第4話 小生ネココ先輩にむっふんす
俺が読み終わると、スマートフォンが、皆の間で回った。
『うふふ』
『ふふふ』
エルフさん達は、微笑ましそうに読んでいるな。
「えへ。楽しんでくれましたか。おもしろーいが褒め言葉です」
うお!
激かわ。
ネココ先輩が、黒髪をくるくるして、恥じらっている。
小生、このシーンがあれば、異世界で生きていけます……。
心にメモって泣いていた。
「ネココ先輩、文化的交流も気を付けてください」
余計なことを考えていた俺の突っ込みは遅かった。
『おもしろーい』
『おもしろーい』
にこやかでノリのいいエルフさん達だな。
「ややややや。そんな、正直に。エルフさん達、大好きだな」
ネココ先輩は、顔の前で手を振り、照れまくりのタヌキちゃんのようだ。
小生が恥ずかしい程の激かわぶりです。
「おもしろーいって、覚えたてのほっかほかではないか。大丈夫か」
『イヌコとネココは、夫婦の作家』
『夫婦の作家』
「夫婦、違うぞ……!」
あああ、俺は口では大否定しても心は素直になりたい。
『仲良し夫婦』
「違う、違う、違う、違う、違う」
首がもげるかと思ったではないか。
「そ、そんなに違うかな。イヌコ……」
むっ。
ネココ先輩を泣かせてはいけないな。
気を付けなければ。
『おもしろーいが面白い』
『流行るね、おもしろーい』
「面白いが面白いな。笑われているようだ」
すかさず俺はニヒリとした。
あ、意地悪だったか。
難しい。
上手く人付き合いできないな。
「何よ。沢山褒めてくれているのよ」
あ、俺が笑ったからネココ先輩が反論するのか?
何か、何か言わないと。
「そうか、これが、ネココ先輩のスランプを救った官能小説か……」
「違うもん。ライトノベルだもん」
ぷうっとするのか、激かわが続くな。
この世界に激かわキノコでも生えているのか?
小生、参りまくりである。
「このライトノベルは、情景描写とかないのですか。冒頭簡略ですけれども」
エルフさん達を見習って褒めればいいのに、悪態をついてしまった。
俺は、最低ではないか。
「読みやすさよ。誰もがイカツイ論文を読みたがっていないのよ」
「純文学は、論文ではありませんけれども」
ああ、またひねて。
最低かな。
「もしかして、ライトノベル初なの……?」
『エコたわし。おもしろーい』
『たわわ、ちっぱい。おもしろーい』
やんややんやとエルフさん達は盛り上がっている。
「作中でネココ先輩は、ライトノベルの売れっ子とある。エルフさん達の様子から、それは実力としよう」
俺の中に羨望が強く生まれる。
拳がわなわなとし、我慢を支えていた。
「あら、嬉しい」
目をくりっとして、手をぱちっと合わせたって、騙されませんよーだ。
「果たしてこのエコたわしとは、どんなのものか? 重要アイテムだからな」
詰め寄ってしまった。
ああ、悪い男だ。
「し、知らなくていいわ」
『エコたわし知っている』
『ムーブ辞典に載っている』
ぶうーんと、お姉さん風のエルフさんが風を起こし、小説のシーンを映像化してくれた。
「凄まじいな」
正直、エルフさん達が高い文化を持っているのにひれ伏した。
そして、映像は、丁度イヌコがネココ先輩にエコたわしを差し出した所に差し掛かった。
エコたわしは、小さな編み物で、フックをまるくつけたものなのか。
しかし、ちっぱいに引っ掛かる訳がない。
何がたわわだ。
「ちっぱいに用はない。でも、ネココ先輩は、ちっぱい……」
混乱するな、小生!
ダン!
「俺は、たわわが好きなんだ……!」
普段、沈着冷静な俺が草むらを叩いた。
ぐらりと空間が急に歪んで、大きな地震に襲われたと思った。
草地に座っていても動いてじっとできず、二人は叫んだ。
「木につかまれ!」
「木につかまって!」
幹につかまるも束の間、ずるりと引きずられて行くしかなかった。
「うおおおおおおおお。ネココ先輩、俺は……。俺は、好きでした……! 死にたくねー」
「きゃあー! 助けて……」
――スランプトンネルヘスクリューリューリュー!
キリキリする声と共に、冷たいよく見かけた床に投げ出された。
「う、うん……」
俺が目覚めて見回すと、窓の方に猫先輩が転がっているのが見えた。
「ん? 俺達は、文芸部の部室にいる。はー、夢だったのか?」
猫先輩が跳ね起きた。
「やっ……。折角、売れっ子作家になったのにー」
ぷううとリス並みに頬を膨らませている。
いつも通り可愛いよ、でも……。
元の世界では、激かわキノコは胞子を出さないようだ。
「そうだ。今、トンネルの後、犬君、何か叫んでいなかった?」
猫先輩は、トキメキのポーズか胸に手を当てていたが、それは無視しよう。
「何でもない。死にたくねーなんて、恥ずかしい」
「違うの……」
やはり、誤解されるよな……。
俺からは、甘い台詞は口にできないよ。
そんな生き方しか、できないのだ……。