相死憎愛
10億好きに使っていい、と渡されたら幸せでしょうか。
明日からあなたはメジャーリーガーとして全打席ホームランが打てます、という力が手に入ると幸せでしょうか。
幸せってどうすれば手に入るんでしょう?
何と考えて生きていれば手に入るんでしょう?
1・些細な選択肢
そのストーリーがハッピーエンドかバッドエンドか、それは物語の主人公が決めること
生きている80年のウチのたった6年程度の時の流れが人生が大きく変えてしまうが、彼の心の底で願っていたことは何だったのだろうか。
翔(20代後半)職業・製薬会社勤務
医療情報担当者(MR)と呼ばれ、医師へ適正使用の情報を提供するという職業で聞こえはいいが要は薬の営業である、その証拠に社内では営業成績が存在し、営業成績で人事を左右される。
高学歴や薬大卒も多いが、メーカーの規模によってはFランク大卒も存在する。
この話の主人公は自宅近所という理由で適当に受けたFランク文系卒のMRである。
現在は北海道で勤務している。
生まれは九州の田舎ではあるが藩主の家系、かなりの資産家であるが本人はその恩恵を受けておらず、国内の中小製薬企業のMRとして働いている。
学歴は低いものの昔から営業特有のズル賢さを備えており営業成績も上々、仕事柄おしゃべりでよく笑いズル賢い、たったそれだけの性格だった。
この日も病院へ出入りしているが今日彼は仕事ではない
現在住んでいる北海道から本州の地元へ帰省し、そこの病院へ来ていた。
院内に入り、案内の看板を見ることもなく来慣れた様子で病棟の階段を登りとある病室へ、そこには彼の親戚の妹がベッドで横になっていた。
妹の名前は舞、直接の血の繋がりは無いが田舎育ちとあって、親戚一同実の兄弟のように生活してきた。
ここのところ翔は休みの度に北海道から見舞いに来ている。
製薬会社といえど中小につき決して高い給料ではないが来なければならない理由があった。
妹は末期の膵臓癌で抗がん剤治療で延命措置を行なっている。
いつ来るか分からない死、携帯電話での連絡や見舞いは後悔しないよう行なっている。
若くして発症したガンは進行が早く、残り少ない命を受け入れるしかないとお互い理解しているのだ。
残された時間、悲しまず、笑顔で過ごしていた。
舞「翔兄、彼女いるのに、そんな頑張って帰ってこなくても~」
すごく返答しづらい。
彼女より大事だから?それは違う。こんなことと言えば大炎上だ、どちらがなんて決められない。
妹の余命が?場が暗くなってしまう。
場の空気を変えず、話を逸らす為に何か手近な物の話題を探すと妹が投与されている抗がん剤の輸液に視線が行ってしまう
翔の仕事で売っている薬は整形の薬であり、抗がん剤など全く知識は無かったが、最近の抗がん剤治療は本人のイメージと全く異なり大きく進化していることに驚いていた。
妹は髪の毛が抜けることもほとんどなく、体のシビレもほとんど無いようである。
このままガンが消えて欲しいと何度願ったか…
正月に帰省してコタツでミカン、テレビで特番、このような当たり前の正月はもう過ごすことはできないだろう。
舞には実の兄(弘人)もおり、彼は地元で弁護士として生活しており、夕方以降は毎日来ている。
翔、舞、弘人、彼らが過ごす最後の春は終わろうとしていた…
院長でもある主治医からの説明では、抗がん剤治療の効果もあり、3カ月前後とのことであった。
翔「何かしたいことあるか?」
舞「色々お世話になってるからねぇ、もうほとんど無いんだけど。何か北海道のお菓子かな」
翔「オッケー、じゃあ今度」
この言葉が最後だった。
しかし自体は3カ月待つことなく数日後急に訪れてしまう。
翔が北海道に戻った平日の午後、電話で告げられた妹の死。
理解はしていた。
受け入れるしかない。
しかし全く受け入れることができない。
先週末まで話していた、笑っていた、食事も取れていた。
また夕方にはメールの一つでも来るんじゃないか。
次の日は朝電話で起こしてくれるんじゃないか。
幸せだっただろうか、幸せなはずがない、まだ24だ。
やり残したことは無いだろうか。
翔自身は妹へ話したいことは全て伝えられただろうか。
結婚もしたかっただろう、旅行にも行きたかっただろう。
そんな反省が頭を巡っていく。
翔は仕事の車内でうずくまり、ただひたすら涙を流すしかなかった。
何時間も、妹の名を呼び続けた。
妹の死の連絡以降、親戚の着信にも出ることができない、動くことができない。
何か他に支えられたことがあっただろうか。
きっと弘人も同じ気持ちだろう、電話することはできない。
今日は一人で悲しむしかない。
数日後、葬儀が終わり妹の遺体が出棺されていく。
これから妹に何かできることはないか、妹と過ごした日々を忘れたくない。
葬儀後、少しずつ考える時間ができ、彼の中で妹を忘れないための気持ちが大きくなっていく。
後日、翔は弘人と2人で妹の入院していた病院を訪れ、院長でもある主治医に御礼を伝えに行く。
職業柄病院内の移動は慣れており、院内の地図を把握して院長室へ。
院長室の前に到着してドアをノックしようとした時、部屋から院長の声が聞こえる。やや大きめな声であることから電話中と予想しノックを止めた。
聞かなければよかった。
この言葉を聞いてしまったが為に、今後自分の人生が大きく狂わされることになるのだ。
「あそこのガン患者もいつも通り、生食(点滴の輸液)のみで。使うはずの抗がん剤はいつもの所に売っておいてくれ、どーせ2.3カ月しか寿命は変わらないんだ、誤差だろこんなもん」
俺は頭が真っ白になり、ドアノブに手をかけようとしたところで弘人が止める。
弘人は弁護士故に、医療裁判の勝率や証拠の入手、病院を相手取った裁判の難しさを一瞬で把握した。
ましてや俺が院長へ暴力行為を行えばタダでは済まない。
弘人は翔を引きずるように病院から外に追い出していく。
あの時、舞の髪が全く抜けていなかったのも、体のシビレが起こらなかったのも。
抗がん剤が使われていないから副作用も起こるはずかなかったからというのか…
翔「あんなこと聞いて黙って帰んのか?!」
弘人「勝てない、あの手の行動を起こす人間は証拠隠滅もかなり慣れている。立証は無理だ」
荒ぶる翔を弘人が落ち着かせ、帰路に赴く。
これ以来、今後数年2人は会うことも言葉を交わすことも無かった。
2・バッドエンドルート
妹の死から3カ月
未だ妹の死を引きずり、主治医の抗がん剤転売のセリフが常に頭を回っていた。
忘れたい。
製薬企業の営業として営業活動をしている瞬間は忘れられている気がした。
心の奥底の気持ちを隠し、顔だけは笑顔を作っていれば何も悟られることはない。
笑え
隠せ
偽れ
この文字を延々と心に言い聞かせ仕事を続け3カ月が経過した。
俺は今、勤めている場所とは別の会社に呼ばれていた。
別会社の管理職2人の体面に座らされ、面談を行っている。
社員「うちの社員から聞いてね、君は今の会社で営業成績が上位5%以内に入っていると聞く。君をスカウトしたい」
現在の中小の製薬企業とは比べ物にもならない大企業。
海外に本社を置く製薬企業より転職の話を勧められていた。
社員「年収はこの額で、担当エリアはこの辺で…」
正直、全く頭に入ってこない、給料?いくら積めば妹は返ってくるのか、妹の主治医を1発ブン殴る慰謝料はいくらだろうか。
そんなことばかり考えていたが
社員「ウチの薬は抗がん剤が売りでしてね」
これだけはハッキリ聞こえた。
即答した、この会社に入社すると。
担当エリアは現在の北海道札幌市とは異なり、同じ北海道内の函館市。
気がかりなのは付き合っている札幌の大学生である彼女がどう思うか。
同じ北海道とはいえ札幌市と函館市は250km近く離れている。
本州なら2県分だ。
何を言われるか、遠距離になることに怒られてしまうのか、恐る恐る夜にメールを送ってみるとすぐに返信が来た。
「男なら勤務地にこだわるな」
かっこいい、超好きなんですけど。
盆休みに九州の田舎に帰省すると、本家の当主に呼び出しをくらった。
当主といえ女の比率がかなり多い女系一族ゆえ男ではない、しかしかなり怖い。
父の叔母にあたる人である、叔母ではあるが父と10歳程度しかかわらずまだ50代。
6人姉妹の末っ子らしい。
金持ち故に身なりはかなり整っているが眼光の鋭さから中々逆らい辛い存在である。
子供の頃からほとんど話したことはない、目を合わせているのか睨みつけているのか判別しにくい人であった。
人の心を壊して従わせる術を知っているようで部下も何人心を病んで変わったか分からない。
辞めていった人達も今どこで何をしているのかすら。
当主一族に男性は翔とその父親しかいない。
しかし父親は事故で片足が不自由という点から相続を外されている、足が不自由な侍は使えないという安易な発想である。
つまり跡継ぎは本来自分ではあるが、継ぐことを考えたこともない。
継ぐ気が無いので新卒の配属地を北海道にしたというのに。
正直なところ、田舎の封建的なしきたり等に左右される生活はしたくないのだ。
当主に歳を聞かれ、実年齢を伝える。
「いい話がある」
とそれだけ告げられ応接間に案内された。
応接間のドアを開くと翔と同じ歳ぐらいの女性とその父親らしき男が座っていた…
その父親の顔を見るなり、自分の形相が変わっていくことに気付く。
あの男だ。
妹の主治医だ。
自分が舞の兄であることに気付かれてはいない。
当主がいる手前、場が悪過ぎて手も出しづらい。
案内されるがまま当主と椅子につくこととなる。
主治医「娘と同世代ぐらいですね、次期当主らしい凛凛しいお姿で」
白々しい、MRかお前は
当主「ありがとうございます、それなりに教育はしております」
お前からはされたことねぇよ
主治医「翔さん、ウチの娘です」
翔「はぁ」
と、言われましても。
同世代の女の人ですね、金持ちなりに綺麗な格好はしている、美人かどうかはそこはかとなく普通です。
彼女の方が5万倍かわいいです。
当主「そちらがよければ、ウチはいつでも歓迎いたします」
何が?
っていうか何この茶番。
主治医「もらっていただけますか?娘を」
はぁ?
いらねぇよ、こんな人殺しの娘。
見合いかコレ、今時見合いなんてテレビの中の話だけかと思いましたわ。
見合い定番の「後は若い2人に任せて」の時間になるが何の盛り上がりも無い。
翔「いや、今時アンタも嫌だろ?見合いなんか、好きなやつと一緒になった方がいいだろ?断れよ」
名前も知らない、興味もない。
そんなこと一緒になるはずもない。
娘「私は、あなたを見たことがあります。話したことはありませんが…」
田舎だから見たことぐらいはあるだろうが、俺は知らない。
娘「私の家は空手道場の近くで、母は、よく脱走していたあなたに声をかけていました」
小学生の頃、近所の道場で確かに空手をしていた。
当時の自分はあまりにも弱くて、稽古の途中に抜け出してばかり。
道着のまま外を歩いていると、よく声をかけてくれるおばさんがいた。
「バレない脱走をするズル賢さがあるなら、強くなれそうだねぇ」
と言ってお菓子をくれた人。
いつの間にか会わなくなった、脱走を辞めたのだ。
頭使って相手の意表を突いた技を使うようになって、強くなって脱走を辞めた。
そのおばさんの隣にいた子供か
翔「おばさんは家?」
娘「母は目が見えなくなりまして・・」
そうか
会ったら礼を言いたくなった。
あのヤブ医者にあの奥さんか
30分ぐらい経過し、当主と妹の主治医が戻ってくる。
主治医「どうでした?娘は。前向きにお考えいただけそうですか?」
当主「当たり前だよねぇ?病院の院長さんの娘さんだしねぇ」
ここにいる大人はロクでもないのばかりだ。
俺の妹を殺し、娘を地主に差し出す?
この当主もここまで長く同じ空間にいたのは初めてだが、こんなにも世間体しか考えていないババァとは。
2人共、妹が死んだことを覚えていないのか?
身内の命より世間体か
当主「この間もー、誰だっけ?ウチの若い女の子がお世話になってー」
この言葉を聞いた時、胸から頭にかけて自分が黒くなっていくことを感じた。
覚えていない
自分の利益にならない人間は
憎い
この場にいる人間が全員
殺してやりたい
当主と医者が話している内容なんかほとんど覚えちゃいない、下を向いて怒りをこらえていた。
それと同時に、この娘の母が昔言った単語を思い出した。
「ズル賢い」
あの人に言われたことをすっかり忘れていたが、営業マンとして言われた通りにズル賢く生きていた。
この主治医だけは絶対に許さない
この時にいつも自分に言い聞かせている言葉を思い出した。
笑えよ、俺
翔「分かりました、お互いの為、娘さんの為、前向きに考えさせてください」
笑顔が作れた。
俺はコイツに地獄を見せる。
妹の苦しみを少しでも味あわせてやる。
それまで
ここにいる全員、偽り続ける。
3・何もできず失っただけ
見合いから何年経過したか、体裁だけ付き合ったフリをして結婚した。
一般的な夫婦とは異なり肉体関係などない。興味も無い。
今考えると妻は何のために結婚したのか、こちらは完全に妻を利用している。
何かあった時の為の人質に近い、さすがにこいつの父親も実の娘に危害は加えないだろう。
結婚から数年、仕事は多忙を極めた、成績もすこぶる順調、報奨旅行で海外に行くことができた。
2年という時間は多忙な仕事をこなしながら妻の父親へ復讐を行う計画を立てるに十分すぎる時間だった。
証拠に関して、業者は特定できていた、急に羽振りの良くなった業者で確定である。
当然だが直接聞いたところでもちろん口を割ることはない。
興信所を雇ったとしても本家の耳に入れば消される。
北海道から異動させた場合いくらかかるか分からない。
しかしこの程度のことでプロを雇う必要は無かった。
業者の親しそうな人物に接触し、金で雇う、定期的に録音データをメールで送ってもらえればそれだけで済むことである。
ターゲットの親しい人物に3人程度接触すれば1人は金で動く。
友情という言葉は本当に存在するのか不思議に思う。
もし調査がバレても友人や親しい人物に裏切られた心のショックはデカいだろう。
結婚前に付き合っていた彼女は
結婚したことを何も言い出せず、ずっと隠していた。
函館と札幌という250kmの距離のおかげでバレることはなかった。
いつか伝えなければいけない、その時に彼女は、自分は耐えられるだろうか、好きだという気持ちが歪み始めていっていることはすでに気付いていた。
隠している期間が長ければ長いほど、傷は深くなっていくことを知りつつも僕は彼女を騙し続けた。
月に一回程度の札幌出張の時ぐらいしか会えず、仕事が忙しいとごまかし続けたが、そんな都合の良いことばかり続くはずもなく…
ある日彼女が翔の車を降りた日、イスにメモを置いて言った
「あなたは結婚していますか?」
メールで事実を告げた。
深く傷つけた、多く泣かせた。
もっと早く言えばよかった。
最初に言って別れを伝えればよかった。
僕は2年間、彼女の貴重な人生の時間を奪っていた。
当然別れることになるだろう
数日後、自宅に彼女から手紙が届いた。
それを開いたのは妻だった。
「別れて下さい」と書き綴られた手紙だったらしい。
彼女を傷つけた後悔もある、妻から妻の父親へ連絡が行ってしまったらどうなるのか。
全てが狂ってしまうのか。
何故この時、彼女よりも復讐の今後を不安視してしまったのだろうか…
後日、妻は自分の父でなく当主に連絡してしまった。
定期的に連絡を取っていたらしい。
強い口調で当主から電話がかかる。
週末実家に戻ることになり、それまでの平日は全てが失敗してしまう不安がただ心を蝕んでいた。
そして週末、本家応接間に呼ばれ当主が突きつけた条件は以下の2つであった。
・翔が持っている本家一部の土地を差し出す
・彼女を訴える
自分が持っている土地は本家から少し離れてはいるが、小さいながら妹の墓を置いている土地だ。
子供の頃から弘人と3人で遊んでいた思い出の場所。
何故そこが欲しいのかは分からない。
しかし自分にとっては妹の心が眠っている大事な場所である。
当たり前だが、これまで振り回してきた彼女に迷惑をかけるワケにもいかない。
当主はその場で答えを求めてくる。
妹か恋人か
全て自分の起こした責任だとは分かっていた。
ここで自分の出した答えは…
翔「土地を、提供します」
涙など出ることはなかった。
人の心を壊して従わせる。
昔からこの家のやり方である。
古くから存在する一族、身体の傷は薬が存在しても心の傷を治す薬が存在しなかった時代から続いている一族である。
きっと彼女を訴えるどころでは済まないだろう。
少しでも罪を滅ぼせる理由も欲しかったのかもしれない。
正座をして床に拳をつき頭を下げ、拳を震わせながら当主に従った。
異常な程に奥歯を噛み締めながら。
土地の権利書、後日送ることを約束し北海道へ戻ることとなる。
妹と恋人のことばかり考え、何も妻の事など考えてもいなかった。
復讐を誓ったにも関わらず何もできないまま、大事なものも取られてしまい残った気持ちは絶望だけだった。
4・王国の縮図
本州の地元から北海道の函館の自宅に戻り、翔が行ったことは彼女へのメールだった。
もう返信は来ないかもしれない。
送る必要はあるのか、このまま連絡を絶えさせた方が彼女も幸せかもしれない。
本当に彼女が好きなのであれば謝罪のみ行い連絡を絶つことだったであろう。
彼女からの返信が来る。
翔が結婚していることは薄々気付いていた。
自宅に招くワケでもない、夜電話に出ることもない。
気付かれない方が不思議なぐらいだった。
それでも彼女は付いて来てくれていた。
翔は全てを告げる
自分の生まれについて
妹のこと
妻のこと
妻の父親のこと
信じられないだろう、そんなドラマみたいなこと。
元藩主の家に生まれた人間など滅多にいない、若くして妹をガンで失う人間もいない、抗がん剤を悪用する医師もいない、その医師の娘と結婚することなど、どれもこれも嘘にしか聞こえないだろう。
何故結婚したのか、これから何をするのか
全てを伝えた。
別れが来たと感じていた。
今までの彼女との記憶が蘇る、もう会えなくなるのだと・・・
彼女からの意外すぎる返信。
驚くべきなのか、喜ぶべきなのか、また一つ罪を重ねることとなるのは分かっていたはずなのに。
「全て終わるまで待ちます」
こんな献身的な彼女の言葉に救われた気がした。
ただの重荷にしかならないのに、ただ彼女を失いたくないだけ、自分の都合しか考えていなかったのだろう。
他に誰か彼女を幸せにしてくれる男だっているだろう。
早く終わらせなければ。
妻の父親の大事なモノを壊してやらなければ…
その時は近くまで来ていた。
その夏、地元の実家で当主が空手の祭りを開きたいと連絡が来た。
もちろん拒否権は無い。
当主はキャラクター通り、目の前で大人が殴り合う姿を見ることが好きらしい。
自分の実の父親も参加するようだ、その時点で優勝は父親に決まったようなものだった。
誰も父に勝ったことがない、片足が不自由というのは嘘なのではないかという噂が広まるほど。
優勝賞品は優勝者の望む物、金でもいい、地主の土地でもいい、もちろん限度はあるが。
飛行機代も出るとのことだったので妹の墓参りも考えたが、もう自分の土地では無い。
入ることができるかも分からなかった、入れないその時は妹が歩いた道や店を見て妹が見た景色でも見て歩いて実家に帰ろうかと思っていた。
あわよくばいつか取り返すことができれば…
空港まで家の者に迎えにきてもらい、約1時間半。
空港の周りとは比べものにならないほどの田舎へ到着する。
当主への挨拶と面倒なので妹の墓を先に見に行こうと思った。
妹の墓は本家とは少し離れた場所にある。
金はかかったが田舎の土地、妹が死んだ時から買わせてもらっていた。
昔よく遊んでいた場所だった。
何の柵も無く、幸い自由に出入りできそうな状態だった。
先に墓参りしている人間がいた、妹の一家は一族の中でもかなり人数が少なく、1世帯分人数しかいない。家族ではなく同級生でも来たのだろうかと思っていたが、そこに立っていたのは弘人だった。
3年ぶりだ。特に外見は変わっていない。
あの時、ドアノブに手をかけることを止められなければ妹の主治医を1発殴れたのだが。
弘人はこちらに気付き、こちらまで近づいてくる。
「久しぶり」とか挨拶は無く、彼が言った最初のセリフは
弘人「まだ自由に入れるようだ」
端的に事実だけ伝えていった。
お前は何も思わないのか?
目も合わせず去ろうとする弘人。
弘人「じゃあ、明日」
その表情は見ることができなかった。
もう全てを諦めているのか、自分と同じように恨み続けているのか。
次の日、親戚一同、多くの人間が集まり試合が開催される。
5・血統 覚醒
「私は嘘をついたことがない、欲しいモノを手に入れる実力が十分に備わっている。嘘をつく必要が無い」
よく当主が言っていたセリフ。
この言葉に間違いは無い。
会話するだけて若干恐怖を覚えてしまうが、頭の回転、話の上手さ、人身掌握のスキルで当主より優れた人間を見たことがない。
当主「あんたは何が欲しい?」
翔「俺は、あの土地を返していただきたい」
どう頑張っても優勝は無理だと思われていたのだろう、当主は俺が全く目立たない人間だと知っている。空手なんか何年やっていないか。
当主「私が嘘は言わないのは分かってるね?その願いを承認しようじゃないか」
嘘は言わない。
全くこの人らしい。
「自分より強いヤツがいないからこの道場でやる空手はつまらん」
父のセリフ。
昔から負けたところ、押されていたところすら見たことが無い。
体重50kg程度の小柄な体格に関わらず恐ろしいまでの豪腕。
一撃で勝負が決まってしまうので相手の技や策など全く意味をなさない。
この2人の血を引いているにも関わらず、自分は何故こんなにも弱く小さな存在なのか。
もっと強ければ、もっと頭がキレれば。
そんな1回戦の相手は父だった。
終わった。
土地はどうする。
別の方法で取り返すしかないか。
父「お前、あまりにも弱いからハンデやるわ」
昔から息子にも容赦は無く嫌味ばかり言っていた父だった、このハンデも嫌味の一種だ。
ハンデと言い相手を蔑み、圧倒的な力で勝利する。
この父が当主でなくてよかったと思っている人間も少なくはないだろう。
父「10秒間、俺は何もしない。打ってこい」
それを告げて試合は開始された。
ウチの空手のルールは寸止め、極真のように拳を当てて倒すものではなく競技空手となる。
実際競技空手と言えど寸止めで拳が決まったか判断できないので実際に当てることがほとんどであるが、10秒間立ちっぱなしで寸止めルールなら当たり前のように1本勝ちになるのではないか。
このハンデは嘘で、突っ込んだ瞬間にカウンターが飛んでくるのか。
父「7・・6・・5・・」
時間が無い、どうせ0秒になったら1秒以内に負ける。
僕は軽く息を吐き、父と目を合わせ、少し左の口角を上げた。
審判
「1本!」
審判の声が道場に響く、公衆は驚きのあまり全員無言。
ただ勝負の終わりを告げる審判の声が響き渡った
勝った。
何もしない相手だから当たり前ではある。
自分の中では1分、3分とも取れる長い10秒だった。
父「10秒、焦ったりハンデを信じられずカウンターを恐れて何もしてこないヤツもいる」
翔「10秒たったらどうせ負けるから、親父が本当のことを言ったんだと信じるしかなかった」
父「10秒たったら後悔するほど殴ってやったわ」
当然のごとく当主から父へお説教タイム。
適当にあしらう父。
仲は悪くないようだ。
父「ババァ、俺の息子、強いぞ」
2回戦
相手は本家ではないが身内の人間、野崎。
自分とさほど歳の変わらない相手だった。
不動産業に就いているらしく、ほぼ面識は無い。
審判の役を務めたのは弘人だった。
弘人「初めまして、後継ぎ様」
翔「(?初めまして?)」
弘人「当主様、ここで1つ催し物はいかがでしょう?わざわざ次期当主様もいらしているこです」
当主「何さ?」
弘人「野崎殿が勝ちましたら次期当主の座を野崎家に譲る。坊っちゃんが勝ったら不動産で管理している好きな土地を1つ。ただし、両者どちらかが戦闘不能になるまで殴り合いをしてもらう。もちろん空手ルールではありません、ただのケンカです。賭けるものもそれなりに大きくないと面白くありませんので、ご提案させていただきました」
当主「・・結構面白いじゃないか、構わんよ」
道場から歓声が起こる。
何を言い出すんだ弘人、殴り合い?
相手も若干同様しているようだ、戦闘不能になるまでとは体もただでは済まない。
何かあったら弘人は止められるのか。
試合開始直前、弘人が野崎と翔に声をかける。
弘人「確か、坊っちゃんの土地が現当主様へ名義を変えられたようですが、ご提案されたのは野崎様でしたよね?」
頭が真っ白なのか、真っ暗なのか分からない。
一瞬、ほんの一瞬だけ思考が停止した。
そこからとてつもないスピードで妹との記憶が蘇った。
あの土地で過ごした記憶。
試合開始の号令は出ただろうか、出す直前だっただろうか。
気が付けば、自分が相手の髪を掴み、顔面に膝を入れていた。
初めての感触だった、これが鼻の折れる音。
うずくまる相手の髪を掴み、更に打撃を加えつづける。
何も知らないクセに、あの土地で何があったか、怒りしかなかった。
戦闘不能等に興味は無い
コイツは殺してもいいだろ
相手が倒れていても襟を掴んで起き上がらせ、逃げようとしても頭を掴んでひたすら殴り続ける、顔、腹、膝下、相手は抵抗することもなく戦意を喪失していた。
何故止めないのか、すでに勝負は着いている。
そんな声も上がっていた。
弘人は俺を止めはしない。
気が付けば自分の拳も擦り切れて血が出ているのか、相手の血なのか分からない程の拳になっていた。
この日、20年以上生きて僕は初めて頭のストッパーが外れ、人を本気で殺そうとした
父「あいつ、本当は強いんだよ。相手を怪我させたらとか、後で怒らせたらとか考えすぎなんだよ、昔から」
顔に1発入れようとする俺の腕をいいタイミングで父が掴み制止する。
父「どこまでやる気だ?」
翔「法が許すまで」
父「最初の1発目から許してくれねーよ」
この相手は明日仕事ができるだろうか、後に引きずる怪我はないだろうか。
心配しなければならないはずなのに、何故こんなに胸の奥が清涼感に包まれているのだろうか。
皮肉にも自分はこの一族の一人なのだ・・・
6・将軍か、軍師か、侍か、忍か
2回戦で床を血まみれにしてしまい、しばらく掃除に時間がかかりそうだった。
弘人「当主、坊っちゃんも残念ながら疲労が溜まっているようで2回戦は棄権でもよろしいでしょうか?」
当主「たった1試合しかまともにできないのかい?弱っちぃねぇ、次も同じルールでいいと思ったんだけど掃除が面倒そうだ」
弘人「お約束はお守りいただきますね」
当主「これじゃアイツが優勝したみたいなもんじゃないか、まぁいいけど。いつでも取り戻せるさ、あんな土地」
弘人「・・・ありがとうございます」
さすがに冷静な弘人も拳を握っていた。
俺はさっきの試合で疲れ果ててしまい、床に座り込み乱れた息を整えていた。
「やっぱりあの家系だな」
「怖い怖い」
「人とは思えない」
多くの観衆からそんな声が聞こえる。
父親が止めてくれたものの、相手はどうなったのだろうか。
すぐに病院へ行ったらしいが、きっとあの病院なのだろう。
当主
「面白い提案をしてくれたね?」
弘人「お気に召していただけたなら幸いです」
当主「しかも弁護士か、中々優秀なもんで。血縁の血は無くても実力のあるヤツは優遇しようじゃないか」
弘人「いえ、滅相もない」
当主「しかし2人ががりでやってこの土地程度かい?もっと派手に家ごと乗っ取ってくれるのかと思ったんだがねぇ?」
弘人「・・・?!」
妹の名前すら覚えていなかった当主のクセに。
弘人の驚いた顔。
まさか弘人は家ごと乗っ取ろうと考えていたのか、あの時のことを何も忘れていたワケではないのか。
弘人が何を目的としているのかモヤモヤしていたが、その日、弘人と会話することはなかったが夜に弘人からメールが届く。
「あの土地にあの医者と老健を建てるらしい」
相手が何故あの土地にこだわり続けたのか、これで全て理解した。
当主と医師のお互いの金の為だけに妹を、俺たちの思い出を、また奪おうとするのか。
次の日の朝、俺はあの病院にいた。
院長が挨拶をしたいと連絡が来たようだ。
来てもらうのも面倒なので、こちらから伺うことにする。
昔妹が入院していた頃の見舞い時代とは違う。
昨日の件もあり、病院スタッフも俺の存在な気付いているだろう。
挨拶してくる者もいた。
何せ院長の娘の旦那なのだから。
「昨日はお疲れ様でした、次の当主様ですよね?」
「ウチの病院の土地もそちら様にお世話になっております」
「いつかウチの病院で働いていただけるんですか?」
普段の自分の仕事はこのスタッフ達に対して営業しているのに、地元に戻って家の看板があると人はこれほど態度を変えるのか。
翔「いつか家を継いだら、この病院で働きたいなと思っています」
笑え
翔「もしよかったら薬局ご案内いただけませんか?この仕事してますけど普段なかなか薬の実物を見ることがないので」
隠せ
翔「薬局の冷蔵庫ってどんな薬が入っているのでしょうか?少し気になって、開けて見てもいいですか?」
偽れ
翔「ありがとうございました、院長室は場所は分かりますので自分で行けます」
病院に入ってからずっと作り笑顔、院長室の前に着く。
今度は電話の声など聞こえない。
緊張の息を殺し、院長室をノックする。
「どうぞ」
と声が聞こえ扉を開ける。
コイツが、妹の時間を奪った本人だ。
笑え。
何も悟られるな。
院長「やぁ坊っちゃん、本来ならこちらからお伺いしたかったのですが」
翔「お気になさらず、こちら、北海道からの土産です」
院長「気を使わせて申し訳ありませんね」
少し談笑の後、自分の身体に異変を感じた。
時間が無い。
切り出すのは、今しかないと思った。
翔「妹のこと、覚えておられますか」
院長「えぇ、若いのに、大変ご愁傷様でした」
翔「僕は全て、調べさせてもらいました」
院長「・・・?」
翔「あなたの抗がん剤の使い方について、妹に投与されなかったことも、全部こちらで把握しております」
院長「・・・どこで知った?」
翔「人の余生を、いくらで売った?お前の娘と結婚した理由が分かったか?何故お前に近づいたか分かったか!」
院長「・・・いくら欲しい?」
翔「こんな時まで金か!妹の墓の前で謝れねぇのか!」
俺はポケットに手を入れあるものを取り出し院長の腹に向け突き刺した。
刃物だと思われただろうか、しかし持ち手が院長の方にある。
持ち手を院長に触らせることが目的だった。
院長の指紋が着けばそれでよかった。
俺が取り出したのは、薬局の冷蔵庫から出したインスリン注射。
このペンを握らせること、指紋をつけさせることが目的だ。
院長室に入る前、大量に自分で注射している。
すでに血糖は下がり冷や汗が止まらない、意識もギリギリ保っている。
翔「アンタは全てを認め、証拠隠滅の為に俺にインスリンを刺して殺そうとした。俺を助けても無駄だ、電話を他の奴に繋げて録音している。俺を殺せば殺人だ。殺人未遂か、殺人か、今選べ」
妹のために生きて地獄を見ろ。
医師免許も剥奪され、刑務所へ行き、後ろ指を刺され生きろ。
限界までインスリンを自分に打った。
処置が無ければ死ぬかもしれない。
しかしどうしても、自分の口から妹の件を認めて欲しかった。
目の前が霞む、生まれて初めての体験、手が、体が冷たくなっていく・・。
たかだか一般人、しかも日頃医師へ媚びへつらう製薬会社の人間が、病院の院長に一矢報えただろうか。
もしかしたらすぐ、そっちに行けるかもしれない・・・。
死んでバッドエンドになるか、死んで妹に会ってハッピーエンドになるか、それは自分が決めること。
脳裏に写る最後の顔は・・・
7・その報酬、悪の道
死んだのか、生きているのか
目を開けることはできるか
あぁ、何か面倒くせぇ
生きてたとしたら何をしようか
離婚でもして、彼女とやり直せるか
やり直したいな。
全部謝って、土下座して、これから幸せにすることを誓って。
死んでたとしたら妹に会えるかな?
妹はどこだ?探しに行くか。
目を開けて探しに行かないと…
なぁ、舞、やれたかな、少しは報えたかな
名前書けば入れるような大学出てんのに、外資系の製薬会社に入れたんだぞ。
お前のおかげだ。
「翔!翔!」
・・・弘人?
弘人の声だ、俺は生きていた。
翔「あ、お疲れ様」
弘人「・・・よかった~~」
何と言っていいか分からず、復活からの挨拶にしては中々滑ってしまった。
命は助かった。
体は動くだろうか、誰が助けてくれたのだろうか。
あの時、弘人は病院にいなかった。
弘人と自分は電話を繋いでいたから。
俺の声が聞こえなくなって弘人が病院へかけつけたなら、誰かが治療してくれていたはず。
点滴でブドウ糖が打たれている。
この程度の治療をされるために入院した患者ってこの世でいただろうか。
弘人「あの院長が助けてくれたらしい、だが証拠は完璧だと思うし、お前の証言次第でアイツは殺人未遂になる」
翔「・・・」
弘人だけではない、仲の良かった親戚達も見舞いに来てくれていた。
起き上がらないと…
翔「・・・ん?」
弘人「どうした?」
左腕、肘から手にかけて動かない、利き手なんだが。
重症低血糖の後遺症なのか、もう永遠に動かないのかと不安がよぎる。
医師の話によると一時的な後遺症かもしれないとのことでリハビリを指導された。
そこに院長の姿は無かった。
体は動くようになったので、見舞いに来てくれた親戚達と帰路につくことにする。
当主は、来てはくれなかったようだ。
親戚「元藩主の御子孫様はすげーなー(笑)あんな戦法思いつかねー」
藩主
数百年から続くこの家系で藩を大きくする為に何をしてきたのだろうか。
軍師、侍、忍、商人、農家
学習塾と武道を必須とされている自分達の家系はこの名残りなのであろうか、全てサボってきたが。
濃い、人生の中でも中々濃い2日だった。
実家に戻ると当主がいた。
怒っているだろうな、土地を奪い、政略結婚の相手に殺人未遂の罪を着せようとしている。
土地の利用を一時的にも止めてしまった損害はいくらだろうか。
当主「やるじゃないか」
意外な一言だった。
怒号が響くことを覚悟していたのだが。
当主「お前の策、相手の欺き方、社会的に明らかに格上の相手に向かう度胸。特に安価で興信所レベルの証拠を揃えたその知力、欲しいね、ウチに。いい軍師だ」
翔「んー、そうすか」
と言われてもここに住むつもりはない。
俺の院長に対する復讐は終わろうとしている。
当主「今すぐに、ウチを継げ、仕事を辞め、荷物まとめて引っ越してきな!」
嫌です。
俺の人生をどうするつもりだ、好きな女とひっそりと生活させて欲しい。
翔「お断りします」
当主「言うと思ったが、欲しい物を諦めたことはないからね、覚悟してもらうよ」
覚悟と言われましても。
もう、終わりでしょう。
話を続けても継げと継がないの問答にしかならないので外出することにした。
食事でも取りに行こうか
本家を後にし、歩いてどこか店を探しに行くことにする。
5分ほど歩いただろうか
ガコン!という音、自販機で飲み物を買っている人を目にする。
車椅子の50代ぐらいの女性と、それを押す人、介護の人だろうか。
車椅子の女性はずっと目を瞑ったまま、介護の人から飲み物を渡される。
俺はこの人を知っている。
この人は・・
「バレない脱走をするズル賢さがあるなら、強くなれそうだねぇ」
妻の母だ。
結婚式もしていない。
両親に挨拶もしていない。
その程度の結婚だった。
適当な時期が来れば、終わるような結婚だと思っていた。
翔「あの・・・、昔」
妻の母「10年、20年近くか、目が見えなくなるとね、雰囲気とか声とか、何となく分かるようになってくるんだよ」
翔「・・はい、お久しぶりです。すいません、挨拶も無く」
それどころではない、自分はこの日の昼にこの家庭へ取り返しの付かないことをしている。
妻の母「大きくなって、170cmぐらいか。娘は元気かい?」
翔「・・・はい」
止めてくれ、優しい言葉をかけないでくれ。
俺は何年もあなたの娘を利用した、あなたの旦那に罪をなすりつけた。
しばらくすればこの家庭は崩壊するかもしれない。
会いたくなかった
思い出したくなかった
妻の母「北海道の夏は、涼しいのかねぇ?」
妻の母のあまりにも善のオーラが自分にはかなり辛く染み渡る。
改めて自分は取り返しのつかないことをしてしまったと感じた。
8.悲しい顔
北海道に戻り、日常の生活が始まる。
世間では景気が良くなりアベノミクスで多くの企業が株価を上げていた。
自分も久しぶりに株を始めることにした。
大学時代に興味本位で始めた以来だ。
金が欲しいかと言われればそうかと思う。
何に使うのか
妻の母と妻へ、慰謝料を払うつもりでいた。
いくらあればあの田舎で生涯住めるだろうか。幸い元手は院長の口止め料でかなり多い。
妻を利用した手前、そこにも責任を感じていたのだろう。
もっと立場を考えなければならない人がいたというのに・・
あの日から妻の父親は休職しているらしい。
心を病んでいるなら結構、そこに慈悲は無かった。
何か仕掛けてくるならあの証拠を突きつけてやろうと考えていたが、おとなしいのなら良かった。
妹の土地も戻っており、取られることもない。
気になるのは当主の「欲しいモノを手に入れる為の手段は選ばない」という点だろうか。
あの日から完全に自分は跡継ぎとしてロックオンされてしまっている。
本人は摂政として気楽に暮らしたいのか、当主よりも上の立場をひけらかしたいのか、あの当主の目的地はよく分からないでいた。
相手の心を確実に壊しにくる相手が次にどんな手を使ってくるのか、不安ではいた。
妹の件も少し晴れてきて、本当は何がしたかったのか、それはもう決まっていた。
彼女を迎えに行きたかった。
かなりの年月を待たせている。
貴重な20代の時間を、人生で1番楽しいであろう時間を。
「まだ学生だし、6年制だからどうせ結婚できないし~」
という彼女の言葉に甘え過ぎていた。
今すぐ妻もその家族も切り捨てて彼女だけを見ればいい。
自分は完全な非道になれない上に彼女に迷惑をかけてばかりの中途半端な悪人だ。
所詮死んだら地獄、もう妹と会うことはできない。
この時、何も考えずに早く離婚できていれば・・
実家の後を継がされたら人生は終わりだ。
早く、金を貯めて離婚して
後継が離婚したとなると恥ずかしくて当主にも任命できないだろう。
春に彼女は大学を卒業し札幌市内へ就職、自分も転勤につき札幌市内へ済むこととなった。
たまたま近所に住むこととなり、彼女と会う機会も頻繁になっていた。
金も溜まってきた頃なのでそろそろ本気で自由になる算段を行なっていた。
既婚者ゆえ、彼女には多大な迷惑をかけている、ケンカする日も多々あった。
もう社会人なのだ、何故迎えに行ってやれないのか。
ある夏、北海道観光を目的とした当主がやってくる。
本当に観光なのか、それ以外の目的があるのかは分からない。
当主も自分も喫煙者だが自宅は禁煙としており、喫煙の為に外の車内まで移動することにした。
車内での喫煙中、家を継ぐのか継がないのか押し問答は会う度のお約束となってきた。
決定的に継がせる理由を探っているのか、あれだけ怖かった当主と妻の父の件以降まともに会話していることも不思議ではある。
夜も10時前後となり、あたりは真っ暗になり自宅に戻ろうとしたが。
自宅の近くで足音が聞こえる。
夜なのでかなり響いた音になる。
暗くてあまり見えなかったが、自分の車の前で足を止めた・・
彼女だ。
時期がマズすぎる。
よりによって当主といる時に、逃げろ、何をされるか分からない。
幸い後部座席に座っていた当主から完全に特定はされなかったが、一瞬で悟られてしまった。
自分と目を合わせ、去っていった彼女。
しかしバックミラーに写る当主の顔は勝利を勝ち取ったかの笑顔だった。
当主「掴んだね、分かっていたんだよ、このくらい」
終わった。
こんな時に。
怒っている様子は無い、不気味な程笑顔だ。
当主「分かっているね」
素直にうなずくしかなかった。
さっきまで普通にできていた会話は何だったのか、確実に当主は俺の心を壊しに来る。
当主「女って、そうなんだよ・・・」
一瞬だけ、ほんの一瞬だけ当主が下を向いて呟いた。
あの勝ち気な人が悲しそうな顔を浮かべた・・
9・奴隷が黙りっぱなしじゃない
当主から告げられた選択肢
1.家を継ぐ
2.土地と金を渡す。
3.彼女の人生を終わらせる
当たり前だが3は無い。
1の家を継いだらそれこそ今までのことは無意味。
2の金だけにしてくれないだろうか、こんな条件飲むはずが無い。
何故土地にこだわる?
妻の父はいない、今更何になる?
土地にこだわった俺が、ついでに家を継ぐというのを狙っているのか・・
ならば2を選んだら同時に1も選んでしまうようなもの。
頭の中に、1番、2番、それを選んだ未来だけが回っていく、望まない、好きに生きたい。
好きなヤツと、好きな場所で。
もう無理なのか・・
当主「悩みな、あと少し時間をやる」
考えろ、少しでも可能性がある方を。
どう騙そうとしてもこの当主に勝ち目なんてない、何を守りたいか、何の為に生きたいか…
俺は口を開いた。
翔「家を継がせていただきます・・」
当主は笑う、今まで見た最高の笑顔だ。
悪魔は皆笑顔で近づいてくる物なのだな。
当主「頼んだよ、坊ちゃん。しばらくは休日に戻ってこっちで働きな、私は優しいから時間をやるよ」
翔「ありがとう、ございます・・」
諦めるな、壊れるな、今までやってきたじゃないか。
勝てよ、勝てる、この当主に。
もう、叩きのめしてやるしかない。
数日後、彼女に伝えることにした。
これ以上迷惑はかけられない。
別れるのであれば構わない、誰か他に、きっといい人が。
「待つよ、帰って来るでしょ?しばらくはこっちにいるわけだし。家まで行って、ごめん」
ダメなんだよ、いつになるか分からないんだよ。
いつも家でどんな気持ちなんだろうか、泣いてるんだろうな、恨んでいるだろうな。
いつか帰りたい。
全員殺してやりたい・・
何を責任転嫁しているのだろうか。
後々振り返れば自分が最も悪いのだ。
自分の中には、客観的に自分を見つめる自分、それを更に外から見つめる自分。
多くの自分の考えが入り混じっていた。
平日は札幌市で仕事、月に1~2度本州へ戻り実家の仕事、もちろん無給である。
そもそも当主といえ地元で働いていないので顔が無い。
まずは近隣の人々と関係を作る。
日頃より営業の仕事をしているので全く難しくは無かった。
当主に心を売ったと思われているのだろうか。本心は完璧に隠しら偽り続けられていたつもりだ。
当主からも笑顔を見ることも頻繁になった。
怪しい笑顔には変わりない。
もう完全に心は壊れていると思われたのだろうか。
俺はまだ死んでない。
いつか必ず、お前らを黙らせてみせる。
10・騙し合い
当主の条件を飲み、現在は当主補佐として働いている。
インターネットのおかげで常に本家にいる必要は無く、平日はほぼ北海道でサラリーマンとして働いている。
やらされているだけ、当主の面倒な仕事を回されているだけ。
当主の都合よく扱われている。
今は従わなければ、今だけでいい。
自分を偽り続け、作り笑顔で毎日を過ごす。
それは本家にいる時だけではない。
サラリーマンとしての仕事中でも、自宅でも、いつの間にか彼女といる時でも気持ちを偽り、作り笑顔になってしまっていた。
辛いと言いたい、逃げてしまいたい。
感情は殺せ、彼女を不安にさせるな。
笑え
どのくらいの期間が過ぎただろうか、ほとんどの親族と親しくなっていた。
中には嫌う自分を嫌うものもいただろう。
当主に媚びるヤツ、当主に従わざる得ないヤツ、多くの考えが入り混じっていた。
心に余裕が感じられないヤツらばかり、腹黒そうなヤツらばかり。
いつしか腹の探り合いも楽しみを覚えるようになってきた。
本家に戻った時、たまにではあるが会いに、というべきか見舞いというべきか、妻の母の元へ行くようになっていた。
失明した妻の母の車椅子を押し、あの道場の前を通る。
妻の母「ここはね、懐かしいね。子供達の声、床の響く音。トイレの窓から抜け出す悪ガキはいないみたいだけどねぇ」
翔「おかげさまで、サボらなくなりましたよ。今でも全然強くはないんですけど」
妻の母「十分だよ、空手だけじゃない、人も着いて来ている。あの人が次の当主になればとか言われたりしてるよ。優しい子なんだね」
翔「ありがとうございます・・あの、今院長は?」
あれから何年経っただろうか、今まで怖くて聞けなかった。
罪を着せ、刑務所で暮らしてもらおうかと思っていた相手だ。
何も訴えはしなかった、あの時すでに心は壊れていた。
思い出す度に自分も所詮この一族の血を引いているんだと呪うばかりだった。
妻の母「分からないねぇ、何年も会ってないんだよ。愛人のところにでもいるのかねぇ。お金だけは毎月振り込まれてるよ」
すでに家庭は壊れていたのか。
目の見えない奥さんを置いてか、あの院長らしいといえばそうなのだが。
妻の母「もうさ、無理しなくていいんじゃないかい?家事もできない娘でごめんよ」
全て見透かされていた。
謝られることはされていないのに、急に目が熱くなりだした。
ダメだ、泣くな。
弱味を見せるな。
相手が誰であっても。
ここで逃げてどうする。
あの当主から逃げられるのか、そうすれば自分だけでは済まない、逃げるなんて選択肢は無い。
翔「大丈夫ですよ、何も無理してません。飯も食ってますし、寝れてます」
これ以上話すと泣いてしまいそうだ。
妻の母を家に送り、自分は本家へ戻ることにする。
「好きでこんな家に生まれたワケじゃない」
こんなことを言ってしまえば、金持ちなのにとか総スカン食らうんだろうな。
金など、本当は何一つ大事ではないのに。
次の月
本家の一室で会議に出席する。
会議に参加予定人数は約20名。
進行は弘人が行なっている。
当主と自分が前方に座り、向かい合う形で他の参加者を座らせる。
参加者はわざわざ前方の自分達のところまで来て挨拶し着席する。
そう動くように無言のプレッシャーを与えて来たのであろう。
上部だけの挨拶を行う者、信頼を寄せてくれる者、当主でなく自分だけに心を開いてくれている者。
目を見れば分かるようになっていた。
これだけ雑務ばかり自分に押し付けて来たのだ。
そろそろ、当主が動くのではないだろうかか。
当主「今日は皆に私の引退について伝えたい」
来た。
当然会場がザワつきだす。
当主「分かっていると思うが、現在隣にいる翔が私の仕事を手伝ってくれている。今後の未来の為、まだ若いだろうが彼に当主業務を任せて行きたい。ウチのしきたりに習って無記名投票を取らせてもらう。過半数賛成の場合、この議題は可決するものとする」
無記名投票という名目だけだ。
答えは決まっているようなもの、逆らえばどんな目に合うかわからない。
「当主を明け渡し、自らは名誉当主として当主を監督する」
面倒な仕事を俺に押し付け、自らの立場は守ろうとする。永遠に俺を使い古し絶対的権力を手に入れる気だ。
静かに投票が行われる。
20名程度の集計にさほど時間はかからない
ヤラセみたいなものだ。
進行の弘人がホワイトボードに結果を記入する。
当たり前の結果しか出ない。
俺たちの描く、当たり前の結果しか。
当主は今日、その席を俺に譲り・・・
一族追放だ。
11・解放
ホワイトボードに書かれた結果
賛成・2
反対・18
2人はさすがにビビってしまったが仕方ないだろう。
当主が怒りの表情を示す。
当主「お前ら分かってるな!自分の書いた事が!」
弘人「分かっていないのはどちらでしょうか?」
弘人がため息交じりに口を挟む。
そして大きな茶封筒を鞄から取り出して中身を広げる。
弘人「少し会計のことで気になる事がありまして、土地の権利の移動がおかしなことになっておりましてね。当主が30分早く集合して皆に見ていだきました。」
数多くの改竄疑惑の書類が提出される。
5年以上前の物だが、本家が管理している土地が不自然な安さで外部に提供されていた。
得をしたのは誰か、書類を見る限り明白であった。
妹を殺した院長だ。
ずっと気になっていた。
昔、北海道の自宅に停めていた車の中でタバコを吸っていた際に彼女が来てしまった時に当主が小声で呟いたあのセリフ。
当主「女ってのは、そうなんだよ・・」
聞き逃していたら終わっていた。
この瞬間を待っていた。
この内容はここに参加している全ての一族が知っている。
昔、院長の不正を調べる為に
業者の親しそうな人物に接触し、金で雇い、定期的に録音データをメールで送らせた時と同じ方法だ。
当主補佐となってから、親しい親族を指導し、この方法を鍛え上げて来た。
藩主らしく、侍や軍師だけでなく、忍も誕生させることができた。
ターゲットの親しい人物に3人程度接触すれば1人は金で動く。
もし調査がバレても友人や親しい人物に裏切られた心の傷に苦しめばいい。
当主の顔が焦り始める、初めて見た表情だった。
誰が当主を付け回していたのか、必死に裏切り者は誰なのか考えているところだろう。
当主のガードが固いことは十分に理解していた。
だが、院長はどうだろうか。
俺は当主をターゲットにはしていない、全てあの院長をターゲットにしていた。
証拠は完璧だった、決定的な写真もある。
いつかの妻の母の言葉
妻の母「分からないねぇ、何年も会ってないんだよ。愛人のところにでもいるのかねぇ。お金だけは毎月振り込まれてるよ」
これがあったから。
あの時、車椅子を押さなければ全ての話は繋がらなかったかもしれない。
弘人「続いて、当主がこの医師の別邸へ夜に伺い、朝に出てきた写真でもここで公開いたしましょうか?」
したり顔の弘人。
ざわつく会議室。
あのプライドの高い当主のこと、そんな写真を公開されたらどんなリアクションをするのか少し期待したくもある。
これだけの力を持ち、人を陥れてきた人物の唯一の弱点が、まさか男だったとは。
ずっと、ずっと独身を貫いてきた理由はコレだったのか。
無言で下を向いている当主。
正直なところ、自分の立場も写し重ねてしまい、自分も少し下を向いてしまった。
弘人「本家の財産を不正に利用した罪は、非常に重く、一族追放に処さねばならないこととなります。従って当主補佐の翔を当主代理という形で就任させていただきます」
会議の参加者より拍手が起こる。
嬉しくはないが、皆の表情も少し和らいでいる感じがした。
もうこの当主から皆解放された瞬間であった。
下を向いていた当主だが、プライドをへし折られた怒りからか、俺を睨みつけ立ち上がり早足で近づいてくる。
それを制止する形で弘人が入った。
弘人「困りますねぇ、暴れていただいては」
翔「私への要件は、当主補佐の弘人を通していただけますか?」
当主「クッッッソガキ共がァァァ!!」
翔「本日の会議はこれにて終了いたします、議事録は追って皆様へお送りしますのでご退席下さい」
退席する参加者達、大きな肩の荷が下りたのか笑顔の人達もいる。
よかった、もう皆を威圧し続ける者はいない。
当主「アンタには、私ができなかったことをさせたかった」
この人には最後まで強気でいて欲しかった。
当主の席が奪われた段階で無言のまま退席して欲しかった。
できなかったこと、あの院長との繋がりのことか。
そんな弱いところを見たくはなかった。
強気で、威圧的で、圧倒的な力を持って、欲しい物は全て手に入れる。
そんな強い当主を心のどこかで尊敬していたのかもしれない。
当主は本家を追いやられることにはなるが、今までの貯蓄もあるだろう、どこかでひっそりと暮らして欲しい。
膝から崩れる当主を後に、弘人と会議室を出ることにする。
翔「お前も、よくあのババァが院長のところに行ってる写真を撮れたよな」
弘人「あぁ、あれな。無いぞ、そんなもん」
翔「えっ?!」
弘人「あったとしてもあのプライド高い当主が、その場で公開することを許すはずないもんな。あの医者のところに行ってたのは事実だが」
弘人も、俺も、もうすっかりこの一族の人間らしくなっていた。
昔当主に
「2人がかりなら家ごと乗っ取ってみろ」
と言われた通り。
俺たちは、この家を自分達の物にした。
12・20代目
当主が追放され、翔が当主代理、弘人は当主補佐という立場になっていた。
平日は北海道でサラリーマンをしている都合、頻繁には本州の本家で仕事が出来なかった。
親族も当主がいなくなった今、このわがままな依頼を快く受け入れくれた。
前当主を追放したことで信頼を勝ち取っていた。
俺はただ、親族を騙し続けている。
サラリーマンを辞めてもいいのでは?
という意見も多くあったが、もう少し続けなければならない理由もあった。
心のどこかで前当主が何か仕掛けてくるのではないか、不安に思いながら北海道と九州の生活を続けていた。
本家の空手道場も相変わらずの盛況であり、翔、弘人共に門下生を指導する立場となった。
10年以上離れていた空手も少しづつ感覚を取り戻している。
ある日、道場に父が来訪した。
当主を追放した会議も欠席で返事が来ていた。
学生時代にバイク事故で足を怪我して相続権を放棄。
高校での停学は数知れなかったが、頭は良く有名国立大学の合格を4年も学生するのは面倒とのことで蹴る、相続権も無いのにという理由で会議の出席はここ数十年全く無し。
空手の実力は、恐らく一族で最強であろう。
こんな素行の悪い親族は父ぐらいである。
しかし気さくすぎる性格から親族からの信頼は非常に厚い。
事故さえなければ確実に相続していたはずだが、父は本家と全く関係の無い企業に就職し本家を離れた。
度々父には会っていたのだが、道場で会うのは久しぶりだった。
父「ちわーっす、道場破りでーす、この中で1番強いヤツを出して下さーい」
冗談と受け取られ、道場に笑いが起こる。
父らしい登場の仕方だった。
父「御当主さんが代わったっつーからさぁ、しかも息子だって言うじゃない?父親の俺に何かくれんのかなーと思って」
翔「いや、無ぇし!俺すら何の稼ぎにもなんねーわ!」
父「じゃあ、この道場くれよ」
父から笑顔が消え、睨みつけるようにこのセリフを放った。
またすぐにいつもの笑顔に戻り門下生へ声をかける。
父「みなさーん、すいませーーん、ちょっと道場破りさせてもらいますんで練習ストップしてもらえますかー?マジでマジで」
あの表情な何だったんだ。
何が気に入らない?この道場に思い入れが?
いやいや、ほぼ来てねーだろ。
別に取り壊したりするつもりもねーし!
やっと父の言葉が通じたのか、門下生達が道場の隅に追いやられる。
弘人「すいませんが当主に傷を入れるわけにはいきませんので代わりに俺が、そもそも当主そんな強くないし」
うるせー。
父「あぁ?強くねぇ当主なんかいらねぇだろ、当主出てこいよ!」
何に怒っているんだ。
普通の人間が勝てる相手じゃないだろ、正直なところ道場を父にあげてもいいんだか。
さっさと負けて明け渡してやろうか。
翔「弘人いいよ、俺が行く」
父の前に俺が立つ
父「集まっていただいた皆さん、これからこの道場をかけて1勝負させてもらいまーす。俺は当然全力で行きます、相手は息子ですが体のどこかが永遠に動かなくなっても知ったこっちゃありません。次の当主をさっさと考えていて下さいねー、じゃあ、試合開始!」
何を考えている?!
もう考えた頃には遅い、父の拳が俺の腹に決まっていた。
翔「!!」
とてもじゃないが我慢できる痛みではなかった。
自分より10cmも背が低い父親の身体のどこにこんな力があるのか。
攻撃を受ける腕自体にとてつもないダメージを与えられる。
足をかけられ、ダウンした俺に容赦なく拳が放たれる。
道着の襟を掴み無理矢理俺を立たせようとする。
理由は分からない、しかし目を見ればこの人は本気だと伝わってくる。
審判である弘人に止められ元の位置へ移動する。
父「弱ぇなぁ、お前何年俺の息子やってんだ?何で当主なんかやってんだ?」
全身に痛みが走る。
何年息子やってるか、これは申し訳ないな、今までサボってきた罰だ。
何故当主になったか?まだ正式にはなってないさ。
好きでやってるワケじゃない。
俺だって、普通の家に産まれて、普通に育って、普通に誰かを好きになって、普通に結婚して、そんな普通が欲しかったのに。
自分の放った右の拳が父の腹に決まる。
父はノーガードだった、決まって当然だ。
父「お前、そんなもんか。そんな当主いらねぇわ」
父は俺の右腕をそのまま一本背負いで俺を投げ飛ばす、空手の道場だぞ。
父「立て、まだ体動くだろ。完全にその利き腕壊してやろうか?」
何に怒っているのか全く理解できなかった。
俺がいなけりゃ、バイク事故がなければ、本当はこの人が家を継いでいた。
継ぎたかったのか?
それはないだろう。
ほぼ一方的にやられているし、当たり前だが勝てると思えない。
武道は心・技・体と言われるが、体の格が異常すぎる。
この人は本気で俺の体を壊しに来ている。
実の息子だぞ、壊す理由がどこに…
ここまで考えて全て理解した。
そうか、何だかんだで、あなたは俺の父親なんだな。
場外まで追いやられてしまったので、再度元の位置へ戻される2人。
考える時間は十分取れた。
翔「なぁ、親父さん・・ありがとな」
自分から行った。
こんな不器用な親父がいるか、他の身内達みたいに俺にも饒舌に話してくれよ。
くだらねぇ、こんな殴り合いで解決しようとするんじゃねぇよ。
弘人「・・・?」
皆は親父と勝負する時、ほぼ諦めた状態で挑んでいるんだろうな、一般人と才能が違いすぎる。
父「ッッッ!!!」
勝てると思ったことはないか?
勝ちたいと思ったことはないか?
押したぞ、みぞおちに1発入れてやったぞ。
俺だって、諦めたことがない事ぐらい、1個だけあるんだよ。
静かに2人の足音だけが道場に響き渡る。
見ている門下生も全く口を開くことなく2人の試合を見続ける。
皆は気付いただろうか、父親が右のガードを一瞬下げたことを。
親父は気付いていたんだな。
ごめんな、あんたの息子はもう少しここで生きないといけないんだよ・・
父が右のガードを下げた所に俺の左がクリーンヒットする。
父の肋骨折った。
感触で何となく分かる。
翔「ありがとう、俺左利きなんだよ」
父
「いってぇ~、終わり、負け、俺の負け。マジで病院行くレベルこれ」
わざとだ。
ガード下げたろ。
こっちのやる気次第では本気で俺の体に後遺症が残るほどのことをやろうとしてたろ。
そうやって、この地獄みたいな家を継がせないようにしようとしてたんだろ…
泣きそうになるからさっさと病院行って帰ってくれよ。
父「いやー、負けた。全力で殴ってたのに負けた。勝つことしか考えてなかったから、負けたら何するか考えてなかったな~」
翔「病院行って帰れ」
父「いやいや、御当主様、賊を打ち負かせて無罪放免は中々人ができすぎではないですか~?ということで、本日より私も御当主の部下として一族の未来を見守っていこうではありませんか」
翔「・・えぇえ?!」
弘人「是非お願いいたします、坊ちゃんはまだまだ当主として不安な点もございますし。相手が手を抜かない限り勝つことは無かったでしょうから」
さすが、気づいてたんだな。
父「こんな家追い出してやろうと思ったのによー、本気感出すもんだからガード緩んじまったわ、治療費の領収書、送っとくゾ」
翔「治療すんな」
主人公のライバル的な存在が仲間になるような展開ではない。
ラスボス倒した後の裏ボス級のヤツだぞ。
俺には足りなかった。
前当主のような威圧感が、いつか誰かに舐められて裏切られる気がしていた。
弘人も、父も、きっとそこに気付いていたのだろう。
威圧感の元がトップにいる場合とトップ下にいる場合。
どちらにも逆らうことは困難だが、後者の場合はトップに意見を伝えることができる分、都合がいいのだ。
父もこの一族で、そして俺の父親なんだな。
13・決断、それが永遠の別れだとしても
たまの休みが合えば北海道で彼女と出かけるとこもあるのだが、こちらが世間的には既婚者ということもあり度々口論になることもある。
待たせすぎていることは分かっている。
周りから見れば都合よく結婚適齢期の彼女を振り回しているクズだ。
自覚もしている。
もう少し、もう少しだけ
洋服店に入り試着をする彼女から、試着が終わった服を見せられる。
何と言えばいいだろう、似合ってると言うべきなのだろうか。
正直なところを言えば分からない、何着ても似合うだろ、彼女なら。
翔「似合ってる」
これは嘘なのか、本当なのか。
試着室の鏡越しに目が合う後ろの客。
目が合った瞬間、違う売り場へ去っていった。
彼女を自宅へ送る際、道を間違えたフリをして遠回りをしてみた左折、左折、左折
車で同じ方向に3回曲がる。
こちらは気付いていた。
追われていることに。
泊まっていくか聞かれたがその日は断って帰ることにした、次に会う日も、またその次も泊まりは断った。
1人でいる時は違う車に追われている気がした。
バックミラーから後続車の運転席を見ようとすると相手は顔を下に向けた。
興信所にしては動きが素人すぎる。
広めのコンビニに車を停め、相手の出方を見ようとした。
入ってきた、この時点で興信所ではない。
プロなら同じ敷地に入らないだろ。
俺は駐車場に停めようとしたギアを急にバックに入れ、ゆっくり駐車場に入ろうとする相手の車に突っ込んだ。
道路から車の頭半分駐車場に入った状態で立ち往生する相手の車。
車通りも多いので後続車の迷惑になるので逃げ道は無い。
翔「すぐに降りろ、ナンバー、顔は覚えた」
逃げるかとも思ったが大人しく車を停めてこちらへやってくる40代程度の男。
翔「誰に雇われたか分かっています、失敗の連絡をしなくてよろしいですか?もしくは俺に更に高い金で雇われて2重で働きますか?」
誰に雇われたか確信は無い。
ここまで来ると彼女にも被害が出てしまうのではないか。
あと、こんな凡ミス探偵を雇うつもりもない。
追ってきた相手の免許を控える
翔「家庭はありますか?」
業者「はい・・」
翔「次からは気をつけて下さい」
笑顔で送り出した。
この程度の脅しで十分だろう。
あの家のこと、俺が誰から追われてもおかしくはない。
しかし彼女には何らかの対策が必要になる。
後日彼女に会った際、いつものことだが俺は長財布をポケットに入れるのが面倒なので彼女に渡す。
財布には風俗店の会員カードが数枚入れてあった。
営業という仕事柄、妻にバレずに店に行きたいという顧客も少なくはない。
会員カード預かっておいて店に行く前に渡しに行くことはよくある。
帰り際に財布を預けたことを忘れたフリをして自宅に戻る。
10分後に電話し、財布を受け取りにいく。
見ていて欲しい、見て欲しくない。
どちらの感情もある。
事情を全て伝えて、これからの連絡を断つべきか。それは未練が残ってしまう恐れがあるため、下衆ではあるが嫌ってもらう方法を選んだ。
俺は何度彼女を騙し続けたのか…
明るく財布を返してくれたが、後にメールで伝えられた。
やはり見ていた・・
ごめん、本当は自分のじゃない。
そんな店に行くこともない。
財布を見られたことに激怒する男を装い、メールを返信する。
後日、彼女からのメールが送られてくる。
全て返信しなかった、何度も、何度も送られてきたというのに…
仮に彼女にポンコツ探偵がついていたとしても証拠は出ないだろう。
もう、終わりにしなければならなかった。
連絡を取ることも無いかもしれない。
何一つ彼女を笑顔にさせることはなかった。
俺は最後まで彼女を騙し続けた。
心のどこかで最後にしたくないという気持ちがあった。
もう、こんな男のことは忘れて欲しかった。
普通じゃない、普通の家に生まれていない。
この状態でくっついたとしても、きっと幸せには慣れない。
14・全て捨てた、この道の為に
彼女を捨ててしまった数日後、本家では人が集まり俺は数分の演説を任された。
本日を持って、正式にこの家の当主になることを誓います。前当主不在のため、直接の伝承儀は控えさせていただておりますが、前当主に負けぬようより一層努力してまいります。
こんなかしこまったことを、こんな歳で、ほとんどの親戚が自分より10も20以上年上だぞ。
少し間が空き、こんな定型文でなく自分の言葉で話すと決めた。
翔「こんなお決まりの内容から入ってすいません。前当主に迷惑かけられた人も多いでしょう、良い思いをした人も中にはいるかもしれません。これからは言いづらいことはありません、決して全ての意見を叶えられるワケでもありません。でも言って下さい、どんな言葉でも受けます、僕自身へのクレームでも構いません。これは、今まで苦しい思いをしてきた皆様への罪滅ぼしだけでなく、僕らの組織を少しでも良い方向へ導きたい為です。これから、力不足の僕ですので、皆さんの力を貸してください」
参加者の1人が手を叩き、少しずつそれが周りに伝染していく。ほんの数秒で全員からの拍手が起こっていた。
ほとんどの参加者が笑顔だった、俺が最初に来た暗い雰囲気とは全く逆だ。
ここにいる間、ずっと見ていたいと思っていた風景になった。
でも皆ごめん、嘘ついてごめん。
いつか、いつか話すから
ここからの1年はもう振り返りたくもない日々だった。
インターネットのおかげで北海道でもできる仕事は多くなっていたが、事あるごとに九州、すぐに北海道なんで月に何回あっただろうか。
妻の父親が不在の今、病院の仕事も手伝うことがある。
まさか製薬会社の人間が、製薬会社や医薬品卸から営業を食らう側に回るとは。
忍も使わせてもらった。
旧当主派を根絶やしにする為に、多くの不正を暴き、晒し者にし、追放した。
忙しさに心が若干狂いはじめたのか、裁いてきたのは1人や2人ではない。
非情なことにも慣れてきた気がした。
昼仕事と株取引、夜はFX、どこの誰が自分を見ているか分からない自分のSNSも楽しい生活をしているアピールを行うためにプレイ中のゲームの内容を投稿したり。
1日平均2時間睡眠だった。
当然だが彼女からの連絡も無い、どこかで元気に彼氏でも作っているだろうか。
どうしても親族内での信用と金が必要だ。
きっと弘人は気付いているんだろう、本家の廊下ですれ違う時に弘人は言った
弘人「少し寝たらどうだ?」
翔「慣れてしまって、1日2時間で十分動けるようになってる、だから大丈夫・・おっっ!!」
何もないところで転んでしまった。
運動不足か。
弘人「大丈夫か!休め!もういい加減にしろ、金ぐらい俺も用意してやる!」
翔「いいんだ、お前は絶対手を出さないでくれ、自分でやらないと意味が無くなるんだよ。あと少し、あと少し」
俺は当主の部屋で片付けていた資料を転んだことで散らかしてしまったので弘人が拾ってくれていた
その中にB5の書類よりも小さい大きさの紙が目に入ったようだ。
弘人「おい、これは」
翔「ヤメろ!見るな!」
気付かれただろうか、1枚だけ持っていた彼女の写真だった。
誰が自分を見ているか分からない、アドレスも過去のメールも彼女とのやり取り使っていた自分のアドレスも、スマホの写真も全て消した。
そこまでしないと何が起こるか分からない。
昔彼女が自分のカバンにこっそり入れた写真だけがただ1枚残っていた。
持っていてどうする、もう戻れない。
そう思っていても、それが自分の心が壊れぬよう唯一の支えだった。
毎日笑顔を作り、親族の話を聞き、金を稼ぎ
1年近くが経過していた。
いつも持ち運んでいた鞄もボロボロになってきていた。
この鞄に写真を入れられてたんだなと思うと何か捨てづらい。
1年経過して、目標金額に到達することとなった。投資だけでここまで稼ぐとなるとかなりの情報量だったが幸い、弘人の弁護士という職業というか人脈というか。
弘人の知り合いの集まりに参加させてもらったこともよくあったが、高学歴の友人関係とは生きている世界が全く違うのだなと。
これを銀行で現金として見た時はさすがに驚く量だ。
金は稼いだ。
後は、一緒に地獄へ行こうか
15・共に地獄へ
妻の父が院長を務める病院、役には立っていないだろうがここの手伝いをすることは多々ある。
院長娘を妻に貰っているのだからスタッフの皆の気遣いが息苦しいほど。
院長不在とよく患者さんや出入り業者には伝えていたが、本当はこの病院にまだ居座っていることも調べはついていた。
「特別室」
個室の病棟であり、一泊の入院料金が高額な部屋、かなり広めで当然3食飯つきなのでホテルを超えた金額になる部屋がある。
その部屋の扉をノックも無しに開ける、もう昔と立場は全く違う。
院長「何をしに来た…」
翔「人の死に目を見に来るのは違法ですか…?」
院長「製薬会社のMRのクセに、出禁にしてやろうか」
笑顔見せることができるものの、点滴が繋がれている腕。
痩せ細った身体。
少し前から院長は膵臓ガンだった。
翔「甘いもの、お好きでしたよね?北海道のお土産です」
院長「膵臓ガン患者に甘いもの食わせるのか、お前本当に製薬会社の人間かよ」
皮肉を言われた院長も笑って返答する。
見舞いに通うたび、少しずつ打ち解けていった。
飾っている花の水、前当主が変えに来ているのだろうか。
院長の状況は奥さんにも、俺の妻にも伝えていない。院長自身もう連絡も取っていないらしい。
翔「ははは~、1日でも早くこの世を去っていただきたくて~、地獄すら生ぬるいじゃないですか~」
当主追放の件から、当主よりもこの院長を方の行方を調べていた。
入院していること、膵臓ガンであること、もう末期であること。
殺したいほど恨んだ、死んでくれるなら喜ぶべきだろう。
こいつは全ての元凶なのに、いつの間にか俺はコイツと笑顔で談笑するようになっていた。
もう死ぬから?
病院も自分の物になるから?
もう、答えを出してしまおう。
院長「しかし、いつまた外に出られるのか。最後にどっか旅行でも行っとくか~、坊ちゃんも来るか?娘と」
翔「そうですね、妻にも伝えておきます。痩せてはいますが、お元気そうで」
院長「抗がん剤治療とはすごいものだ、ガンでもここまで生き長らえる、こんな時代が来るとはな。しかし坊ちゃん…何と言っていいか…妹さんのことは」
翔「すいません、反省いただいただけでも僕からは何もありません。抗がん剤の件以外の事は手厚く看護していただきましたし」
院長「あの世で皆に詫びないとな」
翔「今は落ち込まず、生きることに専念しませんか?抗がん剤の副作用も少ないことですし」
来た、来た来た来た来た来た
ニヤケ顔が隠せない、これだ、この時だったんだよ、もう俺も戻れない
俺も、お前も、俺も、お前も!!!
地獄に落ちる時だ
翔「脱毛も少ない、手のシビレも無いようですが、本当に抗がん剤治療を行っていますかぁ?」
院長「?!まさか・・・?」
俺の目は全く笑っていない。
しかし右の口角だけは上がりっぱなしだ。
そんな笑顔でこのクソみたいなオッさんをゴミを見る目で見下してやりたかった。
翔「ウチの会社の抗がん剤を使っていただいて誠にありがとうございます・・何故俺がこの会社に入ったか分かりますかね?」
鞄からビニールの袋を取り出す。
中には空いた小ビンが数本。
全て投与されている抗がん剤と同じモノだが、大きな注意書きで「生食注意」と書いてある。
翔「会社に入るとさぁ、抗がん剤のサンプルで実薬の入ってない輸液だけ、なんてものがちょっと書類をイジればいくらでも手に入るんだよ。最高の死に方だよお前は!地獄に落ちるしかねぇよ!今妹に詫びろ!今まで殺した患者達に詫びろ!地獄に妹達はいねぇからな!!」
ナースコールに手をかけようとしてるんだろ?
無駄だよ、スイッチ切ってんだから。
この病院の中身は全て見させてもらった。
院長「誰も来ないのか!!」
俺「警察でも呼ぶか?自分の病院の不正だが?死ぬ間際に汚点を残すか?昔から他の患者にもやってましたと言えるか?」
院長「・・・」
俺「そもそも当主様に逆らえんのかよ、この病院は誰の土地だ?娘は誰に嫁いだ?愛人も家から追放してやったよ、お前のおかげでなぁ!俺達に何か危害を加えようとしてみるか?次はお前の娘をやってやるよ、さっさと死ねよクソが!!」
笑いが止まらない。
完全に心を壊した。
何も話せなくなった、そうだよ、その顔が見たかったんだよ。
何年も何年も何年も何年も!
方針状態の院長を放置し、ニヤケ顔が止まらない状態で病院の薬局に戻った。
薬剤師「あ、坊ちゃんお疲れ様です」
翔「抗がん剤のサンプルのビン、ここに置いておきますね。自分の会社の薬の意見、実際医者である義父に聞けてよかったです」
薬剤師「自社の良いところしか言わない薬屋さん多いですからねぇ」
ただ俺が偽物を持っている信用が欲しかった、これだけの為に地元に戻らず会社勤めを続けていた。
こんなヤツと同じ犯罪をするつもりはないが本家へは伝えなければならなかった。
数日後、院長は死んだ。
ガンの治療で大事なのは抗がん剤だけではない。
「病は気から」と言葉があるようにガンに負けない気持ちが本当に必要なのだ。
それにより免疫機能が活発になりガン細胞を破壊する因子が活発になる。
完全にその気持ちを叩き折ってやった。
バレていないが俺がやだたことは殺人と同じだ…
まだ、最後の仕上げが待っている
本家へと足を向け、足取り重く歩いた・・・
俺は、この一族を抜ける。
16・尊属殺し
一族を追放される条件というものを父に聞いた事がある。
父「犯罪全般」
翔「当たり前だろ、そのオチ行く前のドリブルいる?」
父「あとは身体の障害とか、子孫の繁栄が不可能とか、お前HIVとか持ってない?」
翔「持ってますって言った時の父親のリアクションを知りたい。検査済み、何も無し」
父「犯罪もなぁ、小せぇヤツはもみ消されるしな。バカでかい派手なヤツやんねーと。テロとか」
翔「もうそれ実質人死なねーとダメ系のヤツじゃねーか!」
父「しかも罰金な、一族に迷惑かけるのと口外されないように口止め料。これがまた高いんだわ、家ぐらい」
翔「貸して」
父「いや、俺に貸して?パチンコ行かね?」
翔「ええよ、行く」
一族を抜けるには、犯罪か病か子孫を途絶えさせること。
残念ながらキンタマの取り外しができるタイプでもない。
田舎なので、院長死去の話は一瞬で広がってしまった。
弘人はわざわざ親族を呼んで集会を開いた。
今まで俺達が不正した身内達を裁き、晒してきた集会だ。
そこに俺はいない、別室へ追いやられている。
別室で両手首を紐で縛られた状態で椅子に座らされていた。
弘人「本日お集まりいただきまして誠にありがとうございます。そして、誠に残念なことにこの中に不正を働いた者が出てしまいました、親族の看板に泥を塗る不届き者の裁きをこれより行います、犯罪者、中へ!」
手首を縛られ、縄を父に引っ張っられながらゆっくりと入室する。
会議室はかなりザワついていく。
罪状 「尊属殺し」
殺人の中でも両親や家族を殺す非常に重い罪。
義理とはいえ義父を殺したこととなる。
証言人として、病院の薬剤師がスーツを着て入室する。
俺が当主の脅しに近い口調で、無理矢理抗がん剤と輸液しか入っていないサンプルを入れ替えるように指示されたと証言。
決定的なのは看護師が院長の入院している部屋から俺の声が聞こえたため、スマホで録音したというデータが公開された。
人の死を楽しむような、狂った自分がいた。
弘人「このことについて、当主の答弁は?」
暗い顔で、正直に全てを話す。
妹のこと、院長への恨み。
妹の件が起こるまで本家を離れていたにも関わらず、妹の復讐を行う為に本家に戻ったこと。
いつかこの時の為、サンプルを手に入れる為に製薬会社の仕事を続けてきたこと。
全てこの為に前当主を追放して自分が相続権を振りかざしてしまった。
この数年、自分が当主になれるよう皆に良い顔ばかりして騙し続けたこと。
ごめんなさい、本当に申し訳ありません。
俺は手首を縛られまま皆の前で正座し、頭を下げた。
深く、深く。
父「尊属殺しの罰金もこの度用意させた。ここにいる関係者の皆さん、この金をどうするのか、何卒よしなに。じゃあまず俺からいただきまーす」
親戚一同、お前はそれに触るなと言い放つ。
もう、ほんと、ちゃんとして。
弘人「この度はまさか当主自らこのような犯罪行為に手を染めるとは信じられない、しかも犯罪の中でも尊属殺しは非常に罪が重い。よって本家しきたりに習い、第20代目当主をこの一族から追放することとする。皆には2代連続でこのような当主になり誠に申し訳ない」
父「しばらくは補佐の弘人に当主の仕事を続けてもらうがー、もうこんなの解散していいんじゃね?2代続けて不祥事起きてんだし。平成にそんな江戸時代みたいな一族集まってうんたらかんたらとか必要ないっしょ~」
親父、中々台本通りだ。親父のくせに。
弘人「皆さん、いかがだろうか?私もこれはかなり無意味で皆を縛り付ける非効率的なしきたりだと思っている。時間はかかるかもしれないが、20代目追放後、当主の父と私で必ずこの集会を解体する。皆が自由に暮らしていける生活を提供したいと思う」
みんな、今までありがとう。
せめてもの罪滅ぼし、こんな上しか得しない集まりを全部ブッ壊させてくれ
すまん、最後に俺のせいでみんなに恥をかかせてしまって。
前当主時代、俺に変わってからも数ヶ月、今までは何の意見も出ない会議だった。
一方的にこっちで決まっていて、それを読み上げるだけの会議だった。
それが少しずつ発言してくれる親戚がいて今ではかなり活気づいて、早く帰りてぇのに遅くまで続いて、心底全部メールでのやり取りにしたかった。
親族「坊ちゃんのやったことが、信じられません!」
やったんだよ、証拠も見たろ
親族「坊ちゃん、口裏は合わせます、ここにいる全員が!だから続けて下さい!」
それは嫌だわ、しかもそれだと前の当主と同じだろ。
弘人「すいません皆さん、今までの当主も多くの罪を隠蔽してきたことでしょう、口裏を合わされたことでしょう。ここで止めないと、誰かがここで止めないといけません。20代目の追放は覆りません!!」
終わったんだ、もう俺のここでの生活は。
飛行機のマイルどれだけ貯まったかな、俺乗り物弱いから飛行機嫌いだったんだよ…
しかも空港から遠すぎ、田舎すぎだろ。
何で泣いてるヤツいるんだよ、もう皆解放されるんだ、好きに生きてくれ。
本当は都会に行きたかったヤツも多かっただろ。
俺は当主の部屋に戻り荷物をまとめる。
元々2泊程度しかしないためにほとんど荷物など無い。
最高に不愉快で
最高に気を張って
毎日の騙し合いがほんの少しだけ楽しくて
こんな家に生まれなければ
明日から北海道で一般人、急に普通の生活
何もやる気が起きない、何も考えられない
これが燃え尽き症候群というものなのだろうか・・・
17・暗鬼
全て使い果たした1年間だった。
1日2時間睡眠、スマホ、パソコンで片っ端からニュースを読み漁り毎日仕事と株と為替、先物。
休みの度に当主としての仕事も行い、飛行機や車での移動時間は貴重な睡眠時間だった。
この数年で合計いくら生み出しただろうか、サラリーマンの一生分ぐらいだろうか。
広間のテーブルには筆字が上手い親戚が書いた破門の手紙。
絶縁でないのは意外だった。
当主本人が去っていくので誰かに渡されるわけでもなく、ただテーブル置かれた手紙を受け取って出ていくだけ。
田舎の3月、春独特の匂いが待っていた。
ゆっくり、外に向かって歩いていく。
色々思い出す、ここでの生活。
誰もいないはずなのに脳に響く皆の声。
体調崩して倒れそうになったこと。
俺は前当主と違ってここで働く全員の顔も名前も知っている。
玄関を開けると、今までの静かな屋内と全く異なる光景が広がっていた。
何人いるだろう、50?100?
ここで働く人間ほぼ全員が玄関の外で並んでいた。
全員顔が見えぬよう、こちらを向いて頭を下げていた。
驚きのあまり何の声も出ない。
「坊ちゃん!1年間!ありがとうございました!!!」
先程の静けさとは比べ物にならない程の声量。
破門された身なのに、人を殺してしまったのに
それを揉み消すための破門処置。
礼なんて言われる事は何もしていない。
俺は自分の事だけ、自分の都合だけ追いかけて全員の心を利用していた。
前の当主と何も変わらない人間なんだよ。
弘人「第21代目 当主、緒方弘人!先代の名に恥じぬよう、謹んでこの仕事をお受けいたします!!」
ありがとう、ありがとう
こんな仕事引き受けてくれてありがとう。
支えてくれてありがとう。
舞の兄でいてくれて、ありがとう。
父「持って行け、保証人の欄に俺と弘人の名前を書いてある」
無理矢理俺の鞄にA4程度の封筒を詰め込む。
保証人と聞いた時点で理解した、親が息子の離婚届けなんか持ってくるかよ、俺親不孝すぎだろ。
あとさ、戸籍無ぇと受理されねぇよ、これだから地元民はさぁ
俺の右前に弘人、左前に父がこちらを向いて立っていた。その2人がゆっくりと片手を上げる。
俺は持っていた鞄を地面に置き、両手を上げる。
パァン!!!
玄関から大門までの道のり、静かだったこの場所にハイタッチの音が響き渡る。
弘人「お前はもう自由だ!好きに生き、好きなヤツと、好きに突っ走れ!」
父「周りのこと、人の事ばかり考えるな!お前の人生はお前のもんだ!」
泣きそうだ。
追放されたのに、追い出されたのに。
強く、笑顔で前を向いてくれ、俺。
弘人と父に家の門を開けてもらい、用意された車の元へ。
もう、この門を開く事はない。
門を抜け、車のドアを開けて待っていたのは
前当主だった。
前当主「正確には前々当主なんだけどねぇ、ほら、乗りな。もう2度と会いたくないよ人殺しには」
翔「ご迷惑をおかけしました」
俺は、あなたが長年想っていた人を殺してしまった。
何か報復でもするつもりか。
前当主「帰って元気で過ごせんのかい?」
翔「分かりませんが、今よりは緊張せず生きられるでしょう」
前当主「女もいるだろう、もう私もお前もお互い本家とは何も関係無いから何もするつもりは無いよ」
翔「分かりませんよ、全く連絡も取っていない」
本当は会いたい。
誰か他にいい人が見つかっただろうか。
俺の鞄に入った離婚届の存在は誰にも伝えていないがバレているであろう。
もし、まだ待っていてくれたのなら…
前当主「あの子なぁ、結婚するんだってさ」
自分の中の時が止まってしまった。
嘘はつかない人だ、冗談もロクに言えない。
何故知っている?
前当主の以前の悪い笑顔が久々に蘇ってきた。
前当主「あんたが育てた忍は優秀だな。調査対象の親しい人物を金や色で釣り、調査報告をさせる。尾行も不要で距離も関係無く怪しまれず、依頼人や調査人もバレずに調査をさせる方法を考えたのはアンタじゃなかったか?」
翔「・・・・」
呼吸が乱れる、隠せない。
忍を使った?誰だ、裏切ったヤツが?よりにもよってターゲットが俺じゃなくて彼女だったと?
1年前、俺を追っていただけじゃなかったのか。
前当主「親しい人物が調査をしていたと本人に伝えるかい?結婚前に相手の人間関係をブチ壊すかい?報告者がその子の親だったらどうする?旦那だったらどうする?アンタ言えんのかい?!アンタらしいよ!全部壊してこいよ!」
誰だ、誰を使った。何故調べた。
彼女の結婚に動揺しすぎてしまった。
もうコイツを恨む力も残っていない。
自分の目から覇気が失われていく。
この1年で力、金、全て使い果たした。
全てを使い果たしたからだろうか、それとも結婚という事実を知ってしまったからだろうか。
自分の心が壊れていくことを感じた。
あれだけ勝ちたかった、叩きのめしてやりたかった相手に
最後はこんなにもアッサリと負けてしまった…
何も考えられない。
何もしたくない。
この1年は何だったのか…
遂にやられてしまった。
心だけは、壊されないと決めていたのに
最後の最後に壊されてしまった…
でも絶対に振り返るな、信じてくれた皆を裏切るな。
当主「仇を討ちたいのはアンタだけじゃないんだよ」
涙も出ない、ただ死んだ目をして移動中の車の中で見慣れた景色を眺め、飛行機に乗って北海道に帰ることとなってしまった。
俺は何も勝ってない、完全に負けた。
こんな、こんなところで、ここまで来て…
18・些細な選択肢
あなたは、どんな悪事をしてきましたか?
多くの嘘で彼女を騙し長い時間を人生の貴重な時代を不倫させて奪ってきました。自分の都合良く振り回してきました。
それだけ?
自分の都合の為、結婚までして妻を利用しました。
他には?
自分の都合の為、数多くの身内を家から追い出しました。
正義を振りかざした演技をして、親族からの信頼を得る為に、親族全員、騙してしてきました。
その結果、自分の父と最も信頼していた親族に全てを押し付けて自分は逃げて来ました。
まだあるでしょう?
・・人を・・・殺しました。
盲目の奥さん、娘を残して、死に目にも会わせず。
その人の残された家族のことも全く考えず。
何のために?
妹の為・・、違います。妹も都合よく使いました。
妹の話を美談化し、正義のフリをしました。
全て自分の都合です、僕はどこかで自分の実力がどこまで人を貶められるのか楽しみになっていました。
自分の行動はツメが甘くないか、自分の発言一つ一つは相手を都合よく騙せているか。
自分を客観的に見る自分、それを更に外から見つめる自分。
そんな自分達が問いかける。
全て、自分の都合だった。
周りの事など何も考えていない。
あれから3日が経過していた。
1度も寝ていない、元1日2時間も寝ない生活を1年続けていたので眠くもならない。
ロクに食べていない、味を感じない。
食べた物が喉を通らない。
通ったとしても全て吐いてしまう。
水だけは何とか飲めた。
水すら飲めなくなればいいのに。
この後に及んでまだ生きることにこだわるのか。
彼女ももういない、連絡?どの面を下げて取れと。
結婚するというのに、連絡先も全て消しているというのに。
どれだけ後悔しても何も返って来ない。
時間は過ぎ、無情にも平日のサラリーマンとしての仕事がやってくる。
仕事をしている時はまだまともに口を開いていたかもしれない。
しかし日頃おしゃべりなキャラクターで過ごしているのに口数が極端に少ない、食欲の無さが見透かされてしまう。
「お前、来週もそのままだったら本社のメンタルチェックを受けろ」
辞めてしまおうか。
この会社からも欲しいものは手に入った。
あんな小ビン数本の為に何年勤めたか。
もう何もやりたいことはない。
この世に未練も無い。
あれだけ強い前当主の弱点が男だった時、虚しくも拍子抜けしてしまった。
俺も何も変わらないじゃないか。
酒を飲めば忘れられるかと思ったこともあった。自分は元々全く酒が飲めない、学生時代に少し飲んで吐いて以来全く飲んでおらず仕事でも断り続けている。
10年以上久しぶりに酒を飲んだが相変わらず味を感じない、酔わない、何も忘れられない。
ただ吐いてばかり。
次の日、完全に無気力な仕事、丸一日サボってやろうかと自分個人のスマホを見る、本家から追い出された身に連絡など誰からも無い。
このまま捨ててしまってもいいのではないだろうか。
1件の通知が光る。
「電話番号であなたが追加されました」
彼女だった。
このタイミングで、何を言えばいい。
1年以上連絡を取っていない。
たまたま電話番号が相手に残っていただけだろう。
電話帳で同期を取って、即ブロックされているに違いない、恨まれて当然のことをした。
ただ謝罪だけは伝えたかった。
結婚の祝福と今までの詫びを端的に1行程度。
返って来なくていい。
自分など忘れてもらえばいい、メッセージを見たとしても気持ち悪いと思いブロックすればいい。
「今までごめんね、何故知っているの?」
凡ミス。
そうだよな、何故結婚することを知っているのか、当たり前だけど聞かれるよな。
いやいやいやいや、これ相手の立場になるとかなり気持ち悪いぞ。
見られていたのか?ってなるだろ。
実際見られていたわけだけども。
せめてもう彼女には事実を伝えよう。
忍の件だけは伏せさせてもらうが、追われていたこと。
家を追い出されたこと。
もう、終わったこと。
彼女から電話が来る。
1年ぶりに声を聞いた、忘れたことは無かった。
彼女は何度も泣きながら謝っていた。
謝るのは俺の方だろ、どう考えても。
何も悪くないだろ。
「ずっと恨まれているかと思った。楽しい思い出しか出てこない、本当に幸せでした」
俺が言わないといけない言葉だろ。
俺もずっと謝ることと、礼しか出てこなかった。
「あと1カ月早ければ、全てを捨てて戻っていた」
ありがとう、こんなヤツのことをまだ覚えくれていて。もうそんなこと考えないでくれ
最初から妹の寿命を受け入れられたらこんな事にはならなかった。
彼女の事だけ考えていたら、本家にいることもなかった。
待たせ過ぎた、待たせることなんかなかった。
出る言葉は後悔ばかり、涙ばかり。
ずっとずっと我慢してきたのに、大きな声を出して俺は泣いた。
別れろなんて死んでも言えない。
もっと金があれば、もっと力があれば、もっと頭が良ければ早く終わらせていたのか。
違うだろ、金なんていらない、こんな力もいらない、彼女さえいればそれだけでよかった。
さっき連絡さえ送らなければ彼女を泣かせることはなかった。
話せば話すほど新しい後悔が生まれる。。
ごめん、ありがとう、幸せになって欲しい。
こんな安っぽい言葉を延々と繰り返した。
もう戻らない時間をただ泣きながら後悔するしかなかった。
電話を切った後、仕事の車の中で下を向き泣き続けた。
最後に泣いたのは何年前だろうか、妹が死んだ時以来だった
自宅にも帰りたくない、何も食えない、妻に不思議がられるだろ。
何年も娘に会っていない妻の父親は死んだ、妻は自分の父親の死を知らない。
北海道に帰宅してから妻とロクに会話をしていない。
腫れた目を隠す為、外でしばらく時間を潰して帰宅し、今日も食事は取れない。
少しだけ水を飲み自室へ戻る。
布団に横たわるも今日は眠れるか不安だ、目を瞑ったとしてもこれまでも悪い思い出、目を開けても涙しか出てこない。
本当に人を好きになったのはいつだろうか
初めて恋人ができた時か
初めてセックスをした時か
人それぞれ答えは違うかもしれない。
自分にとっては楽しくなりたい相手でなく、楽しくさせたい相手だった。
彼女だけだった。
生まれて初めて、ここまで人を好きになっていた。
世界で、今までで1番愛していました
「亜希」
ごめん
仰向けになり、腕で目を覆い隠して寝ようとしていると自室の部屋のドアが開いた。
普段なら俺の部屋に妻が入ってくることは無いのに。
結婚して何年だろうか、憎んだ相手の娘。
いつになっても名前を呼ぶことをためらってしまう。
無表情でこちらを見る妻に俺は声をかける。
ごめん、先に寝るわ「舞」
こんな人生を歩ませてくれたので、俺は神様を信じない。
でももしいるのなら、いると信じて欲しいなら。
「来世」というものを存在させて欲しい。
まだ自分という人生を歩ませて欲しい、生まれる家は今と同じでもいい、ただほんの1度だけ、1回だけでいい。
あの時の選択肢を変えさせて欲しい。
この主人公は幸せだったでしょうか。
「復讐は何も生まない」とよく聞きますが、まさにそれを明らかにした内容となってしまいました。
家を継ぐことで金も手に入ったでしょう、多くの人間を動かせる力も手に入ったでしょう。
本当に大事にするものってお金でしょうか、力でしょうか。
明日無くして困るものじゃないでしょうか。
そんな実話も含めたお話でした。
ご愛読いただきありがとうございました。