廊下での会話
教室から出てきた昊星は、柊のことなど関知するすることもなく、スタスタと歩いて行った。
置いてきぼりにされた柊は、慌てたように教室から飛び出してきて、昊星を追った。
「おい!待てよ!」
昊星は、それでも歩みを緩めようともせずに、廊下を前進していった。
「冷たい奴だな」
柊は、そうぼやきながら追っかけて、昊星の横に並んだ。
「お前さ、何とも感じねえのか?」
「何を?」
「何をって、貼紙だよッ。背中に張られた貼紙ッ」
柊が、貼紙を差し出した。
「背中にこんな物が貼られてたのか」
昊星が、それを受け取って言った。
「気付かなかったのか?」
「うん。学生達が笑っているのは気付いていたが。いつものことだと思って」
「お前の鈍さにも困ったもんだが、笑う学生はいても、それを教える学生が一人もいないってのも困ったもんだな」
柊が、嘆かわしそうに首を横に振りながら言った。
昊星は、へのへのもへじの似顔絵を他人事のように眺めていた。
「絵心のない奴が描くと、そうなるんだよな。描くならもっと上手く描けってんだ」
と、柊が憤慨したように言うと
「それはそれで嫌なもんだぜ。僕だとすぐにわかるからな」
と、昊星はニガ笑いした。
「お前知ってるのか?誰がこんな悪さをしたのか」
「うん」
「知ってて相手には何も言わずか」
「ただの悪戯に目くじらたてることないさ」
「俺だったら」
と、シャドーボクシングをするようにパンチを繰りだして
「アッパー!」
と、下から突き上げるようにパンチを打つ。
「天才数学者のお前には無理だろうがな。俺のように相手を負かすなんて芸当は。でもよ、やる時はやった方がいいぜ。これから先もずっと、舐められっぱなしになるからよ」
「今に始まったことじゃないから」
「今にって……。度々こんな事を?」
「君が中学生の時、僕は高校生だった」
「ええッ!?」
と、驚愕する柊。
「いわゆる、飛び級さ」
「じゃ、なにか。俺が高校生の時は」
「大学生」
「俺が大学生の時は」
「大学院生で、君が大学を卒業する頃には、教授になってた」
口をあんぶりと開けたまま茫然と昊星を見つめている、柊。
「僕の周りは常に年上ばかりだった。そのせいで、いろいろとな」
「意地悪されたってわけだ」
「うん。……怒りをぶつけても、相手にはされず。下手をすれば、よってたかって、倍返し」
「酷いもんだな」
「だから、感じないというよりは、感じないようにしたんだ。その方が楽だったからな」
「ま、わからないわけでもないがな」
「君も?」
「似たようなもんさ」
「そうか……」
「お前さ、友達いんのか?」
「……」
口籠って何も答えない昊星であった。
「俺がなってやるぜ」
「君が?」
「不満なのか?」
「考えとく」
「ってなお前!」
昊星は、部屋の扉を開けて、中に入った。
扉には、『教授室・源氏昊星』と書かれたプレートが貼られてあった。




