教授室
教授室に入るなり、昊星はデスクの椅子に尻を載せて浅く腰掛けて、サンダルを脱いで、靴下を履き、スニーカーに履き替えた。
柊は窓辺に行って、空気の入れ替えをしようと、閉め切った窓を開けた。途端に、熱風が一気に吹き込んできて、一瞬、顔を潜めたが開放したままにしておいた。
「午後の授業は?」
「なし」
持ち手付きのインサートカップホルダーにカップを入れて、それにコーヒーメーカーのサーバーからコーヒーを注ぎ入れながら、柊が訊いた。
「スケジュールは?」
「別に何も」
昊星が、パソコンを操作しながら答えた。
柊は、二つのカップに砂糖とミルクを入れて、掻き混ぜた。一つを昊星のデスクに置いて、一つを持ったまま応接用のソファに座った。
ホッとコーヒーに熱風、柊の額に汗が滲んできた。アイスの方が良かったかなと思ったが、これもありなんと言い聞かせて我慢してコーヒーを飲んだ。
一方の昊星は、コーヒーを口にしようとはしていなかった。
「飲まないのか?俺が折角入れてやったのに」
文句言いたげに柊が言うと、
「冷やせば、アイスコーヒーになる」
昊星が、シャアシャアと言った。
いきなり、ノックも無しにドアが開いた。
「何だお前らッ。ノックも無しにいきなりッ」
柊が、声を荒げて怒鳴るように言うと
「ノックしなきゃならないような」
「不味いことでも?」
と言って、芥川と内海と鳥井と勢登が、からかうように笑いながら、これまた挨拶も無しに厚かましく無遠慮に入室してきた。
「舐めてんのか!」
柊が憤慨し、いきり立った。
「謝罪に来たのか?」
「謝罪?」
柊が聞き返すと、昊星が貼紙を掲げて見せた。
「お前らだったのか!」
「ただの悪戯ですよ」
「ただの悪戯だと!」
「はい、ただの悪戯です」
「ただの悪戯で済む問題か!」
と芥川の胸倉を掴んで、柊がまたも叫ぶように怒鳴った。
「ところで、あんた、誰?」
芥川が、何も気にする様子もなく逆に質問してきた。
「俺か?……俺はな。聞いて驚くな」
と、芥川の顔に顔を寄せて
「湾岸署の刑事だ」
「……」
四人は驚く風もなく黙り込んだ。と思いきや、
「刑事と言うよりは遊び人」
「遊び人と言うよりは詐欺師」
「逮捕すると言うよりはされる方」
とからかうように言って、芥川と内海と鳥井と勢登が、腹を抱えてゲラゲラと柊をあざけるように笑った。
「お前ら!!」
柊が、またも怒鳴り捲ったが、四人は気にもかけずに柊をからかっていた。
すると、突然、昊星が、徐にスーッと椅子から立ち上がって
「君、そこのカップホルダーを僕の顔の辺りの高さに投げてくれないか」
「え?」
昊星が言って、柊が振り返った。
「カップホルダーを僕の方に」
「投げて、何をするんだ?」
「いいから、早く」
「ああ」
指示されるがままに柊は、コーヒーメーカーの置かれたテーブルに駆け寄って、インサートカップホルダーを手に取り
「いくぞ!」
と叫んで、昊星の顔の辺りにカップホルダーを放り投げた。
昊星が足を高く挙げて、飛んできたカップホルダーを蹴った。
インサートカップホルダーは弧を描くように飛んでいって、芥川の額を直撃した。
「次」
と言われて、柊がカップホルダーを投げ、昊星がそれを足で蹴った。
ホルダーは、内海の額に当たった。
「次、次」
昊星が言い、柊がカップホルダーを投げ、昊星が足で蹴った。
カップホルダーは、鳥井と勢登の額を直撃した。
そして、間髪入れずに、昊星が後回し蹴りをして、その足を棒立ちになっている四人の目前で寸止めにした。
その瞬間、持っていたカップホルダーが、柊の手から離れて床に落ち、コロコロと転がっていった。
「午後の授業は?」
と昊星が尋ねると、四人は、茫然としたまま首を横に振った。
「気をつけて、帰るんだぞ」
と昊星が言うと、芥川と内海と鳥井と勢登は首を縦に振って、這う這うの体で教授室から逃げ出していった。
「お前、すげぇな。やるもんだな」
「これで、当分は、悪戯はしないだろう」
と言いながら、昊星は、床に転がった五個のカップホルダーを拾い集めた。




