表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/10

第5話 ちっぱい勘弁ならず成敗なり

「ちっぱいに気が付いてしまったな」


 ふうー。

 俺はため息をついた。


「そこー! 何、そこなの?」


 俺と猫先輩は、部室の定位置に腰掛けた。


「エコたわし萌えにも気が付いてしまったな」


 ふうー。

 二度のため息はしつこいか。


「それは、勘弁してよ」


 可愛らしく拝んでもダメだね。


「いや、おめでとう! 売れっ子ライトノベル作家」


 ここはそう讃えるべきだ。

 拍手喝采だ。

 握手を求めよう。

 あれ?

 猫先輩は握手にこたえないや。


「どうしたの? 犬君。その遠い目は……。異世界で疲れたかな?」


 むっ。

 分かりきったことを。

 妬いているだけではないか。


「俺だけ、スランプ抜けてないではないですか」


 むすっとした横顔はいけないな。

 分かっていても、俺は、後ろを向いて頬杖をついてしまった。

 よく見れば、今はあの時と同じ黄昏時だ。

 もしかして、時間は変わらないのだろうか。


「おう、ミスター・クール。素直になっちゃって」


「俺だって、やんややんやされたいのですよ」


 拗ねたい。

 ああ、拗ねたいったら拗ねたい。


「犬君、毒キノコ食べたな。暴露ダケか?」


「違うキノコの胞子は、飛んでいたようですけれども」


 あれは、危険だったな。

 激かわキノコは小生を揺さぶる。

 いつにも増して、可愛かったな……。

 そうか、猫先輩はいきいきしていたのか。

 小説で生き甲斐を感じたのだろうか。

 俺も、そうなりたい。

 文芸部で、今度の部誌までに、会心の作を書き上げたい。

 それが、猫先輩を振り向かせられる第一歩だ。


「ああ、黄昏が美しいね……。犬君、そろそろ帰る?」


 会心の作は、ノートパソコンに移して整理していたようだ。


「俺は、ちょっと原稿用紙と対話したいのですけれども」


「分かった。ちょっと疲れたのは私も同じみたい。先に帰ってもいい?」


 俺は、ガタリと席を立った。

 いくらちっぱいでも、猫先輩は可愛いから、変質者が出たらどうしよう。

 俺の焦燥は当たりやすい。


「送りますよ。原稿は、家で書きます」


「え? マジで優しいじゃない。ミスター・クール」


 俺の微笑みは鬼がつく程気味が悪いからな。

 笑わない。

 ニヤつかない。

 見せない。

 嫌われない三原則だ。

 

「ミスター・クールは残念な呼び名です。犬飼涼静って立派な名前があるのですけれども」


「いや、悪かったわ。犬君がクールって呼ばれるのは、どうしてだか分かるかな?」


 帰り支度を終えて、俺達は昇降口へ向かった。

 大抵は土手道から帰る。


「俺の頭がいいからでしょう」


 少し前を歩んでいた猫先輩が、鞄を後ろで持ち、振り返った。


「そこはちょっと違うかな。……皆と沢山話できている?」


 友達の話……?

 俺に友達……。


「いや、俺は、名前に反して、犬みたいに群れるのが嫌ですから」


 俺だって、全く話をしない訳ではないけれども。


「なら、私は猫みたいに孤立している訳でもなく、親友の千葉(ちば)さんもいれば、仲良しグループもあるよ。友達と楽しく過ごしたり、悩みを話し合ったりできたらいいなと思うよ」


 下校途中の土手の道。

 夕日が沈むそのシルエットは猫先輩。

 笑顔とひるがえしたセーラー服が眩しい。

 だめだっ。

 俺は、やっぱりこの人を好きだ……。


「俺、帰って原稿書きます」


 だめだっ。

 この気持ち、この気持ちが大切なのかも知れない。

 今なら、思いの丈を書けそうだ。

 どんな作品か、頭の中にふわふわと浮かぶ。


「原稿を書いて、どうなるの?」


「会心の作で、俺は……」


 俺は、スランプを抜けたいんだ。

 友達は、いらない。

 俺は、東大(とうだい)を受けるから、一緒に合格するヤツはいないと思う。

 だから、受験勉強一点になる三年生になったら、文芸部も引退し、コツコツ努力をするんだ。

 受験生の猫野春香先輩は、勿論、文系だよな。

 その後、どうするのだろう。

 別れは、安易に到来するものだな……。


 何かが去来し、帰り道は二人とも黙々としていた。

 土手に面したマンションへと猫先輩を送った。

 一戸建ての俺の部屋に着くと、学ランを椅子に引っ掛けた。

 俺は、早速、原稿用紙に肉筆を加えた。


「原稿を書いて、どうなるの?」


 猫先輩の言葉が耳に残る。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ