第2話 俺はクールで媚びやしないぜ
『こちらは、エルフのアキュータ国です。よその国からいらしたのですか?』
泉にいたエルフさん達は、戯れをやめ、殆ど集まったではないか。
俺達、学ランにセーラー服だなんて、変わった服装のにわかエルフさんだから、好奇の目を向けられているのだろう。
ネココ先輩はファンタジー好きだからか、喜んでいるな。
笑っていると可愛いのは流石だ。
並みのオーラではない。
本領発揮なのかも知れない。
見方によってはにやついているが、それでも構わない。
小生、むっふーん。
「あはは。セーラー服と学ランです。我が国、ニホンの若者が着る制服です」
猫先輩は、くるりと回ってみせた。
スカートのブルーがふわりとして、和傘で振り向いたようだ。
『おお、異国のニホンですか。若者の制服。素敵です』
賢いエルフさん達は飲み込みが早く、順応性に長けている。
言葉も気を遣ってカタコトの日本語にしてくれる。
俺だけ警戒しているのか?
俺だけ、浮いている気がする。
どうしてだろうか。
『作家とは何ですか?』
エルフさんが、腰まである長い髪を耳にかけ、愛らしい微笑みをくれた。
「私は、ライトノベルで、エルフさん達も勿論書かせて貰っています」
ネココ先輩は、ぺこりとお辞儀をした。
『おおー。ライトノベル』
エルフさん達はざわついた。
『私達は、ライトノベルで活躍しているのですか』
「そうなんですよ。華麗に活躍です」
エルフさん達は本当に賢いのだろか?
言葉が通じているのは、俺が地元でウサおばあちゃんと話す時、「んだすな」を繰り返して、聞き流しているのと同じなのだろうか。
カタコトの日本語と感じたが、待てよ。
俺達エルフさんではないか。
だから通じるのか。
普通に話してみよう。
「俺は、純文学一本で。いつか大きな賞を取りたいと思っている。エルフさん達は、ネココ先輩の作品で知ったけれども、登場人物は現代人に着彩したのが多いな」
簡単な自己紹介でいいだろう。
頭は下げておくべきだな。
『純文学? 私達はいないのですか』
皆、首を捻っている。
「……しまった」
パパラパラー!
何だこのゲームチックな音は?
ネココ先輩から聞こえたぞ。
「大丈夫だよ、イヌコ。今の私ならできるよ。女子高生の女神、転機が舞い降りたみたい。必殺スマートフォンです」
おおー、ネココ先輩にやる気がみなぎっている。
春色のオーラに霞雲があり、ほんわかする中にちらりと野心も見え隠れするかな。
「皆さん、私はちょっとスランプ気味だったのですが、素敵なエルフさん達のお陰で何か書けそうです。後で読んでいただけますか?」
ネココ先輩がスランプ気味だったって?
それは、驚きだ。
だが、確かにノートパソコンを打つ音は静かだったな。
『ライトノベル!』
『ライトノベルのネココ!』
エルフさん達の囁きが明るくなり、エールとなった。
ネココ先輩、期待されていいですね。
羨望の眼差しを送らせていただきますよ。
「お楽しみいただけるようにがんばります」
異世界ペンネーム、『ネココ』で、一作書き始めたのか。
ネココ先輩がスマートフォンをタップする。
フイフイ、スッスッと、文芸部の部室にいる時より指が軽い。
どんどん書けている。
アイデアも湯水のようなのだろうな。
俺は、羨ましいだけだな。
スランプなのは、俺もだ……。
「できました! 会心の作です!」
ピンクのスマートフォンを高々とかかげ、会心の作と言い切りますか。
一体どんな作品か、美味しそうだな。
それなのに、俺ときたら、できないくんだ。
『ライトノベル。メルシー(ありがとう)』
ネココ先輩のスマートフォンを手に取り、皆で回し読みか……。
楽しそうだな。
俺は何をしているのだろう。
誰とも話もしない。
いたずらに佇んで、森と泉の綺麗な空気を胸一杯に吸い、ネココ先輩達を眺めるしかなかった。
『おおー。ネココ!』
「やった……。手応えあるわ。私、スランプから抜けられたのかしら」
スランプから脱出できただと。
俺もスランプなのに。
こればかり考えても仕方がないな。
スランプはストレスになる。
文芸部へは、ネココ先輩が、俺を誘ってくれたのが始まりだった。
人は、それを弱小部の勧誘ともいうが、構うまい。
最低人数は揃っているのだが、どうも他は幽霊部員だ。
大体、ネココ先輩と俺の二人っきり。
だからなのか、とても優しくして貰っている。
それ故か、俺はネココ先輩への拘りが強いな。
「ネココ先輩、何を書いたのか教えてください」
少々棒読みでもお願いした。
「えっと、それは……。ちょっと勘弁して欲しいな。かなり恥ずかしいので」
ごめんなさいと俺に手を合わせるが、譲れないな。
「スマートフォンのを俺に読ませてくれませんか」
俺は、小さくスマートフォンを抱え込むネココ先輩を追い立てた。
「いやー。だめよ」
「タイトルだけでもお願いします!」
ネココ先輩は後ろを向いてしまった。
しつこかったか。
「わ、分かった……。では参考までにね。『ふた房のたわわな果実』なんだけど」
「なんだ、官能小説か。だから恥ずかしいのですか」
鼻で笑うわ。
おっと、小生、不遜だったな。
「ちょっと違うよ。でもお子さまにはダメだよ。イヌコはお子さまだから、ダメ」
ぱたぱたと露草の上を逃げ回るネココ先輩に追い銭だ!
何も盗んでいないけれども、悔しいではないか。
「何でですか。先輩の会心の作を読ませて欲しいのですけれども」
とうとう、ネココ先輩の肩に俺の手が触れてしまった。
「しつこいぞ、イヌコ。いつものクールさはどうした。珍しいな」
俺は、やり過ぎたと引っ込めた。
でも、涼しい空気の中でぬくもりを感じ、手袋があったら、永久保存版としてうちで大切に隠したい。
そして、妻となったネココ先輩が、小生の書斎で驚く日を待つのだ。
『フフフ』
『クスクス』
とがった耳が震えている。
「ほら、会心の作がエルフさん達に受けているではないですか。俺もスランプなので、読みたいですよ」
はっ。
スランプだったと明かしてしまった。
気付かれたかな?
「純文学、スランプだったの? いつも同じ行を目で追っていたのはこのためか……。分かったわ」
ネココ先輩は、エルフさんに礼をして、スマートフォンを貸して貰った。
俺は、生唾を飲み込んで、画面を開く。
ちなみに、待ち受け画像は、ペットの猫ちゃんなのですね。