動いてじっとできず、俺達は叫んだ。


「這いつくばれ!」


「這いつくばって!」


 ずるりずるりと足から異空間へと引き込まれる。


「うおおおおおおおお。猫先輩、俺は……。俺は、好きでした……!」


「きゃあー!」


 ――スランプトンネルヘスクリューリューリューリュー!


 キリキリする声と共に、懐かしいつーんとした森の香りと美しい泉の中に投げ出された。


「……ふおお! 何故か水の中か!」


 バシャッバシャッと必死で学校で習った緊急時の泳ぎをしようとした。

 でも犬かきになってしまった。


「うぶおう。ぷはあ。はあはあ……。猫先輩、俺につかまってください」


 体育は得意ではないが、泳ぎは飛び魚に負けないはずだったが。

 まあ、いいだろう。

 小生、ここで(おとこ)をみせないと。


「ぷは、ぷはあ。はあ……。犬かき?」


 溺れながらも突っ込みは忘れないとは、流石団地妻だ。


「知りません!」


 岸に上がると流石に安心した。

 猫先輩に何かあっては、俺が困る。


「猫先輩、またもやエルフさん達の世界です……。アキュータ国の」


「そうね、これが異世界転移なのかしら……」


 悪いことをしていないが、囁き合う。


「それより、転移に紛れて、私のこと何か言わなかった……?」


 猫先輩が、耳まで真っ赤になって囁き続けた。

 ああ、その恥じらいは、堪らない。

 小生に激かわキノコを浴びせないでくれ。


「ゲホン。ゴホン」


 死にかけないと無理な話だ。


「又だー! 猫先輩……」


 真顔でしか言えないよ。


「エルフさんになっています」


「てか、犬君。君も……」


 真顔だよな。


「エルフさんになっています」


 面白くて、二人でちょっと声を出してしまった。


「あははは」


「参ったなあ」


 恥ずかしいけれども、これが親しい間柄なのかと嬉しかった。

 ガサリと泉へと近付く音が聞こえた。


『おお。ネココ、イヌコ。ボンジュー。国へ帰ったかと思った』


 美しいエルフさん達が、森の奥から楽しそうに、俺達を取り囲んだ。

 もしかして、危険な程、人気者になったのか……?

 この秋、異世界デビューした俺達は、単なる文芸部仲間ではない気がする。

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