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第1話 異世界転移したら作家だった

 高二の俺、犬飼涼静(いぬかい りょうせい)と言う立派な名前があるのに。

猫野春香(ねこの はるか)先輩はその名で呼んでくれない。


「猫先輩、ライトノベルって面白いですか? 俺は、純文学から、離れられないのですけれども」


 俺は、この時間が好きだ。

 天羽(あもう)高等学校文芸部の部室で、卒業を控えた猫先輩が、黄昏時の逆光線を浴びてキラキラとしている。

 恥ずかしいから、俺の横顔しか見せない席にいるが、必ずちらりと見るのだ。

 後、一ヶ月早く生まれたのなら、猫先輩と同じクラスになれたかも知れないのが悔やまれる。

 文芸部の時間は、だからこそ充実したい。


(いぬ)君も純文学から、離れてみたら?」


 猫先輩は、俺のフルネームを無視して、犬君なんて頬杖をつきながらくすりと笑うのだ。

 それで、俺も猫先輩と呼び始めたのだったな。

 もう秋だ。

 芸術の秋、絵よりも陶芸が好きだ。

 読書の秋も勿論いい。

 猫先輩も天羽祭の部誌で受験の為、文芸部から去る。

 だから、芥川賞とかのものを書いて驚かせてやりたい。

 おっとと。

 小生、妄想が入りました。


「私は、ラノベって犬君の完璧主義を砕いてくれると思うよ」


 猫先輩は、艶やかな黒髪を腰のあたりまで伸ばした黒目のくりっとした幼顔で、世話焼きである。

 タイプど真ん中だ!

 水色で膨らみ袖がポイントのセーラー服もよく似合う。

 後は……。

 バストが気になる。

 小生の妄想は正直だな。


「俺は、純文学が合っています」


 俺の天然でゆるいウエーブがかかった茶髪に端正な顔立ちが、クールとマッチしていると後輩に黄色い声を上げられるが、違う。

 特に、クールなつもりはない。


「純文学が合っているならそれでいいわ。もう九月も終わりなの。作品を仕上げましょう」


 猫先輩の甘い髪が、窓から差し込む日に揺れる。

 優しい笑顔が、なんて、なんて可愛いのだろう。

 小生は、もう、ぐっちょんぱだ。

 ああ、こんな語彙では表現できない。

 純文学から遠のいてしまったな。


「猫先輩。部誌は、文化の日発行ですから、腰を据えてがんばりましょう」


 こんなごまかしは、むっふん隠しの限界だ。


「そうね。ぎりぎりまで部活しようか。私がノートパソコンで、犬君が原稿用紙ってよく友達に面白いって言われるのよ」


 猫先輩が、カタカタとキーボードと対話をする。

 しかし、俺にはどうも指の動きが鈍く感じる。


「俺は、原稿用紙のアナログ感が堪らないのですけれども」


 ペンを走らせた所に目を通す。

 同じ所を目が追ってばかりで進まない。

 全く威張れないが、叫ばせてくれ。

 俺は、俺は、スランプなんだー!


「原稿用紙だと校正するの大変でしょう? 保管とかも」


 猫先輩も負けないなあ。

 ちょっと強情なくらいが可愛いのだが。

 俺の信念も話しておこう。


「紙は、信用がおける」


「プリントアウトすれば、一緒だわ」


 ダン!


「俺は、何も悪いことしていない……!」


 普段、冷静な俺が机を叩いてしまった。


 ぐらりと急に大きな地震に襲われたと思った。

 椅子ごとガタガタと動いてじっとできず、俺達はシンクロして叫んだ。


「机の下だ!」


「机の下よ!」


 何かねじ曲がった空間へ吸い込まれて行き、俺はまだ死にたくないと、心の扉を開いてしまった。


「うおおおおおおおお。猫先輩、俺は……。俺は、好きでした……!」


「きゃあー!」


 ――スランプトンネルヘスクリューリュー!


 キリキリする声でリューリューとこだまを聞かされた。

 嫌な気持ちのまま、心地よい朝露の草地に投げ出されたのが分かった。

 しかし、暫くは意識の暗闇でもがくばかりだ。

 う、うーん。

 結構頭が痛い。

 俺が先に起きたようだな。

 隣に美女がいる。

 見渡せば、もやのかかった美しい森の中だった。


「うっわ、猫先輩。向こうの泉を見てください。エルフさん達ばかりです……」


「そうね、素敵なコスプレかと思ったけど、エルフさん達の集落に私達が迷い込んだのかしら……」


 囁き合ったのは、気が付かれたら大騒ぎになると、俺が思ったからだ。


「それより、さっきさ。私のこと、何か言わなかった……?」


 猫先輩が、耳まで真っ赤になって囁き続けた。

 やめてくれ。

 その恥じらいは、堪らない。


「き、気にしないでいてくれたまえ……」


 死にかけないと、こんな告白は無理な話だ。


「てか、それー!」


 俺が猫先輩の異変に気が付き、思わず指を向けてしまった。


「猫先輩。信じがたいと思います。心して聞いてください」


「は、はい……」


 猫先輩は、具合が悪いのか、顔を赤らめて俯いている。


「私は、犬君のこと……。あの、ね?」


「猫先輩は、エルフさんになっています」


 俺は真顔で伝えるしかなかった。


「は? 私が?」


「耳、触ってみてください」


 正面の猫先輩は、顔を上げて、ちょんちょんと触った。


「てか、犬君。君も……。エルフさんになっています」


「は? 俺も?」


 そんなバナナと思い、お胸がたわわになっていないか探ってみた。

 ちっぱいだったよ。

 そう、所詮、父親譲りのないんぺたんですよー。


「鏡いる? 私のスマートフォンは、鏡にもなるのよ」


 猫先輩からピンクのスマートフォンを大切に受け取った。

 ちょっと、猫先輩の小指に小生の小指が当たってしまった。

 これは、もうラブラブ赤い糸の始まりではないだろうか。

 むっふん。

 手を触れてそこから、むふふとはええのう。

 妄想ー!

 バースト!


「うおお! 学ランにエルフさん?」


 鏡で一気に現実を知る。


「私、お耳がとんがっているよー。セーラー服だし。やーん!」


 猫先輩は、体をパタパタとはたく。

 俺と同じで、猫先輩も現状を把握したばかりか。

 その時、ガサリと俺達の隠れ潜んでいるしげみに誰かが入ってきた。


『どなたですか?』


 美しいエルフさん達が五人程、泉での戯れをやめ、二人を取り囲んだ。

 俺達は、もしかして、危険な状態では?


『何をしていますか?』


「私、ネココ。この人はイヌコ。天羽文芸部の作家です」


 ネココ先輩にイヌコだと!

 何てネーミングセンスだ。

 ライトノベル派は自由でいいな。

 俺だったら、龍之介とかにするがな。

 し、しまった。

 芥川龍之介先生を呼び捨てにするとは、小生の愚か者め!


「作家だなんて、何を仰いますか。ネココ先輩」


 エルフさん達は賢いが、危険がないとは断言できない。

 ここは、石橋を叩いても渡らない位に慎重にしなければ。


「しー……。咄嗟のことよ。あながち間違ってはいないわ」


 ネココ先輩は、順応性が高いのか。

 よき団地妻になりそうだ。

 はっ。

 又、小生の妄想癖が……。

 白いエプロン。

 そして、妻。

 ここは団地の三階の部屋。

 窓辺にはデイジーを飾ってある。

 ごはんにします?

 お風呂にします?

 それとも……。


『ネココとイヌコ。ボンジュー』


 う、うおっほん。

 むおっほん。

 俺は、エルフさんの美声で妄想スパイラルから覚醒できた。


「おお、ボンジュー。仲良くしてください」


 ネココ先輩が愛想よく笑った。

 俺は咄嗟に笑えなかった。

 俺だけが緊張しているように感じる。

 普段、溶け込んだり、つるむのは苦手なクールな俺だ。

 ここは、ネココ先輩に任せるか。

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